第20話:うちのワンちゃんがお世話になってます

 私こと、詩の部屋には勉強机とベット、本棚がメインのシンプルな部屋。

 ただ、クローゼットにはパパとおじいちゃんが買ってくれた服が沢山ある。


 あとは、こっちの世界に来て初めて出会って一目惚れした動物(正確には鳥)、ペンギンのぬいぐるみが2羽、本棚の上に並んでいる。

 私からすればすごく可愛い部屋なのだが、パパはペンギンのぬいぐるみを増やそうとしてくる。

 パパは分かっていない! いくら可愛いとはいえ、数が多ければ良いというわけではないのだ。


 部屋の主である私は、静かに寝息を立て寝ている。気持ち良さそうに寝ていた顔が少し険しくなると、瞼がピクピク動き飛び起きる。


「魔力? これはシュナイダー?」


 文字通りベットから跳ね起き、寝巻き姿の私はすぐに部屋のカーテンを開けると、シュナイダーがいるはずの犬小屋を確認する。


「いない……魔力が段々強くなっているってことは、何かと戦っているってことか」


 私は急ぎ着替えると、そっと1階に下り、靴を手にして、自分の部屋に戻り2階の窓から飛び出し屋根に上がると、道路に向かって飛び降りる。

 そしてそのままシュナイダーの魔力を頼りに、走っていく。


 最近、シュナイダーに出会ってから、自分以外の魔力に対して敏感になった。

 これは元々、前世の世界では当たり前のことだったのだが、こっちに生まれてから魔力を感じることがなかったので、思い出したような感覚になる。

 

 ただ、宇宙人は魔力を使うわけではないので気配はつかめない。なので、シュナイダーが何と交戦中かまでは分からない。

 おそらく宇宙人であろうとの推測の域を出ない。


 深夜の道を走っていく途中、パトカーと救急車がサイレンを鳴らしながら猛スピードで駆け抜けて行く。


(なんだろう? シュナイダーの方向とは違うけどあっちでも何かあったとか? 取り敢えずシュナイダーに話を聞けば分かるかな?)


 目の前を通りすぎるパトカーのランプに照らされないように家の影に隠れる。


(パトカーに見つかると厄介だからねぇ。こんな時間に出歩いてたら補導されちゃうし)


 隠れていた私は辺りを見回して、誰もいないことを確認するとすぐに走り始める。


(風が揺らいでる。あっちは公園か)


 近いのか属性の種類まで感知出来るようになってくる。

 近くの塀の上に飛び乗ると次に、家の屋根へと上り移動を再開する。

 屋根に上がってすぐに、シュナイダーの位置が把握できた。風が舞い上がり、渦を巻いて竜巻みたいなのが一瞬見える。


 私は辺りを見回す。まだこの辺りに警察は来てないけど、周辺の家に明かりがつき始めるのが確認出来る。ベランダに出て外を見る人もいる。

 もう誰かが警察に通報しているかもしれない。見つかるのは得策ではないので、シュナイダーの元へと急ぐ。


 私は足に力を入れ屋根の上を一気に駆け抜ける。


(あれは……なんじゃあれ?)


 複数の獣に蟹の足みたいなのが絡まって、無理矢理動いてる訳の分からない生物。頭もないし、全くもって理解できない生き物が公園の遊具を粉砕していく。


(あ~あ、ジャングルジムがバラバラだよ。シュナイダーはっと)


