第19話:野生動物にそんな奴はいませんねぇ

 地面、正確には地面の上にある空気を蹴り、バク宙し鞭の様な動きで襲いかかる攻撃を避けると、続けて襲いくる鋭い爪の攻撃を、空中に張り付き走って避けいく。


 球状のドームの内側を走るような軌道を描き走ると体全身に風を纏う。

 イタチの真上の空間に足を付けるとグッと屈む。


「一気にいくぞ! 奥義『風脚風切かざあしふうせつ』!!」


 2匹を射程にいれた空間を縦横無尽に跳ね回り、風を纏った爪と牙で切り裂く奥義に対し、2匹のイタチの爪と鞭が激しく抵抗し攻撃を軽減するため、致命傷を与えられない。


 体の至るところに傷がつき、血を流しながらも、猛攻を凌いだ2匹の息は荒いが、未だ闘争心は失ってないようで、シュナイダーを殺気のこもった目で睨む。


「鞭は尻尾が変化したものか。それにオレの攻撃を受けて、爪すら破損していないとはなんとも厄介だな」


 手に刃物の様な長い爪を持つ個体と、尻尾が自身の体より太く、長く、先端に小さな刃物が無数に飛び出ている個体の2匹が、荒い呼吸をピタッと止めると、1匹は4本の足が、もう1匹は尻尾が、ボコボコ脈打ち始める。


 1匹の爪は更に太く長く、足もたくましく進化し、もう1匹の尻尾は3つに割れ長く伸びる。


 3本の尾の先に刃が付いた尻尾が、別の生き物の様に襲いかかる。

 その攻撃の間を、もう1匹の爪による3本の斬撃が走る。

 しなる鞭の様に、空気をシュッと鋭く切り裂き、音を立てながら放たれる尻尾と、太い足から放たれる爪の攻撃を避けつつ、シュナイダーも爪を振り下ろす。


「なにか聞けると思って手加減してやったのだぞ!! 獣風情が、調子にのるな!」


 イタチは怒鳴るシュナイダーの正面に爪を真っ直ぐ伸ばし突っ込んでくる。それに合わせ、3本の尻尾も上と左右から放たれる。


 後方に跳ぶしか逃げ道はない状況で、シュナイダーは頭を下げると口を地面につける。

 その位置から斜め上に振り上げそのまその場で一回転すると、弧を描く激しい風が地面からシュナイダーを包む様に一瞬吹き荒れ、イタチたちの攻撃を弾く。


 尻尾は弾かれ、3枚の花弁が開くように広がり宙に漂う。爪を放ったイタチは吹き荒れた風に腕を反らされ、体は宙に浮き、片腕で万歳をするような格好になってしまう。


 地面に円の砂模様を描いたシュナイダーが、地面を蹴ると、地面スレスレを真っ直ぐ弾丸の様に飛び、腕を上げるイタチの真下に来た瞬間、前足で地面を叩き直角に進路を変え、真上に上昇し、大きく口を開けるとイタチの喉に牙を立てる。

 シュナイダーの牙が食い込み、喉から吹き出した血は、宙に一瞬赤い華を鮮やかに咲かせる。


 シュナイダーはその牙を更にイタチの喉に食い込ませながら上昇し、頂点に達したとき体を捻り、イタチごと風を纏うとキリモミしながら地面に落ちていく。


 上空で発生した竜巻が地面に向かって伸びて、地面にドリルで抉った様な跡を残すほどの激しい衝撃と共に、行き場を失った風が周囲に吹き荒れる。


 ブランコがキィーキィー鳴き、樹木が激しく揺れ葉を辺りに散らす。


 抉れた地面には、まさに首の皮一枚で繋がった状態のイタチが、そのベロンと伸びた皮を捻り体から少し離れた場所に頭を置く。


「ペッ、不味いな。獣臭すぎる。今の時代シャンプーにも気を使わないとモテないぞ」


 血の滴る肉片を咥えるシュナイダーが、それを投げ捨てると口の周りについていた血を舐める。


「どうした、かかって来ないのか? ならばオレからいかせてもらおう」


 魔法によって風を纏った体は空気の抵抗を極限まで押さえる。それは目にも止まらぬ速度での移動を可能とする。

 勿論、シュナイダー自身の身体能力の高さあってこその移動法である。


 地を蹴り向かってくるシュナイダーを捉えきれない尻尾は、空を切り地面を叩いて、砂ぼこりを舞い上げるだけで、尻尾からも焦りが見てとれる。

 イタチは必死に尻尾を動かし攻撃を繰り出すが、それも虚しく腹部にシュナイダーの牙を突き立てられると、跳んで横に一回転するシュナイダーに、腹の肉を噛み千切られる。


 赤い血を撒きながら地面に転がるイタチに向かって、右前足に風を纏わせ大きな3本の爪を形成したそれを振り下ろし、胴体と首を切り離す。


「ふん、イタチがオレに敵うわけがないだろう」


 吐き捨てるように呟くシュナイダーはイタチを見下ろす。そして倒れている女性の方を見るとチョコチョコとそっちへむかって歩いていく。


 まさに浮き足立っている様な足取りで。



 * * *



 腹部を噛み千切られたイタチの傷口から赤く、長い蟹の足の様なものが飛び出てくる。

 足は何かを探すようにゆっくり動き、もう1匹を見つけると、その方向でピタリと止まる。

 とほぼ同時に数本の蟹足が飛び出し、イタチの体を乱暴に引きずりながらカサカサと歩き始める。


「なっ!?」


 引きずる音に気付いたシュナイダーが振り返ったときは、イタチの脇腹から飛び出した、節のある蟹足が、もう1体のイタチに飛び掛からんとしている瞬間だった。


 生にすがる様に伸びる足は、イタチの体に突き刺さり自ら引き寄せる。

 もう1体の体からも背中を突き破り飛び出した蟹足が相手の体に突き刺さる。


 蟹足が何本も互いを刺し、絡み合うそれは8本の足で立ち上がり、首のない体と皮一枚で頭を繋げる胴体をシュナイダーに向ける。


「なんだこれは……こんなのは野生にも魔物にもいないぞ……」


 驚くシュナイダーに対し、イタチだったものは8本の足をバラバラに動かし、無茶苦茶な動きで更に太く伸びた尻尾を振り回し爪を振るう。


 樹木はへし折られ、遊具は無惨に切り裂かれていく。


「頭がないから見えてないのか? 行動が読めない分厄介だな」


 シュナイダーが走り倒れる女性の元へ行くと、上着を咥え宙に放り、自分の背中に乗せる。


「ぐぬぬ、今ほど犬であったことを悔やんだことはないぞ。女性を抱き締めて走ることも出来ないとは!」


 背中の女性が落ちないように注意しながら、攻撃を避けるシュナイダーに少し焦りが見える。


「くそぅ、背中に当たる胸の感触を味わう暇もないとは、許さんぞイタチやろうが!」


 気のせいだったようである。

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