072_ハマネスク王家の血筋

 ■■■■■■■■■■

 072_ハマネスク王家の血筋

 ■■■■■■■■■■



 ドルドバンダ要塞を下し、ジザーズ地方を支配下に収めた。

 ジザーズ地方はアインファッツ子爵に五〇〇の兵を与え任せて、俺はジャバラヌの総督府に入った。

 総督府は反乱軍の拠点として使われていたため、帝国軍に激しく攻められて破損が激しい。

 それでも土魔法で最低限の修復がされているので、使える状態になっている。


「ジャバラヌ占領、抵抗勢力の殲滅、ご苦労であった。この度の働き、しっかりと評価させてもらう」


 陸軍中将サージェ・アルバルトと海軍中将アマネスク・ピサロ、他に陸軍と海軍の幹部たちが揃っている。

 ジャバラヌを占領して東部の反乱勢力の鎮圧に向かったアルバルト中将だが、反乱勢力の抵抗はほぼなかった。本拠地であるこのジャバラヌが陥落したことで反乱軍の勢いがガクンッと低下したようで、二カ月もかからずにアルバルト中将はジャバラヌへ帰還している。

 ハマネスクの反乱はこれを以て平定を完了したことになる。だが、俺の仕事はある意味ここからだ。


「これも閣下が我らを信じて任せてくださったおかげにございます」


 ピサロ提督が仰々しく頭を下げてくる。


「それは皇太子の批判か?」

「滅相もございません。閣下の深謀遠慮に感服しておるのです」

「物は言いようだな。まあいい。それよりもハマネスクの行政機関を回復させねばならぬ。しばらくはお前たちも書類仕事だ。海には出られぬぞ」

「困りましたな……某、書類を見ると眩暈がするのです」

「ならば、余が調合した薬を与えよう。まあ、まだ人体実験をしてないが、ピサロ提督なら大丈夫だろう」

「そ、それは勘弁してください」


 戦いが終わったことで、これまで張り詰めていた糸が切れたようだ。

 だが、ここで気を緩めるわけにはいかない。思わぬことで足をすくわれかねないからな。


「軽口はここまでだ。戦いが終わったと言っても、まだ反乱の目は残っている。ここで気を抜いて足元をすくわれないようにしろよ」

「「「はっ!」」」


 戦争は終わったとしても、しばらくは駐留して細かなことに対処しなければならない。

 それに、今回出征した者たちの戦功を正しく把握し、皇帝に報告して褒美を決めなければならない。

 また、ハマネスク各地に送り込んだ特務情報局員たちが、表に出てきていない反乱の種を報告してくれるのでそれらに対処する必要もある。

 しばらくそんなことをしながら忙しくしていたんだが、そこに特務情報局員を束ねるガンボル・バグダッシュが面会を求めてきた。


「大将軍閣下におかれましては―――」


 つらつらと長ったらしい挨拶だ。

 俺一人なら不要だと言うのだが、そういう場面は滅多にない。本当に面倒だ。


「バグダッシュ管理官。要件は例の件か?」

「はい。閣下のお言葉をお伝えしまして、その返事をお持ちいたしました」


 懐から取り出した封書をサキノに渡すと、バグダッシュは一歩下がった。

 それを俺が受け取り、開封して内容を確認する。

 俺がバグダッシュに頼んだことを語る前に、ハマネスクの歴史を少しだけ振り返ろうと思う。


 ハマネスクが島国なのは、皆も知っている通りだ。

 元々はいくつもの小さな部族や国が各地を治めていたのだが、それらの勢力が統一されたのがおよそ一二〇〇年前のことだ。

 その統一国家は内部分裂と再統一を何度か繰り返し、島の中で勢力争いが行われてきた。

 ただ、一二〇〇年前にハマネスクを統一した王家は、今でも残っている。いや、残っていたと言ったほうが正しいな。国の象徴としてその王家は残り続けたのだ。

 王家の名の下、宰相を名乗る者が国の政治を壟断しては、滅んで新しい宰相家が興るのだ。

 王家は権威だけはあった。俗に言う『王は君臨すれども統治せず』だ。つまり、ハマネスクの歴史は、宰相家の歴史なのだ。


 かつては、強力な宰相が現れ、大陸へ勢力を伸ばした時もあった。

 その後、帝国が興ってハマネスクへ進軍して植民地化したのだが、それを行ったのが前世の俺だ。

 当時のハマネスクは内戦状態だったので、制圧は簡単だった。それに、王家は戦いを望まなかったので、王家をそのまま残すことを決めたのも俺である。

 ただし、宰相はそれ以降任命されておらず、ハマネスクの貴族階級の者がそれぞれの土地を交代で統治していた。

 統治者が交代制なのは貴族がその土地に根差すのを排除するためだが、それは俺が死んでから決められた制度だ。


 さて、少しだけ歴史を振り返ったところで、本題に入ろうか。

 今回の反乱でハマネスク王家が反乱軍によって誅されてしまった。帝国に国を売った売国奴として、処刑されてしまったのだ。

 今の王がそうしたのではないが、こういうのは見せしめが必要だということだな。

 帝国の皇太子がぐだぐだやっている間に、国王とその王妃、その他の王族たちは反乱軍に捕らえられて、処刑されてしまったのである。


「ハマネスク王家の生き残りですが、八七代国王を始め直系は皆処刑されております。よって、八四代国王の玄孫にあたる人物を発見しました。現在、配下の者が保護しております」

「その者は反乱に参加してないのだな?」

「参加しておりません」

「その者の親や祖父母はどうした? 八四代の子孫で生きているのは、その者だけか?」

「親と祖父母はすでに他界しております」

「反乱勢力によるものか?」

「いえ、病死や老衰にございます」

「その玄孫を連れて来てくれ」

「承知いたしました」


 今回の反乱で処刑されたのは、八七代国王とその直系の者たちだ。バグダッシュたちが捜し出してきたように、平民でも王家の血を引く者はそれなりに多い。

 一二〇〇年も続く王家なので、その血を引く者はいくらでも居る。町を歩いていると、王家の血筋に当たるとは言わないが、それほど多いのだ。それは帝国でも同じことなんだがな。

 そんなハマネスクの血筋で俺の役に立ちそうな奴を捜させた結果が、先ほどのバクダッシュの報告である。

 一二〇〇年も続いていることからこの島国ではそれなりの権威を持っている王家は、お飾りにするのには丁度いいのだ。


 ▽▽▽


 ハマネスク連邦王国。これがハマネスクの正式名称。

 そのハマネスクの八八代国王を任命しなければならないが、その候補者はなんとも頼りない。

 四〇にはなってない国王候補者。痩せこけていかにも栄養が足りないといったこの男が、王族だとは誰も思わないだろう。今は良い服に着替えて身なりを整えているが、これまでの苦労の跡が顔に現れている。

 そもそも、彼は王族として暮らしたことがない。貴族でもなく一般人、それもかなり貧しい暮らしをしていたらしい。


 帝国でも皇帝の子は皇族だが、孫は皇族ではない。皇女が貴族家に嫁げば子供は貴族の子供として育てられるが、皇子が皇族で終わればその子は平民でしかないのだ。

 ハマネスクもそれに近い制度なので、国王の玄孫は平民のことが多い。下手をすれば、奴隷になっていることだってある。

 逆に貴族になる国王の孫は多くない。その理由として、帝国の植民地ということが挙げられる。

 ハマネスクの貴族を増やそうと思うと、帝国に許可を得なければならないのだ。国王の一存で誰かを貴族にすることはできないという背景がある。

 もっとも、無制限に貴族を増やせば、どんな国で破綻する。帝国には歯止めをかける法が整備されているが、それでも時の皇帝次第でいくらでも増やせてしまうのが実情だったりする。


