068_艦隊燃ゆ
追い風に乗って速度を上げるハマネスク艦隊に対して、こちらは向かい風で船速は上がらない。
素人考えだが、船速は問題ない。問題なのは矢の射程距離だ。ハマネスクのほうは、追い風なので矢の射程距離が延び、こっちは短くなる。
一方的に矢を射かけて離脱されたらシャレにならない。
ハマネスク艦隊との距離がどんどん近づいていく。
ピサロ提督をちらりと見るが、波で激しく揺れる船上で腕を組んで仁王立ちしている。どんな足腰してるんだよ。
ハマネスク艦隊が陣形を整えつつ距離を詰めてくる。
ピサロ提督が腕を上げた。こっちも迎え撃つ陣形を取るようだ。
「
ここにきてオールを下すのか。
船の中から野太い男たちの声が聞こえてきて、船速が上がった。
「魔法士は準備しろ!」
まだ魔法の距離まではそれなりにあるが、魔法士が甲板で準備を始めた。
「来るぞ!」
ハマネスク艦隊から矢が飛んできた。
「迎え撃て!」
魔法士たちが魔法を発動させる。
全て風属性の魔法で、それが矢を向かえ撃ったことで矢は海へと落ちた。
「なるほど、風魔法を防御に使うか」
防御に使うのは土魔法が多いが、海上では風魔法のほうが有効か。目から鱗だ。
「一気に突っ込め! 逃がすな!」
オールの回転が早まり、一気に速度が上がった。
矢は風魔法で撃ち落としている。
どうもハマネスク艦隊は急ごしらえのようで、矢の数はそれほど多くない。風上だと言うのに、艦隊の動きもぎこちなく見える。
こちらもそうだが、前回の戦いで熟練の水夫たちが戦死して、その補充が間に合ってないようだ。
こっちはオールを漕ぎ、船速を上げたことで一気に距離を詰める。
ハマネスク艦隊は船首を南に向け始めた。
「逃がすな! 一気に追い付け!」
南に船首を向けたことでやや船速が落ちたハマネスク艦隊に対して、気合でオールを漕ぐ帝国海軍。
先程も感じたが、ハマネスク艦隊の動きが悪い。それが戦局を左右したようだ。
「大将軍閣下。しっかりと掴まっていてください」
「了解だ」
何をする気かと思っていると、帝国艦隊は迷わずハマネスク艦隊の横っ腹に突っ込んでいく。
ここまで来たら俺でも分かる。これは船をぶつけるやつだ。
帝国の船には船首の下側に
「衝撃に備えろ!」
艦長が声を張り上げ、警戒を促す。
こうして見ていると、敵の船が迫ってきてかなりの迫力がある。
「閣下。しっかりと掴まってください」
「俺のことはいい。お前たちこそしっかりと掴まっていろよ、サキノ」
俺が座っている椅子は船に固定してあるので、ちょっとやそっとでは動かない。それに座っている俺は、両手でしっかりと椅子を掴んでいる。
ゴンッという音と共に衝撃があり、敵艦から悲鳴が聞こえてきた。
帝国の船は巨大なので、重量で敵艦のどてっ腹に大きな穴を開けた。
メキメキと木が割れる音が耳に響いてくる。
しかし、なかなかの衝撃だった。俺はともかく、吹き飛んだ水夫が何人かいたぞ。
「ロープをかけろ!」
水夫たちが敵艦にロープをかけて固定する。手際がいい。
もちろん、敵もただ見ているわけではない。刃が反った短い剣を抜いてロープを切ろうとしている。
「乗り込め!」
船首から敵艦へ乗り移っていく水夫たち。剣と剣が打ち合う音、切られた悲鳴、木と木がこすれあう音が戦いの激しさを物語る。
「大将軍閣下。ここは危険です。船の中に」
「余のことは構うな。ピサロ提督は指揮に集中しろ」
「……承知しました」
「提督。あちらを」
参謀のクラメルの視線の先では、ハマネスクの船に向かって火矢を射かけている敵の姿があった。
自分たちの仲間の船に火矢を射かけるなんて、仲間割れかと思ったが違った。あれは、味方の船に突っ込んだ帝国の船を火攻めするつもりなんだ。
よく見たら、敵の水夫の数が少ない。おそらく、最低限操船できる人員しか乗っていなかったのだろう。
それもこれも、全ては帝国の船を焼くためだ。
「なかなか面白いことを考えるな」
「閣下。笑いごとではありませんぞ」
「そうです。これでは味方の船が焼けてしまいますぞ」
