第51話:巧血の乙女

 口に布を巻き、肘まである分厚い手袋を身に付け死体の検死する男は大きく息を吐く。


「ふぅ~これは思ったより厄介かもしれませんね」


 手袋を外し眼鏡を取ると額の汗を拭う。


「おそらく毒は霧状に噴霧され結界内に充満し皮膚に付着。外部から浸透し体を溶かしつつ毒が回るのでしょう。触れるだけでも致命傷になる厄介なものです。マティアス結界は破壊出来ましたか?」


 なにもない空間に訪ねるスティーグの背後にボンヤリ影が現れる。


「あぁ、全部破壊した。高度な結界術式を用いていたから直ぐには作れまい」


 黒髪のどこか影のある美青年はボソリと答える。


「高度な結界ですか。時間がかかるはずですから町の住人に紛れ込んで作ったか誰かに作らせたか……どっちにしろこれで毒霧が充満することはないはずです」


「おい」


 マティアスが短刀を構える。


「ええ分かってます。このタイミング、狙ってきてますね」


 スティーグが手にナックルをはめ構える。それに合わせ空間が歪み1人の魔続が出てくる。姿こそ人間の様に見えるが顔のパーツが口しかない。額には捻れた角がはえている。重厚な黒い鎧を身に纏いマントを翻し歩いてくる。


