第33話:音色は穏やかに激しく

 車の後部座席で覆面の男に挟まれたエーヴァは澄ました顔でちょこんと座っている。窓の外を見ようと思っても黒く塗られた窓は外を見せてくれず、前には黒い遮光カーテンが引かれ前を見ることも出来ない。

 退屈さに耐えれなくなったのかエーヴァは覆面のおじさまと呼ぶ男に話しかける。


「覆面のおじさま、パーティーにはどれくらいの人数が来てくれているのかしら?」


「それは沢山ですよ。きっとエーヴァお嬢様にも喜んで頂けます」


 少しバカにしたような口調でエーヴァの質問をはぐらかす覆面の男。エーヴァは「楽しみね」と呟いて椅子に深く座る。

 他の覆面の男たちはこのエーヴァの落ち着いた態度に少し違和感を感じながらもアジトに着けば泣いて家に帰してくれと言い出すだろうと思いながら車をアジトに走らせる。



 * * *



 こじんまりとした山小屋に連れてこられたエーヴァは男たちに押され玄関から小屋の中へ入れられる。

 中は倉庫として使われているのかガランとしていてテーブルが2つに椅子が4脚。そしてど真ん中に頑丈そうな椅子が1脚だけ置いてあり非常に殺風景である。

 覆面の男たちが生活する場所は違うのか奥のドアが開くと車に乗って来た男とは別の数人の男たちがニヤニヤと覆面で隠しきれない笑みを見せながら出てくる。


「エヴァンジェリーナ・クルバトフお嬢様ようこそおいでくださいました」


 新たに出てきた覆面の男が手を広げ劇でもしているかのように挨拶をしてくる。それに対し足をクロスさせスカートを摘まむと優雅にお辞儀をするエーヴァ。


「ご招待していただき光栄ですわ。それで私は何をすればよろしいのかしら?」


「お嬢様はそちらの椅子に座っていただきお父様と電話でお話をして頂ければいいのです。ただちょっと泣いてお父様の財布の紐を緩めてくれると助かるのですがお願いできますか?」


 挨拶した覆面の男が顎で指図すると2人の男がエーヴァを左右に挟みポツンと置いてある椅子まで乱暴に引っ張り無理矢理座らせる。

 1人の男が紐を手にしてエーヴァの手を椅子の後ろで縛ろうと後ろに回る。


「上手に出来るかしら。私泣くより泣かせる方が得意なの」


 この台詞をお嬢様の強がりだ思った者、生意気だと思った者、なんとしても泣かせてやろうとやる気になった者がいた。だがそれは一瞬。


 ぎゃあああ!!


 男の叫び声が響き椅子の後ろに回った男が右手を押さえ泣き叫ぶ。指が3本、本来曲がらない方向に曲がっていて指が腫れている。

 そしていつの間にか空中にいたエーヴァが泣き叫ぶ男の後頭部を手で掴むと体重を乗せ勢いをつけてそのまま顔面を椅子に叩きつける。


 椅子は壊れ男は沈黙する。唖然とする男たちの1人に音もなく詰め寄るとその細い腕からは想像できない威力で拳を腹部にめり込ませると男はゆっくり倒れていく。


「なあ、あんたら。あたしを楽しませてくれるんだろ? 気合い入れてこいよ。じゃなきゃ楽しめないからなぁ」


 さっきまでの銀髪の天使の笑みを浮かべていた少女は不適な笑みを浮かべ尖った右の犬歯を見せる。


「な、なんだこいつ」


 驚く男の顔面に拳が食い込むと頭が弾けるぐらい振れて壁に飛んでいく。エーヴァの動きは確かに速い。だが速い以上に優雅に動くそれは目で捉えれるようで捉えきれていないような錯覚にも似た感覚に陥いってしまう。


 一瞬で6人の男が床に転がりピクリとも動かなくなってしまう。そんな状態に意味は分からないし自分が恐怖していることも分からない男が恐怖を振り払うようにエーヴァに向かって銃を発砲する。


 連続で数回発砲音が響き硝煙の匂いが鼻をくすぐる。発砲の数だけドンッと低い音がして放たれた弾はエーヴァに届くことなく宙でその身を潰ぶすとパラパラと床に落ちて力なく転がる。


「女の子相手に銃を使うなんてちょっと野蛮じゃないかしら」


 ニヤリと笑うエーヴァに恐怖を自覚した男が再び放った弾丸はやはり空中で低い音を奏で潰れる。その潰れた弾丸をエーヴァが人指し指で弾くと床に落ちてしまう。


「化け物か……」


 男の呟きにフンッと笑うエーヴァは元の可愛らしさに不適さを合わせもつ妖艶な笑みを見せる。


「あぁん? 化け物だぁ? あたしほどの美少女に向かってそれはないだろう」


 そう聞こえたときには男の腹部にエーヴァの拳が食い込み男は薄れいく意識の中やっぱり化け物だと思いながらゆっくり倒れていく。


「さーて、後はあんた一人だな覆面のおじさま」


「な、なんなんだお前は。同一人物か? 二重人格とかいうやつか?」


 ゆっくり近づくエーヴァに対し後退る覆面の男の問いにおかしそうにエーヴァは笑う。


「ふはぁははは、いいか覚えとけ。女ってのは猫被ってるんもんだってことを。日頃演じてて肩こるんだなこれが意外と」


 右腕をぐるぐる振り回しながら肩を回す日頃は銀髪の天使と呼ばれるエーヴァがニタリと妖艶な笑みを見せると嬉しそうに宣言する。


「覆面のおじさま。歯ぁ食い縛って体に力入れとけよ。メチャクチャ痛いぞ」


「ひっ」


 短い悲鳴は一瞬で詰め寄ったエーヴァの小さい手が男の顔面を掴み遮る。そのままの勢いで男を運び頭を壁に叩きつける。


 ズドーンっと大きな音がして小屋が揺れ部屋の埃がパラパラとふってくる。エーヴァが手を離すと覆面の男はズルズルと壁に沿ってずれ落ちて座ってしまう。もちろん意識はない。

 エーヴァは手をパンパンと叩くと埃を払い足をクロスさせスカートを摘まみ天使の微笑を見せる。


「おじさま方、今宵はとても楽しいパーティーにご招待頂きありがとうございました。大変満足しましたわ」


 だが直ぐにその笑みが天使から妖艶な微笑みに変わる。


「くっくっく、なんだぁ? 変わった音がするじゃねえか。メインディッシュまであるのかぁ? 今宵は素敵な夜になりそうだな」


 エーヴァが睨む壁に3本の大きな爪の様なものが突きだし紙でも破るかのように壁を引き裂いていく。

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