070_ドルドバンダ要塞(一)
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070_ドルドバンダ要塞(一)
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ハマネスクはかなり大きな島国で、帝国の総督府は元ハマネスク王国の首都にある。今では首都ではないが、昔ながらのジャバラヌという名の都市で、ジャバラヌ港を有している場所だ。
アルバルト中将は陸軍を率いて、海岸線をジャバラヌへ進軍している。
俺はアーデン騎士団と私兵を率いて、やや内陸側を南下している。
アルバルト中将と別行動にしたのは、ジャバラヌだけが重要拠点ではないからだ。
このハマネスクにとって、元首都よりもよほど重要な場所がある。それは、香辛料を栽培している地域だ。
帝国本土に比べれば狭いと言っても、ハマネスクも十分に広い。当然ながら香辛料を生産できる場所と、そうでない場所があるのだ。
俺は香辛料を生産している地域へと進軍しているわけだ。
海からはピサロ提督の海軍がジャバラヌ港に侵攻しているので、ジャバラヌに関しては俺が居なくても落とせるだろう。
そもそも、反乱軍の規模を考えれば、とっくの昔に落とせていて当然なのだ。皇太子が作戦を無茶苦茶にしなければ、とっくに平定されているべきことなのだ。
それなのに、無駄に手間取っているから、ファイマンにまで反乱が飛び火してしまった。
まあ、ハマネスクを押さえてしまえば、ファイマンに関してはそこまで大事にはならないと思う。
ファイマンのほうは、現地の総督ががんばっているらしいので、援軍を速やかに送れば鎮圧されるだろう。
ハマネスク中西部ジザーズ地方。
細長い木々が整然と並んでいる。あれが香辛料―――胡椒の木だ。
前世でも胡椒の木は見たことあるが、あの頃よりもかなり大規模な生産が行われているようだ。
この胡椒を帝国本土に持ち込むと、金と同じ重量で取り引きされる。非常に高価な香辛料である。
「余は乱暴狼藉を許さない。そのこと、しかと申しつけるぞ」
「「「はっ!」」」
メルト港で乱暴狼藉を働いた二名を公開処刑したが、私兵を率いている貴族たちに今一度徹底する。
武装した者を殺せば褒め、武装してない者を殺せば処罰する。当然のことだ。
ただし、乱戦の中ではそういったことを見極めるのは難しい。だから、どうしてもグレーゾーンがあるのは、否定できない。
そう思った俺は、乱戦にならずグレーゾーンがなければいいと思ったわけだ。
「あれが、ドルドバンダ要塞か」
切り立った崖の上に築かれた石の要塞。見上げていると、首が疲れる。
ドルドバンダ要塞には、三〇〇〇名近い兵士が立てこもっているそうだ。
「しかし、こっちは二〇〇〇名ほどなのに、まさか立てこもるとは思ってもいなかったな」
「左様で」
俺の言葉に頷いたのはまだ四〇前後の年齢なのに、細かいシワが特徴のセルファト・ベルバッファ男爵だ。
元資産省の役人だったが、横領の罪で罷免された過去を持つことから、苦労しているのかもしれない。本人は冤罪だと言っているが、それは本当のことだと思う。嘘には反応していないからな。
ベルバッファ男爵は出兵の資金を借金で賄っていることから、このハマネスクで戦功を立てなければ男爵株を売る羽目になるだろう。逆に戦功を立てれば、一気に浮き上がることもできる。まあ、博打だな。
男爵株というものがあるわけではない。男爵という地位は、皇帝が与える貴族籍だ。売買できるものではない。
というのが表向きの名目。実際は金を貸した奴、借金を肩代わりした奴などの関係者を養子にして、適当な時期に嫡子として国に届けて当主が隠居する。そうすれば、男爵株を他人に与えることができるわけだ。
男爵程度ならそれほど問題にならない。これが子爵や伯爵のように地位が上がると簡単にはいかない。
養子を迎えるにしても地位が高いと国によって血縁関係が調べられるし、嫡子ともなれば間違いなくチェックされる。男爵という下位の貴族だから、できる裏取引ってわけだ。
「ドルドバンダ要塞への登り口は一カ所と、地元の者が申しておりました」
ソーサーがそう報告するが、その顔は納得していないんだろ?
そもそも、一〇〇や二〇〇ならともかく、三〇〇〇もの兵士が細い昇り口一本だけでこの断崖絶壁を上り下りするのはおかしな話だ。
そんなことは話を聞いた瞬間に思ったぞ。
「閣下。直ちに攻撃をいたしましょう。見掛け倒しのドルドバンダ要塞など、すぐに落としてみせますぞ!」
おいおい、こいつは何も考えないのか? その白髪混じりの頭はなんのためについている? まさか、中身がないのか?