「閣下。この者はハマネスク第八四代国王の血を引くベトナムスです」

「ベトナムスと申します」


 膝を付き、俺に頭を下げる。そうしろと言われたのだろう、その所作はまったく堂に入っていない。


「余はフォンケルメ帝国親王、ゼノキア・アーデン・フォンステルトである。この度、反乱軍の鎮圧のためにハマネスクへやってきた」


 そんなこと言われても、なんと返事をすればいいか分からないだろうな。


「単刀直入に申す。その方にハマネスクの国王を引き受けてもらう」

「おいら……私に務まるでしょうか……?」


 困惑しているのが分かる。それに、まったく覇気がない。

 こういった者は、何不自由なく暮らせれば従順にこちらに従ってくれる。バクダッシュめ、よい人材を探してくれたものだ。


「安心しろ。お前はお飾りだ。ただ座っているだけで、何もしなくていい。それだけで良い服を着て、美味しい料理が食べられ、多くの美女を侍らすことができるのだ。悪い話ではないだろ」


 遠回しに言っても彼には伝わらないだろう。だから単刀直入に告げる。それに帝国に従っていれば、長生きができると教えてやると、少し顔の血色がよくなったようだ。


 日々の食事に困ることがないし、美女も抱ける。冴えない四〇男には魅力的な話だ。あとは、大きな野望を持たないように、自分の立ち位置をしっかりと教え込めばいい。


「これは決定事項だ。お前に拒否権はない」

「分かりました」


 これまでの貧しい暮らしから脱却できるのだ、多少は堅苦しいこともあるが我慢してもらうしかない。

 これでハマネスクの象徴を擁立できて、何よりも紐付きではないのがいい。


「戴冠式は一カ月後だ。それまではしっかり食べて、国王として最低限の教育を受けてもらう。いいな」

「はい」


 ベトナムスにも言いたいことはあるだろう。国王になどなりたくはなかったかもしれない。だが、それを言ったとしても彼が国王になることは決定事項だ。

 帝国の直轄地にすることも考えたが、ハマネスクの民は王家に親しみを持っているため、簡単ではないと判断した。

 俺が反乱軍を簡単に鎮圧できたのは、反乱の首謀者たちが愚かにも国王を処刑したからだ。それによって反乱軍は民の信任を得られず、逆に反感を買った。

 それほど国王というのはハマネスクの民に親しみがある存在だったということだ。


「アインファッツ子爵には、ベトナムスの教育を任せる」

「承知しました」


 ベトナムスが下がった後、アインファッツ子爵に教育係を任せた。彼にはハマネスク全体を監視する駐ハマネスク監督官の職を与える。

 駐ハマネスク監督官は総督に次ぐ役職で、ハマネスク総督府の幹部だ。

 彼の父親は公金横領の罪で失職しているので、帝国本土よりもここでしばらく実績を積んでもらったほうがいいだろう。その後、俺の元に呼び戻そうと思う。


「戴冠式を見届けて余は帝都に帰る。アインファッツ子爵はその後もここに残ってもらい、ハマネスクの運営を行ってもらう。駐ハマネスク監督官であるが、総督代理だと思ってくれ」

「身に余る光栄に存じます」


 父親のことがあったため、彼は役職どころか省庁で働くことができなかった。それがいきなり総督代理と言われて驚いているようだ。


「帝国に叛意を抱かせないように、しっかりとベトナムスを教育してくれ。頼んだぞ」

「全身全霊を以て対処いたしまする」


 ハマネスクのことは監視体制を強化し、細かいことは俺が帝都に帰ってから赴任する総督に任せればいい。もっとも、その総督がアインファッツ子爵になる可能性は大いにある。


 



----------------------------------------------------------------------------

『皇子転生』は『小説家になろう』さんでも掲載しております。

この度、第2回集英社WEB小説大賞を受賞させていただく運びになりました。

----------------------------------------------------------------------------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る