069_ケジメ

 


 気配を感じた。この感覚はこの世界に生まれた直後に感じたものと同質の嫌なものだ。

 ズバッ。鋭い風切り音の後に、ボトリッと何かが床に落ちる音がし、ピシャッと液体がまき散らかされた。


「俺の寝所を狙うのは得策ではないぞ」


 俺の寝所の床が汚れたじゃないか。

 まるで熱湯のような血が飛び散り、俺にもかかった。まったく、何してくれるんだよ。

 ここはメルト港にある屋敷の中。俺の宿舎として接収した。

 ピサロ提督がハマネスク艦隊と戦っている間、メルト港でも上陸戦が行われていた。

 メルト港には船はなく、陸上戦力が守っていた。ピサロ提督が戦った艦隊にすべての船が持っていかれたそうだ。

 その船もあの戦いにおいて、半数は燃えてしまった。残った半数のさらに半数も海の藻屑になっている。

 無事だった船のほとんどは鹵獲しているし、ハマネスクにはもう船は残っていない。というわけでもなく、かき集めればまだあるだろう。そう考えて対応するべきだ。


 さて、片腕を失った黒ずくめの男、多分、男は鋭い視線で俺を睨みつけている。

 しかし、アーデン騎士団によってこの寝所は警備されているのに、よく俺のところまで辿り着いたな。騎士たちがサボっていたわけではないと思いたいし、何よりもこの刺客の協力者がいると思いたくない。


「しかし、サキノの気配を感じ取れなかったのは、二流の刺客の証だな」

「くっ」


 剣で刺客の腕を切り落としたのは、俺の護衛をしていたサキノだ。今も刺客の前で睨みを利かせている。

 ハマネスクが戦局を打開しようとすれば、暗殺が有効。それは俺も認めるが、俺にとって暗殺は日常。もちろん、暗殺される側(されるつもりは毛頭ない)として。だから、刺客を警戒するのは、当然のことだ。


「お前の依頼主は誰だ?」

「………」


 まあ、正直に喋るわけないよな。


「ショック」


 魔法陣が現れて瞬時に消失。同時に刺客が崩れ落ちるように地面に倒れた。

 これは雷属性の下級魔法。

 火、水、風、土、光、闇。これが基本六属性と言われる属性で、全属性と言うと、この六属性を指す。

 雷属性は全属性に含まれない特殊な属性で、重要書の中にこの魔導書が一冊だけあったので覚えておいたものだ。

 この魔法に攻撃力はない。ただし、雷属性なので、感電させて敵を無力化するには丁度いい。それに、下級魔法なので詠唱なく瞬時に発動できるところが大きな魅力だ。


「サキノ。口の中を改めろ。わざわざ来てくれた情報源だ、毒で死なれるのは惜しい」


 少なくとも情報を抜くまでは死んでもらっては困る。

 だから、サキノが口の中の毒や体中に仕込まれている暗器を確認した。

 なお、サキノに切り落とされた腕は、失血で死なれないように焼いて止血した。刺客が苦しもうが、俺の知ったことではない。


 場所を移して地下室。

 俺の寝所は血で酷い状態なので、清掃をしてもらっている。


「喋る気になったか?」


 猿ぐつわをしているので喋れないが、頷くことはできる。

 だが、刺客は無視を決め込んでいて、まったく喋る気はないようだ。

 まあいい。それならこっちにも考えがある。


「偉大なる闇の大神よ、我は魔を追い求める者なり、我は闇を求める者なり、我は闇を操る者なり、我が魔を捧げ奉る。我が求めるは偉大なる闇の大神の寵愛なり。我が前に顕現せよ、ファントムイリュージョン」


 これは闇属性の帝級魔法。以前も刺客に使ったことがある魔法だ。

 さて、この刺客の依頼主は誰か? 普通に考えればハマネスク側の誰かだが、そうとも言い切れないところが性質の悪いところだ。


「………」


 本当に性質が悪かった。まったく、こんな時まで俺を狙うか。いや、こんなときだからこそチャンスだと思ったのかもしれない。

 刺客の依頼主はハマネスクではなく、帝国側の誰か。刺客には依頼主の名は知らされていなかったが、仕事を命じたのは闇夜の月。

 このハマネスクに闇夜の月の拠点があるかは知らないが、この刺客は帝国本土から兵士に紛れてやってきたと言った。

 つまり、刺客の雇い主は帝国の誰か。その可能性が極めて高い。

 しかし、この闇夜の月はこれまでにも刺客を送ってきた。全部失敗に終わっているので、闇夜の月としても意地でも俺を殺そうと思っているようだ。


「闇夜の月の拠点を潰してやりたいところだが、今はハマネスクに注力する」

「残念ながら、今はそれがよろしいでしょう」


 刺客から帝国本土にある闇夜の月の拠点の情報を得たのだが、今の俺はハマネスクのメルト港にいる。

 アルバルト中将の上陸部隊は、多少の被害を出しながらもメルト港を占拠した。

 占拠後なので俺の宿舎はアーデン騎士団によって、かなり厳しい警備がされている。それを掻い潜ってここまできたこの刺客は、闇魔法の使い手だ。闇魔法で闇に紛れて俺の寝所に入り込んだようだ。

