067_上陸作戦と艦隊戦

 


 アルバルト将軍が指揮する上陸部隊の乗せた半個艦隊が、艦隊から離れて行く。

 メルト港のほうでも動きが活発化し、港に兵士たちがバリケードを設置していく。

 バリケードと言っても、拒馬きょばや土嚢を設置して、上陸した部隊の進行を妨げるのが目的だ。


 アルバルト将軍が率いる半個艦隊は、入江へ入っていき小舟を下ろした。

 狭い入り江が帝国海軍の船で埋め尽くされる光景は、なかなか壮観なものだ。


 メルト港から矢が射られ、小舟に乗り込んだ帝国兵を襲う。

 だが、上陸用の小舟には木の盾が配備されていて、矢は盾に阻まれる。兵士に被害なく港内へ進んでいく。


 次は火矢が飛んできて、小舟や盾に刺さった。事前に盾に海水をかけてあるため、火はそれほど怖くない。

 だが、時間がたてば海水が渇いて盾に火が移ってしまうので、時間との勝負だ。


 魔法も飛んでくるが、さすがに数が少ない。あれでは弾幕にもならないので、帝国軍はお構いなしに進む。


 上陸を阻もうとするハマネスク軍と、なんとしても上陸しようとする帝国海軍。お互いに命を賭けた攻防が繰り広げられ、上陸部隊も矢や魔法を射かける。


「上陸部隊のほうは、想定内だな」


 抵抗されるのは分かっていた。要は、上陸できればいい。上陸さえしてしまえば、アルバルト将軍の得意分野だ。


「左舷後方に艦影あり!」

「左舷後方に艦影あり!」


 マストの上で、周辺を警戒していた海兵が声を張り上げた。

 意外と早かったなと思い、そちらを見る。

 艦橋は看板よりも高い位置にあるため、水平線の上の黒い影が徐々に増えていくのが見えた。

 上陸作戦が始まって一時ひとときほどが経過した頃、やっとハマネスクの海軍が現れたのだ。


「よぉぉぉしっ、敵を迎え撃つぞ! 野郎ども、気合を入れろ!」


 ピサロ提督の怒鳴り声が耳に響いた。

 ピサロ提督のその声で、海兵たちの表情が明らかに変わった。

 俺の前では帝国海軍将帥としての顔を見せるピサロ提督だが、こういうところは海の男らしい。


「碇を上げろ!」


 今度はブラッケン艦長の野太い声が響いた。

 大きな操舵輪の前で仁王立ちするその後ろ姿は逞しく、これぞ艦長といった信頼感が感じられる。

 ブラッケン艦長の命令で、海兵たちが巻き上げ機を回して碇用の極太縄を巻き取っている。


「帆を上げろ!」


 碇が完全に巻き上げられると今度は、マストの上から海兵たちが飛び降りて、マストが広がった。

 パリマニスを出航する時は、普通に縄を引いていたのに、今回はなんとも豪快なマストの上げ方である。

 だが、時間を少しでも稼ぐための行動なのは、素人の俺にも分かる。


 帆が風を受けて膨らみ、船が動き出す。

 風は北西から吹いている。ハマネスク軍は西からこちらへ向かってきているため、風上に居る。

 海戦では風上のほうが有利だと言われている。この不利をどうやって覆すのか、ピサロ提督の腕の見せ所だ。


 波はそれほど高くない。船速が上がるにつれ、船の揺れは小さくなっていく感じがした。速度が乗って船が安定しているのかもしれないが、ブラッケン艦長の操舵術がなせる業かもしれない。

 戦闘態勢のまま、どんどんハマネスク軍との間合いが詰まっていく。

 数はおよそ三十隻。壊滅させてから間もないのに、ここまで数を揃えてきたことは褒めていいと思う。

 ただし、こっちは二個艦隊、数はおよそ百隻。風上からの攻撃だが、三倍の戦力とどのように戦うのか、見ものだ。


「ボドロスを北に向けろ」


 ボドロス海軍准将が指揮する艦隊を、北に向けるようにピサロ提督が命じると、海兵が手旗信号を送った。

 ボドロス准将の艦隊が艦列を北に向け、まるで海を切ったような波を立てて離れていく。


 北へ向かったボドロス准将の艦隊と、ピサロ提督が指揮する艦隊でハマネスク軍を挟撃するのが目的なのは、俺にも分かる。

 この動きはハマネスク軍側から見えているはずなので、敵さんがどう対処するか注視しよう。


 陸戦も海戦も位置取りは勝敗を決める重要なファクターだ。

 とくに海戦では、風上を取ることが大きな意味を持つ。

 矢を放っても、追い風に乗って飛距離と威力が増す風上と、逆風によって飛距離と威力が低下する風下。

 魔法はそこまで風向きを気にしないが、火魔法を使って船を焼いた場合、風上より風下のほうが危ない。

 火だるまになった船をこちらの艦隊に突っ込ませることで、こちらまで火に焼かれることになりかねない。

 密集して停泊している相手のほうがそういう作戦は大きな戦果を挙げられるので、今回は仮にその作戦を使われても大きな被害はないはずだが。


「艦長、取り舵一杯!」

「とーりかじー」


 ブラッケン艦長が操舵輪を思いっきり左に回した。カラカラと音を立てて、操舵輪が回転する。

 ここでさらに風下に艦隊を向けるのか? 俺には理解できなかった。


「面舵!」

「おもかーじ」


 む、今度は右に……。これで完全に向かい風になった。

 そのおかげで船速がガクンッと落ちた。

 俺の後ろでピサロ提督の指揮を見ているサキノに目をやり、この動きの意味を教えろと訴える。


「………」


 サキノは首を横に振った。ソーサーも同じだ。

 海戦の定番である風上を取るとは真逆の行動に、ピサロ提督の思惑が理解できない。

 不安が広がっていく。だが、海戦はピサロ提督に全て任せたのだ。ここで口出しはしない。腰を落ち着かせ、ことの成り行きを見守るとしよう。

 ピサロ提督は俺を見ることなく、敵を睨みつけている。

 その横には参謀のクラメル准将も居るが、彼もこちらを見ない。ただし、クラメル准将は忙しなく目と首を動かし、周辺の状況を確認している。



 ――― 位置取り(帝国海軍視点) ―――

 風向き : 北西

 ハマネスク軍 : 西(風上)から侵攻

 メルト港 : 東(上陸部隊(半個艦隊)が攻撃中)


 ――― 艦隊規模 ―――

 帝国海軍 : 二個半艦隊(百二十七隻、海兵一万、兵士三万) 半個艦隊はメルト港の上陸戦を実行中

 ハマネスク軍 : 三十隻(海兵およそ二千、兵士およそ四千)


 ――― 度量衡 ―――

(長さ)一ミメル = 一ミリメートル

(重さ)一トム = 一トン

(時間)一時 = 二時間


 

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