第23話:恐怖の始まり

 ガラスに囲まれたクリーンルームの中で、防護服着た作業員達は、慎重にケースを開くと破片を取りだし、大きさ別に仕分けしていく。


 1人の作業員がケースを開け、中の破片を手に取ったときだった。


「痛っ!」


 防護服で、くぐもってはいるが、男性であろう声がクリーンルーム内に響き、手を押さえ痛がり始める。手袋は破れ、その手からは血が流れ床にポタポタと血溜まりを作る。

 男の元に仲間が集まり、心配そうに声をかけている。


 ガラスの向こうでは白衣を着た人や、警備員らしき制服を着た人たちが、何処かへ連絡したり慌ただしく動きはじめる。

 やがて血を流していた男が、電気でも走ったようにビクンと体を硬直させ、倒れてしまう。


 すぐにクリーンルームの厳重な扉が開かれ、銃を装備した警備員たちと、担架を抱えた防護服を着た人たちが入ってくる。


 倒れた男の防護服の頭を外し、医者が瞳孔や首の脈を見て、怪我をした箇所を確認すると指示を出し、担架へ乗せクリーンルームの外へと出ていく。


 出てすぐに、担架にのせた男が、ゴロンと転がり地面に落ちてしまう。


「おい、ちゃんと持て!」


「いや、なんか担架が傾いて」


 担架の前を持つ防護服の作業員が、後ろを持つ作業員を怒る。2人は担架を床に下ろし、落ちた男を再び乗せようとする。


 男を持ち上げようと作業員が背中に手を回したときだった、落ちた男が突然目を開くと上半身を起こし、作業員の肩に手をかける。


 かけられた作業員は驚きはしたものの、意識が戻ったと思い、その回した手を握った瞬間、男は大きく口を開け、防護服ごと首筋に噛みつくと防護服と肉を噛み千切る。


 ぎゃああぁぁぁあ!!


