066_船出と時空属性
パリマニスから出港した船団は、二個半艦隊。
天気は快晴。俺たちの船出に花を添えているようだ。
この二個半艦隊は、そのままハイマンのメルト港を目指す。
艦橋で海風を浴びながら大海原を見つめる俺は、過去の海戦を思い起こしていた。
あの頃の海戦は、船同士が接触させて相手の船に乗り移った。あとは剣を使った戦い。今も戦い方は大きく変わらないが、魔法が戦術に組み込まれている。
船の上で剣を使うのは、陸地とは違う。波に揺らされた船の上では、歩くだけも大変なのに、剣で戦うのは本当に難しかった。ただ、慣れてしまえば、なんとかなるものだ。
今回の兵士たちには、とにかく船酔いしなければ良いという目標で鍛えた。そのため、船上での戦闘を想定していない。
もちろん、海軍に所属する海兵は、船上での戦いの訓練もされている。熟練とは言わないが、俺が連れてきた兵士よりは様になっているだろう。
それに、海兵の練度が低いのは、ハイマン側も同じだ。むしろ、艦隊が壊滅している分、ハイマン側のほうが練度が低いと思われる。
ただし、相手が弱いと思って戦うことはしない。それは油断につながり、皇太子のような無様な姿を曝すことになるだろう。
「大将軍閣下。風は順調です。このままいけば、予定通り三日後にメルト港を視界に収めるでしょう」
望遠鏡を懐にしまったピサロ提督が、俺の横にやってきた。
「海の天気は変わりやすいと聞く。余は海のことを知らぬから、そこら辺はピサロ提督に任せる」
「はっ」
俺が艦橋に居るとピサロ提督もやりにくいだろう。
船室に戻った俺は、しばらく何もすることがない。
だから、船室で魔法の研究だ。研究と言っても、ここは研究室ではないので、魔法陣の構築は終わっている。だから、実践するのみ。
魔法陣を描く。船が揺れるので、正確な魔法陣を描くのは難しい。
今回描こうと思っている魔法陣は、あの腕輪を調べて分かった時空属性だ。
腕輪の魔法陣の完全な再現はできていないが、魔法陣を描く。
ん、不完全な魔法陣では、危険だって? 誰が不完全だと言ったんだ? 俺は「腕輪の魔法陣の完全な再現はできていない」と言っただけだ。時空属性は再現できているんだよ。
「あれだけの容量を再現するのは、さすがに難しい。時空属性を使ってみてヒントを得るしか今のところ手がないんだよな」
これまで時空属性は誰も使ったことのない。帝城では宮廷魔導士長を始めとした宮廷魔導士たちが日夜時空属性を研究している。
いずれ宮廷魔導士の誰かが時空属性の魔法を再現するだろう。
だが、俺にも意地があった。これでも魔法の研究者として、それなりに帝国内に知られている。俺が最初に時空属性を再現したという栄誉を得たいと思ってしまう。
今まではどのような魔法を作ったとしても、ここまで思うことはなかった。なのに、時空属性は俺の興味を引き付けた。
「この魔法陣でいい。容量は少ないが、収納量を増やす魔法陣になっている」
布製の肩掛けカバンを裏返しにして、その内側に極魔インクで魔法陣を描く。
すぐにインクは渇くので、魔力を流しながら数打ちの剣を入れる。
すーーーっと剣がカバンの中に入っていく。
剣の長さは柄を入れると一千ミメル程度。それが四百ミメル程度のカバンに全部収まる。
「成功だ。あの腕輪ほどの容量はないが、今の剣であれば、二十本は入る」
しばらく待って、剣を出してみる。この時も魔法陣に魔力を流しながらでないと取り出せない。
何度も入れたり出したりする。この時に何か気づけるかもしれないと、意識を集中していたせいか、気付いたら夕方近かった。
「もうこんな時間か。しかし、今回の結果は満足いくものだ。第一歩だな」
こんな遠征さえなければ、もっと早くに再現できたかもしれない。
だが、馬に乗ってパリマニスに向かっている時に、ぱっと閃いた。もしかしたら、遠征したことで閃きが湧いたのかもしれない。
多角的にアプローチできる考え方。それを得るために気分を変えることも、魔法開発には必要なんだと思った。
一日目の航海は順調、二日目も何事もなく終了した。
おかげで時空属性について、新しいアプローチを思いついた。これは、遠征が落ち着いてからでないと、実験できないので保留だ。
三日目。予定では今日の昼くらいには、メルト港が見えてくるはず。
「哨戒、怠るなよ!」
「はい!」
旗艦ロズダ・ベルドの艦長、ルーム・ブラッケン大佐が声を張り上げる。
海の男らしい屈強な体をしている艦長は、たたき上げの平民大佐。
年齢は五十二だったので、出世としてはぼちぼちだろう。ただし、ピサロ艦隊の旗艦の艦長を任されているということは、かなりできる男なんだろう。
フォンケルメ帝国の戦艦は、三十年ほど前からこのサミエル級が主力になっている。
全長は八十二メル、全幅二十二メル、排水量は二千二百トム。
三十年たった今でも、これだけの戦艦を擁している国はないと聞いている。
船が大きいということは、小回りが利かなかったり、それなりの深さが必要になる。
それを補うのが、サミュエル級より小型のペールサージ級駆逐艦。他の国なら戦艦と言われる規模の船だ。
今回、俺が指揮する二個半艦隊に配備された船は、このペールサージ級がほとんど。サミュエル級ではなく、ペールサージ級を用意したのは、船速を優先したからだ。
だから帝国の二個艦隊としては、規模が小さくなっている。それでも俺は構わないと思った。
「大将軍閣下。メルト港が見えてきました」
「周囲に艦影はあるか?」
「今はございません」
メルト港は帝国とハマネスクを繋ぐ海路の玄関口。
ここを抑えることで、後顧の憂いなく総督府のあるジャバラヌ港を目指せるようになる。
おそらく、こちらの艦隊を見た者が、総督府を占領している者たちに俺が来たことを伝えるだろう。
「敵の艦影がないのであれば、上陸する。上陸部隊の指揮はアルバルト将軍、艦隊の指揮はピサロ提督だ」
「大将軍閣下。まずは半個艦隊をメルト港に入れて、部隊を上陸させます」
「アルバルト将軍に任せる」
「はっ」
アルバルト将軍が上陸部隊を指揮するため、別の船に飛び移った。
「二個艦隊はこのまま敵艦隊を警戒し、上陸部隊を援護いたします」
「それでいい。任せたぞ、ピサロ提督」
「はっ」
慌ただしくなった。海兵たちが甲板の上を走り回り、ピリピリとした殺気のようなものを感じる。
緊張感があるこういう場所は、やっぱり落ち着く。帝城で政治をするより、よっぽど俺の性に合っている。この性格のせいで前世は爆死したんだが、やっぱり俺の本質は将軍なんだと思った。
――― 度量衡 ―――
(長さ)一ミメル = 一ミリメートル
(重さ)一トム = 一トン
(時間)一時 = 二時間
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