そんな発言をしたのは、アッサム・バードン伯爵。
盗賊退治で自分の無能さを目の当たりにしたはずなのだが、懲りてないようだ。
「ふむ、バードン伯爵には、その登り口を押さえてもらおう。攻める必要はない。敵を逃がさなければいい」
お前は登り口の監視だけしていろ。まあ、こういう奴は勝手に登り口から攻め込んで負けてくると思うけどな。
あえて言わないが、俺の命令を無視して攻め込んだ挙句、負けて帰ってきたとなればタダではすまんぞ。命令を無視した奴がどうなったか、お前も見ていたはずだからな。
「承知いたしました! このアッサム・バードンが登り口を押さえて、敵を一兵たりとも逃がしはしません」
まあ、がんばれ。
簡単な打ち合わせを終え、俺はサキノとシーサー、キャメル・アインファッツ子爵を連れて、ドルドバンダ要塞の周囲を一周してみた。
それで周囲は一〇〇〇メルほどの単独の山なのが分かった。こっちは山を見上げてドルドバンダ要塞の中は分からないが、向こうは俺たちを見下ろしてさぞ気分がいいことだろう。
「アインファッツ子爵。どう思う」
ずいぶんと抽象的な質問だと自分でも思う。
「どこかに抜け道があると思うのですが、周囲を見渡した限りは発見できませんでした」
父親が公金横領の罪で失職したアインファッツ子爵は、三〇ほどの色男。盗賊退治の時の働きが良かったので連れてきた。
「ソーサーはどうか?」
「どこかに抜け穴があるのだと思うのですが、発見には少し時間を要しましょう」
抜け道と抜け穴。まあ、二人の予想は当たっているが、少し詰めが甘い。
「サキノは分かるか?」
「仮に道なり穴なりがあるとして、大人数が動けば必ずその跡が残るものです」
「で、何か掴んだのか?」
「おそらくは」
サキノが俺たちを連れて行った場所には、何もない。
まあ、ぼーっと見ているのでは、何かあっても見えないものだ。
「アインファッツ子爵。分かるか?」
「……っ!? まさか!」
アインファッツ子爵もそうだが、ソーサーも気づいたようだ。
そう、ここにはドルドバンダ要塞の抜け穴がある。ただし、巧妙に隠されているため、簡単には分からないだろう。
この周辺は奇麗すぎるのだ。
大量の人がいるということは、それだけの食料が必要になる。その食料は荷車などで運び込まれ、そのためにそれなりの人員が出入りすることになる。
人が出入りすれば、足跡や轍が残る。ドルドバンダ要塞周辺を確認したところ、そういった跡が残っている場所がいくつもあったが、この場所はまったく形跡がない。それは、逆に違和感となり、注視するきっかけとなるのだ。
アインファッツ子爵とソーサーはそういったことをここで学び、今後に生かしてくれると信じよう。
「魔法だ。土魔法で周辺を隠蔽し、穴を塞いでいるのだ」
これだけ奇麗に隠蔽するのだから、その魔法士はかなりの練度だろう。ただ、この周辺だけを奇麗にしすぎて、逆に抜け穴を発見されるミスを犯した。
「兵力があれば、登り口を攻めつつここから攻めるのですが……」
アインファッツ子爵が言うように、兵力があれば二カ所から攻めるのもいいだろう。
「アインファッツ子爵。発想を逆転させろ」
「発想を逆転……でございますか?」
「そうだ。この場所を見つけたのも、発想の逆転ゆえだ」
「たしかに……そうかっ! 閣下の深きお考え、このキャメル・アインファッツ、目から鱗が落ちる思いでございます」
攻めるのではなく、攻めない。そう考えれば、やることは簡単だ。
「下がっていろ」
俺は詠唱せずに魔法を発動させた。
土属性の上級魔法―――アースウォール。
ゴゴゴッと地面がそそり立っていく。厚みも十分だ。
「おおおっ! これほどの魔法を詠唱もなく発動させるとは、さすがは閣下にございます!」
隠蔽している抜け穴ごと塞いでやった。
穴の中も数十メルは埋めてやったので、土魔法士が居ても数日は出てこれないだろう。
「それでは、登り口も潰しにいこうか」
「「「はっ!」」」
その後、バードン伯爵が守っていた登り口も潰して、ドルドバンダ要塞を孤立させた。
ドルドバンダ要塞に立てこもっている奴らは、外界と接触が遮断されたことで、今ある食料だけで生きなければならない。どれほどの食料を持ち込んだかは知らないが、好きなだけ立てこもっていればいい。
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『皇子転生』は『小説家になろう』さんでも掲載しております。
この度、第2回集英社WEB小説大賞を受賞させていただく運びになりました。
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