 叫び首から血を吹き上げる作業員の首に、もう一度男が噛みつく。

 周囲の警備員たちは銃を構えるが、発砲はしない。しないというより出来ないのか、躊躇しているように見える。


 噛みついた男の口から無数の触手が這い出てきて、傷口にそれらが突き刺さる。そのうちの1本が千切れ、首の傷口から体内へ侵入していく。


 進入した触手は、体内を突き破りながら一直線に脳へと進み、到達すると脳の中にその体を沈めていく。


 ──思考パターン……現段階で制御不可。運動機関一部制御可。完全制圧不可……疑似体の形成……構造が複雑故不可。

 1体目同様思考切断後、自動モードにて増殖を試みる。……通信不可。実験、記録開始──


 噛みつかれた作業員が、マスクを脱ぎ捨て、痛みに叫びながら床を転げ回る様子に、皆が動けず眺めているだけだった。

 転げ突然作業員が電気が走ったように、体を真っ直ぐビクッと硬直させて、ようやく静かになる。


 周りの人達は、この一連の流れを見守っていただけである。

 これの原因として、警備員の装備する銃は実弾ではなく麻酔弾である。これは、対人は想定されておらず、あくまでも実験動物が逃げたなどの為の装備であること。


 そして訓練こそ受け銃の扱いには長けているが、誰も人間を撃ったことがないこと。

 日本の政府から委託された民間企業に特別に許可されているとは言えども、麻酔弾を人に向け発砲する決断を、上が躊躇してしまったことによるものである。


 そしてこの判断、行動は、最悪の結果を生むことになる。


 周りにいた警備員の1人の足に、倒れた作業員が噛みつき肉をちぎると、警備員は倒れ泣き叫びながら足を押さえもがく。


 その間にも最初の男が、他の作業員や警備員に足を引きずりながら向かっていく。

 その姿は血色こそあれど、生気を感じられず人らしい思考もないただ動く死体のようだった。

 誰かが言う。


「ゾンビだ」


 その言葉をきっかけに、警備員が麻酔弾を発砲する。次々と撃ち込まれる麻酔弾にゾンビと呼ばれた男が倒れる。


「効いてる、効いてるぞ!」


 喜ぶのもつかの間、倒れた男の口から複数の触手が素早く伸び、発砲した警備員たちの足や体に突き刺さる。

 次々と倒れ、もがく作業員や警備員たち。やがてその人たちは皆ゆっくり立ち上がり、他の寄生先を求め、足を引きずりながら移動を始める。


 人間の体に麻酔は効くのだが、中にいる何かには効果がないようで、麻酔を打たれた後、口から飛び出てきて他の宿主を求める。


 最初は1人だったそれはすぐに、30人程度まで一気に増える。そこからフロアにいる人間を次々に襲い仲間を増やしていく。


 上層部は現場から逃げてきた職員の連絡を受け、地下にあるこの施設を封鎖隔離したことで、中の人達は逃げ場を失い、次々と犠牲になっていく。

 これらの様子を外部の人間が知ることは出来なかった。なぜか監視カメラの映像が全て砂嵐になり、カメラが機能していないからであった。



 * * *



 そろそろ太陽が沈む準備を始める高さに来た頃、簡易的に設置されたコーヒーサーバーからコーヒーを紙コップに注ぐ小椋。

 フワッとコーヒーの香りが広がり、眠気を飛ばしてくれそうな、香ばしい薫りとは対照的に、口をつけると薄すい味が舌を通りながら自分は安物だと主張してくる。


「坂口さんこれからどうするんです?」


 小椋が騒ぎが起きているビルの前に設置されたテントの中で、コーヒーを飲みながらモニターを睨む坂口に質問する。

 坂口は小椋の質問には答えてくれず、もう1人の男と何やら話している。


「あぁ、晩飯おごってもらえると思ったのにな」


 荷を運び、上司への報告を終えてすぐに連絡が入り、自分達が荷を運搬したビルへ迎えと指示を受けたせいで、晩御飯はお預けになってしまったのである。


 小椋はふて腐れながらビルの間取り図を眺める。2階から上はなんてことのないオフィスビルだ。


 だが大きく違うのは、1階から地下深くへ2本のエレベータが延びていることだ。地下1、2階分を飛ばして、3階があるような造りになっている。そして今現在、このエレベーターは動いていないというか、動かない。


 中へ入るには、一本の長い非常階段のみである。


「ここか、なるほどな」


 コーヒーを啜りながら間取り図を指でなぞっていた小椋は、坂口の声に反応して駆け寄る。


「どうしたんです?」


 坂口が小椋の問いに、テントの中に用意されたモニターを見るように促してくる。


「砂嵐ですけど、これがどうしたんです?」


 モニターに映る砂嵐を見て、不思議そうに首を傾げる。


「今な、このモニターに映っているのは空気孔のダクト内に潜入させた、偵察用のラジコンから送られてきている映像だ。


 でだ、こっちのモニターはもう一台のラジコンから送られてきている映像だ」


 もう一台ある小さなモニターには、周囲を銀色の鉄で覆われたダクト内から、送られてきているであろう映像が、映し出されていた。

 その映像の前には、キャタピラのついた戦車ボディーにカメラがついた機体が映し出されていた。


 坂口が、モニターの前に座っている男に指示を出す。

 小さなモニターに、アームが伸びて目の前にある機体を掴む様子が映し出される。

 映像が少し揺れて、目の前の機体がズリズリと引きずられ始める。するとすぐに、大きなモニターの方に映像が映し出される。


 小さなモニターの映像と同じような場所が映し出されていることから同じダクト内だと分かる。


「これは?」


「1台目を投入したところ、ある地点まで進んだところで、偵察機のコントロールが効かなくなり映像も途絶えた。

 そこで2台目を投入し、搭載されているアームで1台目を引っ張ったところ、コントロールが戻ったんだ」


「それってつまり」


「ああ、何らかの電波障害が起きている可能性が高い。これで思い当たる節はないか?」


 坂口の問いに小椋は少し考えるが、すぐに閃いたようで、手をポンと叩く。


「ショッピングセンターや、公園付近で起きた監視カメラやスマホなどの不調ですか!」


「そうだ。宇宙人と思われる生物が現れた場所では、電子機器に何らかの不調があるのかもしれん。おそらくだが、電波障害や機器に悪影響を与える、何かを発しているのかってとこだな」


 それを聞いて、小椋が少し強張った表情になる。


「じゃあ、まさかこの状況……宇宙人がいる可能性があるってことですか?」


 小椋の言葉に坂口が大きく頷く。



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