第18話:役に立つかもうちのワンちゃん
──シュナイダーが鞘野家に来て、3日目の夜。
シュナイダーは、家の外で飼われている。今の御時世、外で飼うのはわりと珍しい方かもしれないが、詩の強い反対もあって家の中ではなく外が彼の住みかとなっている。
彼自身も外の方が落ち着くし、景色の変化(主に女性が通ること)があって楽しいらしく、不満なく過ごしている。
日が落ち始めた夕暮れ、シュナイダーはいそいそと毛布を引っ張り、自分の寝床を作ると、そこへ伏せる。
「山とは違う音に溢れてるな。それに都会は可愛い犬(女)、可愛い人(女)、に溢れてて良いものだ。
山の犬(女)もたくましく美しいが、都会の犬はまた違った品があり、綺麗だし種類も多い。下山して正解だったな」
訳の分からないことを呟くシュナイダーは、目を閉じ眠りにつく。
寝ていても車やバイクの通る音に、耳がピンッと立ち、ピクピク音の方へ動く。
野生での生活が長かったせいもあり、睡眠は浅く無意識に気配を探ってしまう。
詩程ではないが、補助魔法により多少身体強化も可能であり、元々鋭い嗅覚、聴覚においては詩を超える能力を発揮する。
小さな悲鳴のような声を耳がとらえると、音のする方へ耳が向く。
恐らく女性……と獣の足音。
ムクッ、と顔を起こすと、シュナイダーは家の2階を見上げる。
詩の眠る部屋は明かりが消え、寝ているのか静まり返っている。視線をずらし空を見上げると、月と星が綺麗に輝いている。
おもむろに立ち上がると、自分を繋いでいる鎖を器用に外し、後ろ足で顔をバリバリ掻いて大きなアクビをする。
そして音もなく消える。
* * *
──深夜3時頃。
白のミニドレスを来た女性は靴も履かず、黒いタイツでアスファルトの上を走る、足の裏は土で汚れ、タイツも穴が空いている。
涙と汗で化粧が崩れるのも構わず、必死に走る女性は、追い込まれるように深夜の公園に逃げていく。
そのままドーム状になっている滑り台の影に滑り込むと、座り込む。
ぜぇぜぇ息をしながら口を開け、必死に息を吸う彼女は、さっきの出来事を思い出しながら頭を整理し、冷静であろうとする。
彼女はスナックで働く女性。お店が閉まった後、お客の男性と一緒に帰る途中だった。
突然現れた大きな動物? そいつに少し酔っていた男性が文句を言った瞬間、そいつは大きく口を開け噛みつくと、男性の頭は失われドサッと音を立て体が倒れる。
女性は叫ぶより先に走って逃げた。自分でもあの場面で、叫んで動けなくなるのではなく、体が動き走れたことに驚いている。
そのあとは履いていたヒールも脱ぎ捨て、ただただ、走って逃げた。
冷静に思いだしながら出来事を整理していき、少しだけ落ち着きを取り戻す女性。
大きく深呼吸をしたそのとき、頭の上にポタリと落ちてきた水に驚き、ゆっくり上を見上げる。
ドームの上部にある丸い穴から覗く、光る目と目が合う。そいつはドームの穴をにゅるりと潜り、中に降りてくる。
女性が掠れた声にならない声を出し、命からがら這いずるようにドームから出ると、そいつはゆっくりと女性の後をついてきてその姿を外灯に晒す。
ぼんやりとした灯りに照らされ、目を光らせるそいつは、尻尾も合わせれば3メートルはある巨大なイタチであった。見た目こそイタチだが2足歩行でずしずしと歩いてくる。
イタチは女性の元に近付くと、体をクンクンと匂い始め、女性をおきにめしたのかニタァと笑い口を大きく開け、鋭い歯に糸を引き、唾液を垂らしながら女性に覆い被さる。
目を瞑る女性の脳裏に浮かぶのは、さっきまで一緒にいた男性の末路。
生暖かい息が顔に当たり、頭が真っ白になる。死を覚悟し意識が遠くなったそのとき、鋭い風が吹き抜け、生暖かい息を吹き飛ばす。
女性はゆっくりと倒れながら、薄れ行く意識の中で見たのは、大きな赤い毛並みの犬が自分を庇うように前に立っている姿だった。
* * *
後ろに倒れる女性の頭を肉球で支えると、そっと地面に寝かせる。そして吹き飛ばした相手であるイタチを睨む、シュナイダー。
「お前、女性の扱い方がなっていないな。さっき匂いを嗅いでいただろう。そんな羨ま……けしからんことをして、あげく食べようとしたな。
女性を高貴に味わうことも出来ぬとは獣よ」
イタチがグルグル唸りながら立ち上がる。
「イタチか。オレの言葉は分かるか? お前はなんだ? 宇宙人なのか?」
シュナイダーの問いなど聞いてもいないのだろう。関係ないといった感じに、イタチは身軽に跳ねながら口を開け、牙を見せ噛みつこうと襲いかかってくる。
シュナイダーがそれを軽く避けた後、公園の土の上で気絶している女性を見て、キリッとした表情を見せる。
「後でクンクンさせてもらいます」
それだけ言うと、風を纏う4本の足は地面に触れることなく、宙を蹴って高速移動する。
シュナイダーはイタチの肩に噛みつき、前宙すると、イタチごと回転し地面に叩きつける。
口を開けイタチを離し、自身だけ回転の勢いのままさらに前宙すると、宙に着地しそれと同時に地面に向かって跳びはね、倒れているイタチの腹部にタックルをきめる。
腹にめり込むシュナイダーによって、イタチはくの字に折れ曲がり、口から唾液やらを吐き出し撒き散らす。
尚もシュナイダーはタックルの反動を利用してバク宙し、地面に降りるや否や、イタチの後ろ足に噛みつき、引きずり半回転させると、口を開き投げ捨てる。
「手加減はしているからまだ息はあるだろう。もう一度聞くお前は宇宙人なのか? 答えろ!」
イタチはヨロヨロ立ち上がると、唸り始め体に力を入れているのか小刻みに震えだす。
ボコボコ4本の足が別の生き物みたいに脈打つと、一回り太くなった腕と手から大きく長い爪が3本伸びてくる。
後ろ足も筋肉質になってどっしりと地面に足をつける。
手の爪は鋭い輝きを放ち、爪というより鋼の刃物の様に見える。
「進化するのか。だがお前は重大なミスをおかした。その手では肉球を触ってもらえないぞ! 女性に手を触ってもらえるコミュニケーションツール、肉球を捨てるとはやはり獣よ」
シュナイダーが姿勢を低くして構え目の前のイタチを睨む。互いに低い姿勢から突っ込む。
「!?」
シュナイダーが土ぼこりを上げ、ドリフトするように横滑りしながらブレーキをかけると、真横に跳び跳ねる。
と同時に、上空から落ちてくる物体から放たれる鞭の様な斬撃が地面を抉る。
「ちっ、2匹いるのか」
土ぼこりの中に光る4つの目を見て、シュナイダーが唸る。
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