第3話:未知との遭遇

 小雨とはいえ、走ればそれなりに濡れるものだと思いながら進む。

 前世で傘なんて物はなかったから、こうやってよく走ったものだ。


 あー、なんか嫌だ! 


 なんでさっきから、エレノアのときの記憶ばかり思い出すのだろう。私は鞘野詩だ! あの血生臭い戦場を、駆け巡っていた私とは違うんだ!


 私は足を止める。何故なら目的地と思われる場所に着いたからだ。

 周囲には多くの警察と緊急車両、野次馬と報道関係者だろうか、カメラなどを持った人たちがいる。


 私は建物を見上げる。さっきまでいたショッピングモールだ。立ち入り禁止のテープが張られ警察の人が、野次馬に帰るように叫んでる。


 ここから様子は分からない。だがそれは一般人の話。私は大きな術こそ上手く使えなかったが、身体強化ぐらいの術は使えるのだ。だからこそ運動神経がいいのである。


 私は体に巡る血液の流れを、感じ取れるくらい集中する。血を耳に集め、少し熱くなる感じ。周囲の音が一気に集まってくる。その雑音から必要な音だけを残し、他を排除していく。


〈う……〉


〈たす……〉


 多分この音。私は更に集中する。


〈な、なんだコイツは!?〉


〈む、虫?〉


〈う、うわああああ!〉


〈発砲! 発砲を許可する!〉


 ここで私は集中を切る。


 パーーーーン!! 


 運動会で聞くような発砲音が響く。集中してなくても聞こえるこの音に、周囲の野次馬やテレビ局の人たちがどよめき沸き立つ。


 私は即座に野次馬から抜けると、再び来た道を走り出す。ただしすぐに道をそれ、付近の住宅街に入ると、近くの垣根に鞄と傘を隠して細い道を駆け抜ける。

 体全体を満遍なく強化し、手足の強化によるスピードアップと、肺を始めとした臓器の強化によって持久力を上げる。


 虫? 確かにそんなことを言っていた。しかもあの発砲音の後も、人が逃げる音が止んでいない


 ん!?


 血の匂いが濃くなり、思わず制服の袖で鼻を押さえる。

 ああこれは不味いなあ。すでに何人か死んでいるのは間違いない。多くの血の匂いが混ざってる。


 私が前を見ると、パトカーはこっちにも数台配置されていて、警察の人が見張っている。

 正攻法じゃ入れないし、警察に危害を加えるのは本末転倒だ。

 私は近くの塀を蹴ると、気付かれない様に家の屋根に上る。

 ショッピングモールに1番近い家の屋根まで移動すると、警察の包囲網を潜って、駐車場らしき場所に向かって跳び、音も立てずに着地する。


 さてと、これで潜入出来たわけだ。


「あれ? なんで私潜入したんだろ? 覗いて帰るだけで、潜入する必要はないんじゃ……ま、まあいいや! ついでだし」


 フッと我に返り、思わず独り言を言ってしまう。

 辺りを見回すと、どうやらここは業者用の駐車場らしい。トラックとか来て荷物を降ろしたりする所謂、搬入口ってやつだ。


 従業員用のドアのノブを引くとあっさり開いたので中へ入る。

 血の匂いが更に濃くなっていく。耳を集中させると聞き慣れない足音がする。

 ドスドスにガサガサが重なった様な変な音だ。


 従業員用の通路を通り抜け、ショッピングモールの1階の扉へたどり着く。扉の陰から外を覗くとおびただしい量の血痕が通路に飛び散り、数人の人が倒れているのが見える。


 うわぁ~、久々に死体見たけどやっぱり気持ちの良いもんじゃないなあ。

 あれ? あの死体なんかペラペラしてない?


 私は多くの死体の中に、明らかに萎んだ風船の様にペラペラなものがあることに気付く。


 ん? 変な足音は2階か。私はコッソリと扉の陰から出ると、周囲を伺いながら移動する。

 ついさっきまでは多くの人が、楽しそうに行き交っていたショッピングモール。今では物言わぬ死体が、あちこちに点在して、床や壁が血で汚れ、物が散乱している。

 嫌な静けさの中エスカレーターの動く音が耳につく。


 私は変な足音とは反対方向に走り、遠くの階段から2階へと上がる。


「うわああああああああっ!」


 丁度上りきったとき、静かなショッピングモールに叫び声が響き渡る。

 声の方向から、さっき美心と行った文房具屋さんの辺りだと思う。

 2階の通路を走り、中央の吹き抜けを挟んだ文房具屋さんとは反対の店舗に滑り込む。

 そこは色々なお菓子が置いてある駄菓子屋さん。物が多いので隠れるのには丁度いい。


 そっと覗くと……なんだあれ? カナブン? 


 濃い緑色のボディーに6本の足。確かに虫だ。ただ私より一回り大きい。私の身長が160だから180センチぐらいかな? それに2足歩行している、そして口ってあんなに尖ってったっけ?


 まじまじと観察していると、巨大カナブンは何か発見したようで、文房具屋さんの隣にあるメガネ屋さんのショーウィンドウを掴み床から引き剥がし、引っくり返す。


「ひ、ひいやぁぁ、た、助けてくれ!」


 サラリーマン風の男が地面に座ったまま後ずさりする。腰が抜けて立てないのだろうか。

 私は助ける為、飛び出そうとするが、それより先に男の人に巨大カナブンの尖った口が突き刺さる。

 泣き騒いでいた男の人は大人しくなり、ビクビクと痙攣を始める。そして体全体がボコボコとうごめくと、突然萎んでいく。


 詳しくは分からないけど、巨大カナブンが男の人の中身を吸った、様に見えた。

 あんな魔物見たことない。あれは討伐しなきゃ不味いなあ……って今の私がどうこう出来る相手ではない。

 それに冷静に考えて、このまま飛び出たら私の顔監視カメラとかに写って、身バレするんじゃない!?

 なんとなく店内を見ると、お祭りとかでよく見るお面が置いてあった。


 これ被る? いやいや。


 キャッーーーー!


 甲高い悲鳴が上がる。陰から覗くと小さな女の子が頭を抱え、地面にしゃがみ込んでいる。

 そしてすぐに、お母さんらしき女性が飛び出て来て、女の子を抱き抱え逃げようとするが上手く動けず、その場で覆い被さり女の子を庇う。

 巨大カナブンは、そんな2人にドスドスと足音を響かせ近付いて行く。


 私はたまたま店にあったカーテンの様な大きな布と、お面を手にすると店から飛び出し吹き抜けを飛び越え、巨大カナブンと親子の間に着地するのだった。

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