 すぐに見つけたシュナイダーは、人を背に乗せ逃げ回っているようだ。あの変態にしてはしっかり人助けしてるわけだ。少し私は感心する。


 腕を切り、流れる血を筆に染み込ませると屋根を蹴り、公園に飛び降りるとすぐに、バラバラになったジャングルジムの棒を1本足で掬い蹴り、宙に浮かすと手でキャッチする。


 棒に筆で描く『槍』の漢字に反応して鉄の棒が槍の形状をとる。

 ただこの鉄の棒、中が空洞だったみたいでスカスカの槍が出来上がる。

 耐久性に問題がありそうだが、まあ仕方ない。私は両手で槍を握り、逃げるシュナイダーと獣の間に割って入る。


「シュナイダー無事? その女の人は?」


「女の人は気絶しているだけで無事だ。だが詩」


「なによ?」


 目の前の化け物に気を付けろ、とでも言うのなら嘗めないでほしいものだ。だが、シュナイダーの気遣いは嬉しい。槍を手に体勢を低くし構える。


「なんでスカート穿いてこなかったんだ?」


 私の槍が弧を描き、シュナイダーの鼻先をかすめる。


「ぬおっ!? 何をする」


「あーごめん。準備運動したんだけど、距離感間違えたわ」


 牙を見せ文句を言うシュナイダーを無視して、槍を回し再び構える。


「その女の人、どこか離れたところに連れて行ってよ。それまで私がコイツの相手しておくから、後でちゃんと手伝いに来てよ」


「むぅぅ、仕方無い。女性が危険な目に合うのは望むとこではないからな」


 シュナイダーが女性を運んで、この場を離れる気配を感じながら、一応私も女なんですけどという言葉を飲み込んでおく。


「さてさて、うちの変態犬がお世話になったみたいだけど、あんたは何者なの?」


 槍を構えたまま睨み合う。……相手の頭ないけど、何となく目が合ってる気がするからこの表現は間違ってないはず。

 私の問いに答える術を持たないのか、そもそも言葉が通じてないのか分からないけど、8本の足をバラバラに動かし突進してくる。


 いや、正確には上手く操作出来ていないみたいで、突進ではなく暴れているだけだ。

 転けないのは8本の足があるからで、その動きに統一性もないし、動きなんて読めやしない。


 体から生えた蟹みたいな足を振り回し、その鋭い先端で突いてきたり振り回したりと、こちらも統一性のない攻撃。


「意外にこういう無茶苦茶な攻撃の方が、めんどくさいんだよねぇ」


 蟹足を槍で捌きながらぼやく私。


「ま、めんどくさいってだけだけどねっ」


 捌きながら宙に書いた円を切り裂くようにして、下から上に弧を描く。槍に触れた円が赤く光ると『切』の漢字が光り、無数の風の刃が、化け物目掛け放たれ、蟹足を切断し本体を切り裂く。


 怯む化け物との間合いを一気に詰めた私は、傷口から噴き出す血飛沫目掛け、槍を突き立てる。

 私の手の甲に描いた『鋭』の漢字が浮かび上がると、それは槍の先端に鋭さを付与する。

 刃が鋭利になって、刺さっている感触が希薄きはくになる槍を真横に一閃に振り抜く。恐らく2体の獣が引っ付いていると思われる体から噴き上がる鮮血が、辺りを真っ赤に染める。


「ふ、ふふ。なんかテンション上がるわぁ」


 返り血を浴び、ちょっぴりテンション高めな私は、よろける化け物の足元に拾った石ころを投げる。光り出す『ねい』の漢字。

 それと共に私から見て左側の4本足がぬかるみ始めた地面に沈む。


「やった! 上手くいった。漢字勉強して良かったぁ」


 指をパチンッと鳴らして、勉強の成果を喜ぶ。正直に言うと「濘」なんて漢字知らないし、使ったことないけど、覚えてイメージしたら使えるようになった。

 辺りには『泥』『沈』『転』なんて漢字が光もせず設置されたままになっている。


 『泥』『沈』は濘と同じで足止め出来るかもと思って書いた漢字。『転』は転ぶかな? って書いたけど、イメージが上手く出来なかったのか反応しなかった。『濘』が反応したのは多分、私が漢字を覚えるときに強く印象に残ったから。


「これはあれだ! 変に難しくて字画の多い漢字覚えちゃうと、戦うのがめんどくさくなっちゃうやつだ!」


 泥に足を取られもがく化け物を横目に私は、今後の勉強方法を思考するのである。

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