第40話:赤い犬とメガネ

 下水から現れたそいつが赤く大きなハサミを横に振るったのを宮西が避けれたのは奇跡。

 驚きでペタンと座り込んだのがたまたま避ける結果になっただけだ。


「え、エビ? ザリガニ?」


 座り込んだまま下水道のじめっとした通路に服や手が汚れることなど気にすることも出来ずに後退りする。

 宮西の目の前にいる生物は体長5メートルほどの赤い体の甲殻類。両手には棘のある大きなハサミが本体以上に存在感を放っている。

 大きさなどを考慮しなければアメリカザリガニそのものだと推測できる。そんなことが出来た自分は意外に冷静なんではなかろうかと思ったりもするが現実は残酷である。実際は恐怖で足は震え立つことも出来ない。


「な、なんだよこれ!?」


 巨大ザリガニは大きく右のハサミを振り上げると先端を宮西に向ける。自分に振り下ろされるであろうそれをただ見ていることしか出来ない宮西。その瞳は自分に近づきただ大きくなるハサミを映すだけだ。


 なぁぉーーーーん!!


 突然下水に反響し響く鳴き声で宮西の目に光が射し無我夢中で四つん這いになり手足をバタつかせ必死に逃げ避けると転がり壁にぶつかるが立ち上がり走る。


 なぁ~ なぁ~ん


 暗闇の中に響くを鳴き声を頼りに宮西は必死に走る。その宮西を追いかけるように水面が波を立てついてくる。

 なるべくそっちを見ないようにしながら必死に走っていると目の前の暗闇に小さな青い2つの光が飛び出してくる。

 その光から鳴き声がしてそれが先程から鳴いている声の主だと知ると同時にその光が動き始めるたので根拠はないけどついていく。


 そんな宮西を逃がすまいと異臭を放つ汚水を撒きながら巨大ザリガニが2つのハサミを振り上げ飛び出てくると交差するように振り下ろす。

 青い光が右足に突っ込んできてバランスを崩し転けて転がる宮西。それと同時にズドーーン!! と音がして地面が揺れパラパラとゴミや小石が降ってくる。


「あいたたっ」


 暗がりの中状況を必死に見ようと体を起こす宮西の顔面に黒い塊が飛び込んできて覆い被さると後ろにひっくり返ってしまう。

 お世辞にもいい匂いとは言えない獣臭いそれが被さった後ブンッと重い音がして風が吹き下水の壁に巨大ザリガニのハサミが壁にぶつかり小石が飛んで来る。


「ねこ? おまえ僕を庇ってくれたのか?」


 少し慣れた目で見るその黒い塊を感触と共に確認し猫だと判断する宮西。青い光は肯定するように「にゃあ」と短く。

 宮西が猫を抱いたまま立ち上がろうとするが足が震えうまく立てない。少しだけ戸惑うが猫をそっと下ろしてぎこちなく笑う。


「助けてもらって悪いけどボク動けないや。君だけ逃げな」


 暗闇で輝く青い光はじっと宮西を見つめる。


 にゃぉーーーーーーん!!


 遠吠えのように鳴く猫の声。その声に反応する巨大ザリガニが右のハサミを振り上げたとき突風が吹き巨大ザリガニのハサミが接続部からズレる。

 水飛沫をあげ落ちるハサミ。そして宮西の前に赤い毛並みの犬が立っていた。


「君はあのときの犬!?」


 宮西の声に犬が振り返り一瞬だけ見るとフンッと声を出し前を向く。後ろ足で地面を掻くような仕草をする。


「逃げろってこと? ごめん腰が抜けてうまく立てないんだ。ははっ」


 力なく笑う宮西に背中を向けたままガルルルルルと唸り始める赤い毛並みの犬は軽やかに地面を蹴り音もなく地面を駆けると横回転して後ろ足で巨大ザリガニにを蹴るがそれは水中に潜られ空振りに終わってしまう。


 避けられたそのまま宮西の元に戻ってくると服を咥え乱暴に背中にのせ走り始める。走る際にワンッと短く吠えるとにゃっと答えが返ってきて猫が走って何処かへ行ってしまう。


 そこから走る赤い毛並みの犬に追従する様に波が立つ。その波が大きく盛り上がると巨大なハサミだけが飛び出し宮西たちを襲うが避けて空振り地面を抉る。ハサミはズルズルと引きずられ水の中へと返っていく。


 そしてすぐに水が盛り上がり再びハサミが飛び出してくる。赤い毛並みの犬は避けるが水がゴボゴボと音を立てたと思うと高圧に圧縮された水流が飛んで来て地面を割り、線を引く。


 高圧な水流を目の前にして地面に横たわるハサミで逃げ場が制限され背中に宮西を乗せて動きの制限される赤い毛並みの犬はチッと舌打ちをして叫ぶ。


「『風牙盾ふうがたて!!』


 顔を地面につけ振り上げると共に地面から巻き上がる風は赤い毛並みの犬を宮西ごと包み高圧の水流の起動を反らすと攻撃をするために動き出したハサミへ風の槍を打ち込む。

 その攻撃でハサミはズルズルと水の中へ返っていく。


「くそっ、初手で一気にやっとくべきだったか」


 宮西は突然喋りだしぼやく犬に恐る恐る話しかける。


「しゃ、喋れるんだ……ジョン」


「誰がジョンだ! オレはシュナイダーだ! 助けても全然嬉しくない男を助けているんだ感謝しろ! そもそもお前何回襲われているんだ。嫌がらせか!」


 捲し立てるように怒鳴ってくるシュナイダーに驚きながらも背中に乗っていた宮西はシュナイダーにしがみつく。


「す、凄い! 本当に喋れるんだ! ね、ねっ今のなに? 風牙盾とかなんか言ってたけど。ねえ?」


「ああぁぁ!! しがみつくな! 男に抱きつかれても嬉しくない! 動きにくい! 降りろ!」


 水飛沫を振り払うように体をブンブン回転させ宮西を振り落とすと下水の主に向かう。


「とっとやるぞ! 俺が魔力を使ったってことはご主人が嗅ぎ付けて来るからな。こんな汚いところに女性を呼ぶのはオレのポリシーに反する!」


 シュナイダーが大きく息を吸うと体に風を纏う。

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