第24話:広がる恐怖と動く私

 地下の施設では人の数が減り、ゾンビと呼ばれる個体の数が増えていく。動きこそ俊敏ではないが、力は凄まじく人間のリミットを外れた動きで、自身の骨が砕けようが筋肉が裂けようがお構いなしに攻撃を繰り出してくる。

 バリケードを作り籠城するも、力と数で押して破壊され犠牲者が増えていく。


 ──人間サンプル採取……現段階での完全掌握不可──


 机がひっくり返り、資料が散らばる部屋に1体だけいるゾンビは、天井を見上げ黒目の無い目でじっと見つめる。


 ──地上に出る。方法……群れの優劣……記録サルベージ──



 * * *



 2人の男と女が息を切らし走る。男の名は遠藤英樹えんどうひでき女性は、美空明莉みそらあかり。遠藤はこの研究施設で主任という立場であり、ドアの鍵を持っていたことが幸いし、部屋を転々としてゾンビから逃げ回り、なんとかここまで生き延びていた。


 そんな遠藤は一緒に逃げていた研究員の仲間が皆やられ、1人逃げていたのだが、女性の悲鳴を聞き向かい、その女性をゾンビから無我夢中で助ける。それが美空だった。


 遠藤の年齢は48歳である。若くて綺麗な美空を助け頼られている今、舞い上がっているのもある。ゾンビを倒したということで自信を持ち興奮状態だったのも大きい。


 もう少し冷静であれば美空が白衣の下に隠す、左腕にある小さな傷に気づくことが出来たかもしれない。


 結果論でしかないが。


「くそっ、ここもダメか」


 ドアの前にある解錠システムの端末にカードを通した遠藤が悔しそうに端末を叩く。


 宇宙人のいる場所では、機械が正常に作動しないかもしれないと、坂口たちが話していたその現象が、今このエリアで起こっている。


 電子ロックの扉は開かない、この事が逃げまとう人々から逃げ場を失わせ、外にいる人間は次々と犠牲になっていく。

 逆を言えば最初から中にいる人間は安全な訳だが、まだ電子制御が効いていた序盤に多くの人が避難を選択したため、開きっぱなしになっている部屋が多い。


 逆をいえば今閉まっている扉は生存者がいる可能性が高いが、中からしか手動で開ける手だてがないので、遠藤たちは非常階段へ向かって逃げていく。


 遠藤は白衣のポケットの中の鍵を手で触り存在を確かめる。今までこれのお陰で、部屋を転々とし生き延びてこれた。お守りのようなその存在に触れることで気持ちを落ち着けると、美空を誘導してやがて小さな扉の前にたどり着く。


 上には緑色のランプがぼんやりと『非常階段』の文字を優しく光らせてくれている。


「遠藤さんこれ開くんですか?」


「ここは一般の研究員用でなく主任クラス以上専用の階段なんだ。だから専用の鍵がなければ開かないがね」


 と言いながら遠藤が手に持った沢山の鍵がついたリングを自慢げに美空に見せる。


「二重扉になっているからまずこっちを開けてと」


 外側の扉を開けたときだった、その時を待っていたかのようにゾンビが数体襲いかかってくる。慌てて内側に逃げるが1体が腕をねじ込んで扉を閉めるのを阻止すると次々と手を突っ込んでくる。

 これを扉のノブを引っ張り必死で食い止める遠藤は叫ぶ。


「美空くん! この鍵を使ってもう一枚の扉を開けるんだ」


 美空は地面に落ちた鍵を拾い、もう一枚の扉に震える手で必死に鍵穴に鍵を突っ込み合う鍵を探し出す。


 ガチャッ


 運命の鐘の音にも聴こえる音が響き、鍵が開くと美空がドアを開ける。

 その瞬間に、一瞬ビクッと震えた美空がゆっくり遠藤に向かって歩いてくる。


「美空……くん?」


 ドアを必死に押さえる遠藤の元に来ると、抱き付く様に手を首に回し顔を近付けてくる。首筋に美空の吐息があたり、やがて柔らかい唇の感触がソッと触れる。

 そんな色香を感じれたのは一瞬で、遠藤の首は噛み千切られ、激しい激痛と共に意識はこの世から消えてしまう。



 * * *



 地上にいた坂口たちがビルの中の異変に気付いたのは発砲音が響いたときだった。警官を中心にビルの入り口付近に人が集まって銃を構え叫んでいる。

 坂口が逃げるスタッフの1人を捕まえる。


「なんだ、何があった?」


「人が、人が地下から上がってきたんです。そ、それでその警官がそいつに食われて」


「なんだと?」


 ぎゃああああ!!


 スタッフの言葉を証明するかのように、ビルの方から悲鳴が聴こえる。


「さ、坂口さん。本部と連絡が取れません。スマホも他の通信機器もダメです。これって……」


 小椋の緊迫した声の報告が上がる。坂口は騒ぎのする方を睨む。


「まさか宇宙人……」


 ビルの地下から溢れてきたゾンビが次々と仲間を増やしていく。ただこの現場の混乱は、通信機器を初めとしたその他の機器が使えないことで報告が大きく遅れる。


 車のエンジンもかけられない状況で、役に立つのが自転車と言う、人間の進歩を嘲笑うような結果をも生んでしまう。


 そしてこの事が被害の拡大を生む結果となってしまう。



 * * *



 老人ホームの玄関に1人の男がフラフラとやってくる。


「あの? どうかしたんですか?」


 たまたま近くにいた美心が声をかける。男は声に反応したのか、うつ向いていた顔をゆっくり上げ美心をその白い瞳に映す。


 血の気はあるのに生気のない顔に、表情筋を全く使ってないようなたるんだ表情。白い目に赤い毛細血管を血走らせヨダレの垂れるだらしない口を大きく開ける。


 美心は目の前の状況が全く飲み込めない。突然襲いかかるこの状況を理解する暇もなく、ただ男の動きを見ているだけ。体は動かない、いや何をして良いかも分からないから動かせない。


 その状況を更に混乱させる風……爆風が吹き荒れると、およそ人間とは思えない動きで親友の詩が、男の人の腹部を蹴り外へと吹き飛ばし、その男を追って外へ飛び出す。


「え、なに……詩?」


 美心は外で人形の様に転がる男を掴むと、引きずっていく詩の姿を見て再び理解出来ずに立ち竦む。

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