折角平和な生活していたのに……

第2話:血の騒ぎ

 いつもと同じ日常。私は教室の窓から外を見ると、校庭には水溜まりができてて、鉄棒からは水が滴り落ちる。


 今日は雨だ。シトシトと朝から降り続けている。


 実は結構、雨の日は好きだったりする。土砂降りは嫌だけど、シトシト降る雨の町がシットリ濡れ少し空気が澄んでいく感じ、それに加え傘やひさしに当たる雨音も落ち着く。


 もう1回自己紹介しておくと私は、鞘野詩さやのうた15歳の高校1年生。

 見た目はまあ普通であろう。髪と目が他の子より濃い茶色だってぐらいで、何処にでもいる前世の記憶持ちの女の子だ!


「うたー、今日もどっか行こうよ」


 雨音を楽しむ私に、美心が声をかけてくる。おっといけない私は今、華の女子高生。20代後半で森に籠って、木々に落ちる雨音を楽しんでいた頃とは違うのだ。


「うん! 行こう」


 私は元気よく返事する。



 * * *



 ショッピングモールに来た私たちは、雨に濡れた傘をビニール袋に入れながらもお喋りを続ける。

 自分でもこんなに話すのが好きだったんだと驚いている。内容は下らないけど、本当に楽しいんだこれが。


「本当によく降るよね」


「だねえ。あっ詩、先に文房具屋寄ってもいい?」


「うん、良いよ」


 美心と一緒に文房具屋さんに向かう。最近の文房具は機能面でも進化してるけど、遊び心もあって凄く楽しい。

 無駄に試し書きしたりして2人でキャッキャいいながら店内を歩く。


「見てよ詩。これ剣に見えるじゃん」


 美心が、手に石の台座に刺さっている剣のオブジェを持ってくる。


「で、これを引っ張るとー。じゃーん! 伝説の剣だって」


「なにそれー、聖剣ペン? これが抜けたら貴方も勇者だあ?」


「ほら、毎日勇者気分が味わえるってさ。ああ、私も勇者とかなって冒険したいわー。学校行かなくて済むし!」


 背伸びしながら美心のいう言葉「勇者」が心に刺さる。記憶を持ち越したのをちょっぴり後悔するときだ。

 この世界にはある日突然、勇者になって世界を救う物語が星の数ほど溢れている。

 魔物と戦う為に育てられ生きて、勇者の裏で傷付きながら必死に戦い、戦いが終わった後も魔王軍の残党を狩るために森に入り、誰に看取られることなく死んでいった者たち。


 あのときは使命感に燃えていたけど、今考えるとなんと悲しい人生……


「おーい、うーたー、なんでそんな遠い目して涙ぐんでんの?」


「なんでもない。なんか勇者になるとこ想像したら、意外に壮絶な戦いで苦しくなったから涙出てきちゃった」


「詩、感情移入しすぎ! 普通このペン立てから想像して、泣くまでいく人なんていないでしょ」


 私は笑って涙を拭うと、美心もそんな私を笑ってくれる。なんて幸せな日々なんだろう。その思いを噛み締め、美心の買い物に付き合う。


 私はレジで会計をする美心の隣で、横にあったガラスケースに入ってある、高級な文房具を眺める。


「お待たせ! なんか面白いものあった?」


「ん? いやさあ、このペンとか2万円だってこっちは3万でしょ」


「ほほう、文鎮が1万だって!?」


「石が違うのかな? お、この筆凄くない?」


 私と美心はガラスケースに張り付く。目の前に飾られている書道の筆。

 3万から6万円までの大小様々な筆が飾ってある。


「これで書いたら綺麗な字になるのかな? 私も詩みたいに綺麗な字書きたい!」


「どうだろう? 気持ちの問題じゃないかな?」


「えーほら、これとかさ、ふさふさじゃん。さら~って書けそうじゃん。魂の篭った字を書いちゃうよ! まるで生きてるみたいな字! 川ならさらさらって流れ始める、みたいな?」


 美心の熱弁する姿に私が笑うと、美心が笑いながら怒る。

「弘法筆を選ばず」なんて言うけど、実際は結構拘ってたって話もあるし、いい道具を選ぶのは悪いことじゃないけどね。


「まあまあ、美心、私たこ焼き食べたい。私が買うから分けようよ」


「おお! じゃあ私ジュース買うから」


 ルンルンでたこ焼き屋さんに向かう私たち。



 * * *



「あつつ、おいひいけどあちゅいね美味しいけど熱いね


「んー? 詩、何言ってるか分かんないって」


 フードコートで買った、たこ焼きを口の中に入れたまま悶絶する私を指差して美心が笑う。


『お知らせします。本日未明、綾市の公園で、30代の男性の遺体が発見されました。所持品から同市の会社員、峰孝雄さんだと思われます。遺体の損傷が激しく貴重品を取られた形跡もないことから、警察では殺人の容疑で捜索を行っています──』


 フードコートのテレビが臨時ニュースを伝える。


「うわっ、綾市の公園ってめっちゃ近いじゃん」


「そうだね。暗くならないうちに帰った方が良いかも」


「だね、うちら可愛いから危ないもんね」


「だねっ!」


 私たちはお互いの可愛さを誉め合いながら、たこ焼きを食べ家路につく。


 その途中だった。けたたましいサイレンを鳴らしパトカーや消防車、救急車が次々と濡れた道路の水を巻き上げ、猛スピードで走って行く。


「なんだろう?」


「分かんないけど……あっちの方向って、さっきいたところかも」


 私が指を差す方向には、黒い煙が上がっているのが確認できる。ただ、周囲の建物に阻まれ何処かまでは分からない。


「火事かな? なんか嫌な感じするし帰ろう」


 私は美心の手を引いて家の方へ向かう。なんだろうこの感じ。前世で感じたことある嫌な空気。


 まさか……


 私は浮かんだ考えを、振り払うように首を振る。そのまま美心を引っ張るように急いで家へ向かう。

 足早に歩き帰路の別れ道に着いたとき、美心が私に心配そうに声をかけてくる。


「どうしたの? 詩大丈夫? 少し顔色悪いよ」


「う、うん。さっきのニュース聞いてこの騒ぎだからさ、そのちょっと怖くなってね」


「本当に大丈夫? 詩の家まで送ろうか?」


「うんうん、いいって。私ん家行ったら遠回りだし、今度は美心が心配で私が送るようになるから」


「なにその無限ループ。分かった、気を付けて帰りなよ」


「うん、美心もね」


 私たちは別の道を歩き、それぞれの家に向かう。


 だが私の足取りは重い。


 この感じは前世に何度も感じたことがある。多くの人が犠牲になる前の、大量の血が流れる感じだ。

 でもこの世界には魔物なんていない。じゃあ、さっきニュースで言っていた殺人犯とか……確かに私は人の殺気や悪意に敏感ではあるが、ここまで不安を感じたことはない。


 私は気が付くと無意識にきびすを返していた。


 ちょっと見るだけ。確認して、なんでもなければ良いんだ。野次馬みたく覗いて帰るだけ。

 そう自分にいい聞かせながら、雨の中を傘も差さずに走って行く。

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