 なかなか面白い魔法の使い方だ。だが、その魔法はすでに俺の認識するところとなった。今後は使えないぞ。まあ、この刺客は生きて解放されることはないので、使えないと思うけどな。


「とりあえず、アーサーに手紙を書いておくか。闇夜の月の拠点を潰しておけとな」


 ハマネスクのことが片付いたら、闇夜の月を本格的に潰そう。

 いい加減ウザイし、やられっぱなしというのは、俺の性に合わない。


 日が昇り、メルト港の周辺の残党狩りが行われた。

 反乱と言っても、ハマネスク人の全員が帝国に反旗を翻したわけではない。だが、俺たち帝国の者から見れば、反乱軍もハマネスク人も同じに見えてしまう。

 だからと言って一緒くたにはできないのだが、兵士たちにそれを見分けろと言うのは酷な話だ。無用な殺生は避けるように命じているが、それができないのがこういった民族的な反乱の特徴だ。


 残党狩りを終え、上陸部隊を指揮しているアルバルト中将から報告を受ける。


「反乱軍の隠れ家を包囲殲滅したのはいい。村が非協力的で攻撃してきたから殲滅したのもいいだろう。だが、これはなんだ?」


 俺は机の上を指でトントンと叩きながら、報告書の一枚をアルバルト中将に突きつけた。


「申しわけございません。一部の者が乱暴狼藉に及んだのは、某の不徳の致すところにございます」


 アルバルト中将が言うように、一部の兵士が女性に乱暴して殺したとある。

 小隊規模でやったことで、部隊長を含めて全員がそれに関与している。 

 占領地下ではよくある話だが、それを俺が禁止していたところが問題なのだ。

 つまり、その兵士たちは俺の命令に従う気はないと、公言しているようなものである。


「アルバルト中将はその者たちをどう処分するのか」


 一応、アルバルト中将の指揮下にある陸軍の兵士なので、どうするか聞いてみた。


「はっ、本来であれば処刑するところではありますが、その者たちも反省しておりますれば、どうか寛大なる処分をと」


 俺とアルバルト中将の視線が交差する。俺は何も言わないが、アルバルト中将の額からは、大きな粒の汗がダラダラと落ちていく。

 そして、結局のところ、どういった処分にするか聞いていない。


「で、どういった処分にするのだ?」


 部下を厳罰に処すか、寛大な処分に留めるか。アルバルト中将の回答はいかに?

 俺は何も言わずにただ見つめるだけ。それがアルバルト中将にプレッシャーになっているかは、俺の与り知らぬこと。


「……部隊長と副部隊長の二名は処刑いたします」


 アルバルト中将は声を振り絞った。

 そんなに苦渋の決断なのかと思うだろう。そう、かなり苦汁の決断なのだ。

 なぜなら、部隊長は有力貴族、しかも軍閥の重鎮の血縁者だからだ。そいつを処刑するということは、軍閥の重鎮を敵に回す可能性がある。だから、アルバルト中将としても、できるだけ穏便に済ませたかったのだろう。


「関与した者は?」

「被害者の遺族に賠償を行わせ、不名誉除隊といたします」

「賠償ができない者はどうするのだ?」


 別にアルバルト中将を虐めているわけではない。

 軍人が上長の命令を聞かなくなったら、それは盗賊と同じだ。だから、アルバルト中将がどういった処分をするのか、俺は気になっただけである。


「賠償できない者は、奴隷として最前線へ送ることになります」


 覚悟を決めて処分する。それは上に立つ者の責務の一つだ。

 それがどんな実力者の血縁者でも、やったことへのケジメはつけるべきだろう。


「分かった。今の処分を余の名で出すがよい」


 そんなに意外そうな顔をするなよ。

 そもそも、この軍の最高司令官は俺だ。兵士を処刑するのに、他人任せにできるわけがない。

 それに処分した兵士たちの血縁者に恨まれたとしても、それはアルバルト中将ではなく、俺が引き受けるべきことである。


 

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