第15話:番犬シュナイダー

 ガストンは、愛する子供たちに看取られその生涯を終える。享年87歳。


 ガストンが次に意識が戻ったとき、目の前にいたのはきらびやかな椅子に座って、口から出した棒付き飴の棒を、ピョコピョコ動かして遊んでいる赤い髪の女の子だった。


 周りはどこかのお城の間のようでもあるが、どこまでも広く天井はあるのに壁が見当たらない。そんな幻想的な雰囲気を漂わせている空間にきたガストンは驚きの表情を見せる。


「えーと、ガストン・リュングっすね。簡単に説明するっす。生前の功績、その人格を称え、その誇り高き魂の転生を行うっす。

 それにあたってガストンの希望を考慮した、特別転生を行いたいっす」


 女の子は、いつの間に取り出したのか分からない本を見ながら、そう告げる。

 彼女の名は女神シルマ。ガストンの生前の功績を称えた、特別転生の説明をする。希望が通るかはこっちが判断するから、取り敢えず希望を言ってくれ、そう言われたガストンはしばらく考えた後に口を開くと、希望を伝え始める。


「もっとスマートで速く動きたい。連続攻撃したい」


「属性を土から爽やかな風に変えたい、出来るなら見た目も派手でカッコいい、火属性も使いたい」


 ガストンは戦闘面について、熱く希望を伝える。そして記憶の持ち越しをすることと、その世界の言語を最初から習得することを希望する。それから……


「私は生涯を妻ミレーヌだけを愛し添い遂げた。だが……本当は沢山の女の子に囲まれてこうだ! そうハーレムを作って、イチャイチャしてパーッ! と楽しく過ごしたかったんだ!! だってさ、けっこうモテたんだけどミレーヌ厳しくてさぁ。オレもっと自由に生きてみたかったんだ! でさっ──」


 テンション高くなるにつれ、砕けた口調で語り始めるガストンにシルマは口に咥えていた棒付き飴を開いた口からぽろっと落としてしまう。

 シルマ約600歳、神様の中では若い方だが、彼女が大好きな棒付き飴を落としたのはこのときが初めてだったという。


「ガストン……今のは一体なんっすか? 冗談っすか?」


「い~や、本気だ! 俺はハーレムを作りたい! それが許される世界に転生したいんだ。ああ、それと、束縛の強くない女性が良い! オレはこう、1人の女性だけのものになるとかなりたくないんだ」


 シルマは思う。


(コイツ、思ってたよりヤベーヤツっす。能力を保持したままの転生とかヤベー未来しか見えないっす。かといって特別転生は受理された後で、覆すのは難しいっすから、さてどうしたものか……おっ!)


「分かったっす。希望は素早く動けて、魔法は風と火がメイン属性。そして束縛のない女性に囲まれて、ハーレムの形成が許される世界で合ってるっすか?」


 ガストンはシルマの問いに大きく頷く。


「んじゃあ、それで転生するっす。準備は良いっすか?」


 シルマの問いに再び大きく頷くと、両手を組み神に祈るようなポーズで目を閉じる。その表情は来世に向けての希望で満ち溢れている。

 そんなガストンに転生の儀式の声が聞こえ、意識はゆっくりと暖かい闇の中へと消えていく。


 ──そして父と母に祝福され生まれ変わったガストンは、名をシュナイダーと変え産声を上げる。


「なんじゃこりゃーー!?」



 * * *



「って感じっす」


「うわー」


 もうなんて言っていいか分かんないから、うわーって声しか出ない。

 ガストンってそんなこと思ってたんだ。私の中のガストン像がガラガラと崩れていく。

 取り敢えず軽蔑の眼差しをシュナイダーに送ると、フッと笑う。

 今の話のどこに笑う要素があったのかと、問いたい気持ちを堪える。


「はじめは、この姿になったことを恨んだりもしたさ。だがな!」


 シュナイダーがカッ! と目を開くと遠吠えでもするかの様に大きく口を開く。


「この犬の世界はな、力ある者が全てだ! 強いオスがモテる! 強ければボスとなりハーレムでもなんでも作り放題だ!」


 そう力強く語るシュナイダーを、オルドと私は冷たい目で見る。そんな視線にも気付かない、シュナイダーの語りは止まらない。


「今のオレは妻が20、子供30の計50匹の群れを束ねるボスなのだ! 羨ましいだろう!! いまでは女神シルマに感謝しているぞ!! ありがとうございます! ぬわっ!?」


 ピシッ、ピシッと音を立てシュナイダーの足元の水が凍り始める。氷に足を拘束され、シュナイダーが焦り始める。


「な、何をする!!」


「気持ち悪いからなんとなく」


 そう言いながら私はシュナイダーを背にして山を下りる準備を始める。


「シルマ、ここには仲間いなかったね。他のあてない?」


「そっすね。日本にはもういないっすけど」


「ちょと待てぇ~!!」


 叫ぶので仕方なく振り返ると、キリッとした勇ましい顔をしているシュナイダーが少し偉そうに言う。


「このままオレを置いていくと言うのなら、オレの一族がお前を駆逐するであろう」


 その言葉にムッ、とする私の前にシュナイダーの群れと思われる犬たちがぞろぞろと現れる。

 襲ってきたりはせず、私にお辞儀をするように頭を下げると動けないシュナイダーに向かって、なにやら話しているようでワフワフ言ってる。


「ほうほう、なるほどっす」


「あれ? シルマはなに言ってるか分かるの? 教えてよ」


 私の隣で腕を組んでフンフンと相槌を打つオルドに尋ねる。


「シュナイダーが詩に負けたことで、ボスとしての威厳が失くなったみたいっす。群れに必要無いから、じゃあねって言ってるっす」


 足が凍ったまま身動きの取れないシュナイダーを置いて群れは森の奥へと去っていく。

 残されたシュナイダーは呆然としている。野生って厳しいもんだね。

 あ、でも束縛のない女性ってのもちゃんと叶えられてるじゃん。

 哀れみの目で見る私に、シュナイダーは耳を伏せ、尻尾を縮ませクーンクーン鳴き始める。


「詩さん、番犬として飼ってもらえませんか?」


 こうべを垂れるその姿に、威厳は微塵も感じられなかった。

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