サキノとソーサーが窘めてきたが、俺は笑ってないぞ。ん、顔がにやけていただと? おかしいな、そんなつもりはなかったのに。
ひゅんと矢が飛んできた。その矢は俺に刺さる軌道だ。
パスンッ。サキノが剣で矢を撃ち落とした。
「余を殺そうとは、敵もやるではないか」
「閣下のことですから、今の矢も気づいておられたと思いますが、気を緩めないようにお願い申しあげます」
「分かっている。気を緩めるつもりはない」
今の矢もサキノが落とさなかったら、手で掴もうと思っていたんだぞ。本当だからな。
「閣下、ご無事ですか!?」
「余のことは構わなくていいと言ったであろう。仮に余が死のうと、提督を罪に問うことはない。安心しろ」
俺の場合、やろうと思えば海の上を飛び越えて帝国に帰ることができるので、心配するな。
「それより、あれはどうするのだ?」
炎が立ち上る船のほうを顎でしゃくる。
「どうもしません。船が数隻燃えようとも、敵の殲滅を優先します」
目的を果たすためには、多少の被害には目をつむる。将としては一流だが、
などとほざいているが、俺に海戦の知識はない。
「なあ、提督」
「なんでございましょう」
指揮に集中しろとか言って、呼ぶんじゃないと思っているんだろうな。
「俺に少しだけ任せてみる気はないか?」
「閣下にですか? どのようなことでしょうか?」
「なぁに、俺にできることは魔法を使うくらいのことだ」
「……承知しました。お任せいたします」
ピサロ提督は瞬考し、頷いた。判断が速いことはいいことだ。
船は波で揺れ、立ち上がると体が振られる。ピサロ提督も他の海軍の奴らはよく、立っていられるな。
さて、味方の船を壊しては意味がない。なら、あの魔法だな。
「清浄なるなる風の大神よ、我は魔を追い求める者なり、我は風を求める者なり、我は風を操る者なり、我は風を内に秘めし者なり、我が魔を捧げ奉る。我が求めるは大空に羽ばたく大神の権化なり。我に力を与えたまえ。ウェザーブリーズ」
魔法陣が空中に浮き上がっていき、晴れ渡った空に吸い込まれていく。
向かい風がピタリと止むと、再び風が吹き始めた。
「なっ!?」
この風は俺の後方から拭いている。つまり、追い風。
この魔法は天候、特に風を操る伝説級魔法。俺の思い通りに風を吹かせることができる魔法だ。
「後ろから……閣下、これは!?」
「ピサロ提督。今の閣下は魔法をコントロールしておいでだ。それよりも、指揮はいいのか?」
「はっ!? こ、これにて失礼いたします」
サキノに言い含められたピサロ提督は、指揮に戻った。
「帆の向きを変えろ! 追い風だ、追い風がくるぞ!」
戦いと操船で水夫たちが慌ただしく動き回る。
急に風向きが変わったことで、火の上がった船の後方にいた船に火が移り始めた。後方にいるのは、もちろんハマネスクの船だ。
こんなことができるなら、最初からしろと思うだろう。俺もそう思う。だが、それをしてしまっては、ピサロ提督や海軍の力を知ることはできなかっただろう。
俺は神ではない。人の能力を見極めるには、その力を見なければならない。もちろん、報告書などからその能力を推しはかることはできるが、それでは分からないこともある。
今回、俺が手を出したのは、戦局が決まったと判断したからだ。
ピサロ提督は多少の被害は問題にしない。ボドロス准将が指揮する別働隊も、あと少しで合流する。そうなればハマネスク艦隊は袋のネズミ。この戦局が覆ることはないだろう。
ピサロ提督の力は分かった。最後まで見ていてもいいが、被害を増やす必要はない。
ハマネスクの船に火が移りやすいように風を操る。
奴らは逃げ出したが、その頃にはボドロス准将が迫っていて一気に畳みかけることになり、ハマネスク艦隊は燃えるか破壊されて壊滅したのだ。
「ハマネスク艦隊……燃ゆる」
クラメル准将がぽつりと呟いた言葉が、風に乗って俺の耳に聞こえてきた。詩人、いや、おセンチな奴だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます