071_ドルドバンダ要塞(二)

 ■■■■■■■■■■

 071_ドルドバンダ要塞(二)

 ■■■■■■■■■■



 ドルドバンダ要塞の周囲に、一〇〇メルごとに一五名の兵士を配置し監視させた。

 ハマネスク兵がドルドバンダ要塞を出てくるには、崖を下りるしかない。ゆえに、一〇〇メルごとに兵士を配置して、下りて来る奴を監視する。

 この監視はベルバッファ男爵にまかせ、アインファッツ子爵に七〇〇名の兵を与えて予備戦力とした。

 俺は一〇〇〇名を率いてジザーズ地方を回り、町や村を支配下に置いていく。

 もちろん、バードン伯爵は俺についてこさせた。こいつをドルドバンダ要塞のほうに置いておくと、バカをやりかねないからな。


 町や村には、抵抗しなければ何もしないし、罪に問わないと言ったら大人しく従った。

 戦いを望んでいるやつは、ごく少数だ。ほとんどのハマネスク人は戦いなんてしたくないから、帝国が無茶をしなければ反抗することはない。


 一カ月ほどかけてジザーズ地方を回った俺は、ドルドバンダ要塞に戻った。

 そこに、アルバルト中将とピサロ提督がジャバラヌを落としたと報告を受けた。現在はピサロ提督がジャバラヌに留まり、アルバルト中将が東部の反乱勢力の鎮圧に向かっている。

 順調に反乱勢力を駆逐しつつある。あと二、三カ月もすれば鎮圧も終わるだろう。


 俺のほうはと言うと、ドルドバンダ要塞に立てこもっている兵士たちが何度か縄を伝って下りてきたが、その都度火魔法や風魔法で縄を焼いたり切っていたら、ここ数日はなんの動きもない。縄は有限なので、もう在庫がないのかもしれないな。

 さらに、食料が尽きかけているようで、落下してきた敵兵の死体を改めるとかなり痩せ細っていた。


「そろそろ攻め時だな」


 俺のその言葉にいち早く反応したのは、バードン伯爵だった。


「是非、某に先陣を!」


 先陣も何も、敵に抵抗する力は残っていないだろう。

 まあいい。こいつに褒美を与えるためにも、ここで先陣を任せてやろう。あくまでも働きに合った褒美だ。多くを与える気はない。

 これでも俺に従い、ついて来たのだ。無能でもそういった者を無下に扱うと、今後俺に従う者が居なくなってしまう。


「バードン伯爵には、兵三〇〇を与える。敵を駆逐してこい」

「はっ!」

「アインファッツ子爵にも兵三〇〇を与える。バードン伯爵の後詰をするように」


 あの細い階段では、後詰の意味はないかもしれない。おそらくないだろう。

 だが、バードン伯爵が攻めあぐねて後退すると、アインファッツ子爵が後詰として手柄を立てるかもしれない。アインファッツ子爵が漁夫の利を得るとバードン伯爵が考えれば、意外な破壊力を出すかもしれない。そんな小さな可能性にかけてみるのも面白いかもしれない。


「承知いたしました」


 土属性の魔法で破壊した階段を再建し、バードン伯爵が兵を率いて上っていく。階段が狭いので大軍を上らせるのは難しい。

 バードン部隊が階段を上り始めてしばらくすると、ドルドバンダ要塞の守備兵が石を落としてきた。

 バードン伯爵が大声を張り上げて、進めと命じているのが聞こえてきた。まあ、声を張り上げるだけなら、誰でもできる。

 落石は散発的で、そこまで脅威ではない。守備兵で動ける者が、あまり多くない証拠だ。


「ベルバッファ男爵。ここまで順調だが、このままいくと思うか?」

「敵はかなり疲弊し、動ける兵は多くありません。しかし、窮鼠猫を嚙むという諺もありますれば、油断できません」


 どっちつかずの答えだな。

 失敗すると言うとバードン伯爵に睨まれ、成功すると言うにはバードン伯爵の統率力に疑問が残るといったところか。


「余の後見がほしければ、無駄な気遣いをするな。その気遣いが味方を殺すのだ。分かったか」

「は、はい。承知いたしました」


 ベルバッファ男爵は床几から立ち上がると、地面に片膝をつき頭を下げた。


「それを踏まえて、もう一度聞く。このままいくと思うか?」

「さればでございます」


 膝をついたまま顔を上げて俺を見る。


「あの細い階段では、守るにやすく攻めるに難いと存じます」

「それで?」

「敵が疲弊しているとしても、簡単には崩せないと存じます」

「ベルバッファ男爵であれば、どうする?」

「抜け穴を開き、そこからも攻めまする」

「ならば、ベルバッファ男爵に兵三〇〇を与える。抜け穴から攻めかかれ」

「承知いたしました!」


 敵が階段に気を取られている間に抜け穴から攻めかかる。

 いい案だ。だが、敵は上から見ているはずで、抜け穴から兵が上ってくるのを待ち構えているだろう。


「さて、ベルバッファとバードン。どちらが、先に突破するかな。ソーサーはどっちだと思うか?」

「ベルバッファ男爵のほうが戦巧者にございますれば」

「サキノは?」

「言うまでもないでしょう。閣下もお人が悪い」

「そうか? フフフ」


 バードン伯爵はこれまでにいいところなしなので、ここで名誉を挽回したいだろう。だが、ただ突っ込むだけでは、なんの芸もない。

 圧倒的な突破力があればいいが、バードン伯爵にそれがあるとは思えない。そのためにアインファッツ子爵を後詰にしたが、残念ながら俺の賭けは負けのようだ。


 朝日が昇る頃から攻めかかり、昼になっても抵抗されている。

 なかなかしぶといと思っていたら、伝令がやってきた。


「ベルバッファ様の部隊が、敵の囲みを突破しましてございます」

「ご苦労」


 やっと状況が動いたか。敵も必死だ。いくら疲弊しているとは言え、細い攻め口なので攻めるのは簡単ではない。

 それから大して時間が経過せずに、ドルドバンダ要塞が陥落した。通路さえ抜けてしまえば、あとは腹を空かせて弱った兵しかいない。


 俺がその気になって魔法を使っていれば、一カ月もかからなかっただろう。しかし、こういったことは部下にやらせて、手柄を立てさせてやることが必要だ。

 もっとも、そういった機会を与えても、期待に応えない奴もいるが。

 それはそれで、適当な理由をつけてマイナスにならないようにしてやるつもりだが、それにも限度がある。


「さて、敵の将兵を見にいくか」


 なんとも間抜けな話だが、反乱軍は援軍があると思っていたんだろうな。上陸されている以上、そんなものは期待できないというのに。

 ドルドバンダ要塞に立てこもった兵数は三〇〇〇。対してこっちは二〇〇〇。最初に地の利を生かして奇襲や包囲殲滅戦を仕かければ、少しは勝つ可能性があったものを敵将は一番愚策を選択した。

 援軍のない籠城は食料と飲み水をどれだけ用意できるか、あとは糞尿の処理がしっかりできるかでこもっている期間が決まる。

 食料は腐りにくい干し肉などを用意すればいいが、飲み水は汲んでおいたものではいずれ腐る。さらに糞尿も処理を誤ると疫病の発生を促す要因になる。

 まあ、水は水属性の使い手がいればなんとかなるし、糞尿も土属性の使い手が地面に埋めればいい。食料さえあれば、なんとかなる。敵将はそう考えたのだろう。

 その食料も、地元の協力者から得るつもりだったのだろう。隠し通路(トンネル)から補給する予定だったはずだったが、俺たちがそれを潰してしまった。

 あとは補給もないまま時間だけが過ぎて、食料が尽きてしまった。


「こいつが反乱軍の将か?」


 痩せこけた頬、目だけが浮き出たような顔。籠城の険しさと愚かさを物語っている姿の敵将は、喋る気力も尽きたように項垂れている。


「左様にございます。閣下」


 ベルバッファ男爵が膝をつきながら答えた。その顔には敵兵の返り血が付着していて、男爵自身も激しく戦ったことを物語っている。


「名はなんと申すのだ」

「………」


 敵将はわずかに視線を俺に向けただけで何も喋らない。


「貴様、大将軍閣下にお答えせぬか!」


 バードン伯爵がいきり立ったが、それを手で制す。


「精も根もつき果てたのであろう。飯を食わせてやれ」

「閣下。このような者に、食事を与える必要はございませぬ」

「腹が膨れたら喋る気になるかもしれないぞ。それで喋らなければ、余が調合した新薬の実験に使ってやろう。ハハハ」


 バードン伯爵の言葉に、冗談で応えたら皆に引かれた。冗談だからな。でも、多くの人体実験の被検体が手に入った。これだけ居ると色々と試せると思ってしまう。



----------------------------------------------------------------------------

『皇子転生』は『小説家になろう』さんでも掲載しております。

この度、第2回集英社WEB小説大賞を受賞させていただく運びになりました。

----------------------------------------------------------------------------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る