「5星勇者、お前たちの探しているものはこれだろう? ポイズンドラゴン相手をしてやれ」


 大きく空間が歪み現れる紫の鱗を持ち蛇の様な顔から舌をチロチロ出すドラゴン。体長は8メートルはあるだろうか鋭い眼光で2人を睨むと大きく口を開き力を貯める。

 口から放たれる高圧の毒ブレスは建物を吹き飛ばし毒をまく。


 それを左右に別れ避けた2人が間合いを詰めると拳と短剣を突き立てると呪文を唱える。


『グランドニードル』

『ウインドショット』


 2人から同時に放たれる近接の魔法に紫の血を噴くポイズンドラゴンは後ろによろける。そこにさらに追撃を加えていく。


「ほう、さすがにやる」


 魔物周辺の空間が歪み鎧を着た魔族たちが次々と現れる。


「はめられたか」


「文句を言っても仕方ありません。やりますよ」


 スティーグとマティアスは現れた魔族とポイズンドラゴンとの激しい戦闘が始める。2人が魔族の群れを蹴散らしながらポイズンドラゴンにダメージを与えていく。


 そんな2人が戦う戦場の地面に水が流れ槍の形状をとると魔族たちを串刺しにし、空気が震え音撃が周囲に広がり串刺しの魔族を砕いていく。

 そして炎が走ると渦を巻き天に昇る。その炎に魔族たちが焼かれ消えていく。

 そんな様子を見て立派な鎧を着た魔族は口だけしかない顔で笑う。


「5星勇者め、揃ったか」



 * * *



 5星勇者たちが戦う場所から離れた森の中を数人の男女が走る。


「たくっなんでこっちにもこんなに魔物がいるんだぁ?」


 屈強な男は斧を振りゴブリンを斬り蹴散らす。


「文句言わない。魔物がこれだけいるってことは何らかの意図があるってこと。シェルあんた大丈夫?」


 赤い髪を腰まで垂らした黒いゴシック調のワンピースドレスを着た女性は後ろにいる若い女の子に話しかける。その姿は手足を大胆に出し、とても戦うスタイルには見えない。

 話しかけた女の子は手足を厚い皮の服で覆い軽量の鎧を身に付けているので余計にその姿が目立ってしまう。


「あ、はい! 大丈夫ですエレノアさん!」


 シェルと呼ばれた女の子から元気よくエレノアと呼ばれ安心したように微笑む。


「あんま無理しなくていいから。そこの男どもに任せときゃ良いんだからさ」


 そう言いながらエレノアは自ら持つナイフで腕を切ると剣に血を垂らす。


「ジョルジオ、ダリ! 左右は任せた。正面は私がもつ。シェルとモルジブはここを死守!」


 エレノアの合図で皆が別れ行動する。


 木々を縫いながら物凄いスピードで駆けるエレノアが魔方陣を描くと剣を突き刺す。その魔方陣は剣の鍔の様に装着され剣が風に包まれる。


 走るエレノアが突然剣を振るとどこからか飛んで来た矢が折れる。木を蹴り駆け昇ると枝に隠れていたゴブリンをまっぷたつに斬り裂く。

 そのまま飛ぶ様に木の上を移動していく。エレノアが移動した木の下には斬殺された弓を装備したゴブリンの死体が木から落ちて転がっていく。


「気配の大きいのは……っとみつけた!」


 さらに加速して木を蹴り直進すると石碑の前にいる青い鎧を着た魔族に有無を言わさず斬りかかる。


 森に響き渡る甲高い金属音。


「いきなりくるとは」


「ま、こっちも急いでるんで、ごめんねってことで」


 魔族とエレノアが激しく斬り合う。実力は均衡に見えたが仕掛けるのはエレノア。


 剣の斬撃が舞う中、回し蹴りを繰り出す。それはあっさり魔族の腕で受け止められる。


 ニヤリと笑う2人。


 ドーーーーンッ!! 


 激しく2人の間で爆発が起き魔族が左腕を失って吹き飛ぶ。


「な、なにが!?」


「そんなのいちいち説明するわけないじゃん」


 左腕を押さえ焦る魔族の胸に剣が突き立てられそのまま押し倒され剣が地面に刺さると同時に地面に魔族を囲む魔方陣が展開され赤く光り炎が噴き上がる。


「サヨナラだね」


 燃え上がる業火は魔物を骨まで炭にする。それを眺めるエレノアの頭上の空間が歪み突然現れる別の魔族。

 その魔族が剣を構え振り下ろしエレノアに襲いかかる。


「甘いんだよ!」


 男の声と共に斧がその魔族の胴に突き立てられ鎧を砕きながら振り下ろされ地面に叩きつけられる。

 叩きつけた反動を利用し空中へ飛んだ男が斧を振りかざし落下と共に斧で魔族の胴を真っ二つに斬り周囲に雷が走る。


「助かったジョルジオ」


「おう、こいつらすぐ奇襲かけてくるからな張ってて正解だ」


 汗を拭うジョルジオと呼ばれた男は石碑の方を見ると石碑の後方の森から一人の男が黒い何かを引きずって歩いてくる。


「ダリそっちもいたか」


「ああ、いたぜ。たく遠距離部隊が展開してたせいで苦労したぜぇ。貧乏クジ引かされたかな」


 ダリと呼ばれた男は引きずっていた魔族を投げ捨てると。肩を叩く。


「ご苦労さん、ついでにもう一仕事。あの石碑を壊すから手伝ってよ。私が風で結界を引き裂くから2人で本体壊して」


「了解だ、それじゃあ俺がサポートに回るからジョルジオさんが本体壊してくれよ」


「おう、任せろ」


 エレノアが宙に円を描き自分の血で文字を時計回りに書いていく。

 赤く光を放つ魔方陣に触れると風が渦を描き始め石碑に向かって伸びていく。真横に起きる竜巻のごとく吹き荒れ石碑を守る結界にぶつかると結界を回転する風がこじ開ける。


巧血鏖殺術こうけつおうさつじゅつ 血染めの風ちぞめのかぜ


 エレノアが力を込めると更に風が勢いを増し結界を大きく開ける。そこにダガーが何本も飛んで結界と風の隙間に突き刺さるとダリが手をかざす。


「舞え『風の牙』!」


 ダガーの間を風が走り始めこじ開けられた結界を押さえつける。


「私が風を止めたらいって」


「おうよ! 『サンダーブレイク』!」


 エレノアが風を止めるとダリのダガーが空いた穴を維持する。その穴めがけジョルジオが渾身の一撃を放ち石碑を粉々に砕く。


「終わったか~」


「疲れたぜぇ」


 座り込むジョルジオとダリ。エレノアは遠くの町の方を睨むように見る。


(魔族の結界は破ったから本体倒しなさいよ。5星勇者たち……とくにイリーナ!)

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