073_帰還

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 073_帰還

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 ハマネスクの反乱を鎮圧して一カ月半。ベトナムスの戴冠式も半月前に終わった。

 国王の仕事は主に祭事を司ること。一二〇〇年の歴史を誇る王家なので、政治的なものはなくても祭事は多い。


「ベトナムス一世殿は何事もアインファッツ子爵に相談されよ。そうすれば、悪いようにはならぬ」

「承知いたしました、ゼノキア殿下」


 言葉遣いにはまだ粗がある。だが、アインファッツ子爵はよくここまでベトナムスを教育した。


「アインファッツ子爵よ。お前の功績はしっかりと評価するように上申する。今後ともしっかりと働くがよい」

「はっ」


 船に乗り込む前に残る者たちに声をかける。特にアインファッツ子爵は味方が少ないこの土地で孤軍奮闘しなければならない。


「自分の仕事を弁え、何があっても決して腐るでないぞ」

「某のような者を気にかけてくださり、感謝の言葉もありません」


 アインファッツ子爵は生真面目な男だ。さらに、父親のことがあったからなのか、不正を嫌う。

 やや頭が固いところもあるが、融通がきかないわけではない。ハマネスク王家を補助する者はこのくらいでいい。


「ベルバッファ男爵も子爵を助け、しっかりと働くのだ」

「全身全霊を以て、働きまする」


 ベルバッファ男爵には管理官としてアインファッツ子爵の補佐を命じた。また、軍権も与えているので、治安維持は彼の仕事になる。

 政治的なことはアインファッツ子爵、軍事はベルバッファ男爵で対処してくれる。

 二人はすでに俺の麾下として、メダルを渡してある。あとは、褒美を与えて、帝都に戻す時期をどうするかだけだ。

 ジャバラヌがどんどん遠くなっていく。ベトナムスとアインファッツ子爵、ベルバッファ男爵の姿が小さくなって見えなくなた。

 三時ほどでメルト港が見えてきた。今日はメルト港の宿舎に泊まって明朝に出航してパリマニスへ向かう。

 数日後、何ごともなくパリマスに到着した俺を、フォームズ軍務大臣が待っていた。


「閣下。お疲れ様にございました」

「軍務大臣がわざわざ出迎えというわけではないのだろ?」


 いくら勝って帰ってきたとはいえ、軍務大臣が帝都を離れて出迎えするなどあり得ない。


「さすがにございます、閣下。某がパリマニスに居るのは、ファイマンの件にございます」

「なるほど、ファイマンへ鎮圧軍を送る陣頭指揮ということか」

「左様にございます」


 ファイマンはハマネスクのさらに向こうにある土地だ。そこでも反乱が起きているので、軍務大臣がわざわざパリマニスへ出張ってきているわけだ。

 最初から軍務大臣が陣頭指揮を執っていれば皇太子も怪我をしなかったし、死ななくてよい帝国兵も多かっただろう。

 だが、それでは次期皇帝である皇太子の力量を見ることができなかった。まあ、皇太子は見事に自爆したのだが……。


 また、ファイマンとハマネスクでは戦略的の意味合いが違う。ハマネスクは島国でどうしても海戦がメインになるが、ファイマンは陸上戦がメインになる。

 しかも、ハマネスクを抑えてないとファイマンへの補給が不安になる。何をおいてもハマネスクは抑えておかなければならないのである。


「さて、閣下」


 軍務大臣が表情を引き締めた。何か大事な話があるのだろう。


「どうした?」

「ボトム・クイサスの件にございます」

「ボトム・クイサス? ……ああ、サンジェルムの代官だった者か」

「はい。その者にございます。クイサスは閣下の殺害未遂の罪により処刑が確定しました」


 俺を殺そうとしたのだから当然だろう。ただ、問題はそこではない。


「セルトミノ様にお咎めはありません」


 セルトミノは第七皇子。第七皇子派の代官が俺を殺そうとしただけで、セルトミノは関与していないという判断のようだ。


「その代わり、閣下には伯爵位と二つの子爵位を与えると陛下が仰せにございます」


 そういうことか。第七皇子を見逃す代わりに、俺に複数の爵位を与えるから我慢しろと言っているのだ。

 皇帝の判断であれば、それを覆すことはできない。受け入れるしかないのだ。


「また、閣下一代に限ってではありますが、ハマネスクの香辛料の権利の二割を、反乱軍の鎮圧の褒美としてお与えになるとのことにございます」

「ほう、大盤振る舞いだな」


 伯爵位よりも香辛料の権利のほうがはるかに金になる。

 すでに俺は伯爵位を持っているので、爵位と合わせて香辛料の権利を与えないと納得しないとでも思ったのだろう。


「それと、サンジェルムの代官ですが、閣下の推しておりましたアージャン上級官吏を官吏長に昇進させて、正式に代官に任命しております」


 軍務大臣はそこでにやりと笑みを漏らし、言葉を続けた。

 まるでここからが本題とばかりの笑みだ。


「さらに、ウルティアム伯爵の閣下への献身に報いるために、侯爵への陞爵と領地を用意されております」


 俺には爵位と香辛料の権利を与えるし、上申したことを飲む。さらに外祖父を侯爵に陞爵させて領地まで与える。だから第七皇子を見逃せか。

 ここまで外堀を埋められては、何も言えないな。もっとも、皇帝相手に文句など言えないのだが。


「陛下のお言葉であれば是非もない。余に否はない」

「そのお言葉を聞けまして、安堵いたしました」


 パリマスでは皇帝が派遣した軍務大臣に機先を制されてしまった。

 だが、祖父も念願の領地持ち貴族になれるし、俺のメリットは大きい。

 俺にこんなに譲歩したのは、皇帝としても得るものが多かったのだろう。


「それで、何家を潰したのだ?」


 第七皇子は無関係だと言えても、代官のクイサスには血縁者がいるだろう。その血縁者は七親等まで連座となる。


「侯爵が一家、伯爵が三家、子爵が五家、男爵が二家にございます。男爵家以外の侯爵一家と伯爵三家、子爵五家は全て領地持ちにございます」


 ほう、侯爵も居たか。それで、祖父に侯爵と領地を与える原資ができたわけだ。他の伯爵三家と子爵五家分の領地が国の直轄地になるのだから、俺に爵位や香辛料の権利を与えてもわずかな赤字程度で済むという計算なんだろう。

 それに、迷宮から持ち帰ったあの金があれば、その程度の赤字を補填して余りあるからな。


 パリマニスで一泊して帝都へ向けて進む途中、件のサンジェルムに到着した。


「ハマネスクの反乱鎮圧、お慶び申しあげます。閣下」

「アージャンか。正式に代官になったと聞いたぞ」

「これも閣下が推薦してくださったおかげにございます。このご恩は生涯忘れません」

「これからもしっかりと職務を果たせよ」

「はっ」


 アージャン代官も俺の家臣になりたいと申し入れてきた。こういう奴は堅実で、実務を任せるには持ってこいの人材だから受け入れることにした。


 サンジェルムを出て、さらに数日でやっと帝都に入った。

 民たちから熱烈な歓迎を受け、まるでパレードのように大通りを進む。

 大広間で解散式を行い、城に入る頃には日が暮れる手前だった。屋敷に入った時には日も暮れていたが、皆が出迎えてくれた。


「お帰り」

「やあ、メイゾン。俺が居ない間、変わったことはなかったか?」

「何もない。でも、ゼノキアが居ないと寂しい」

「しばらくは遠出はないだろうから、屋敷で大人しく薬と魔法の研究をするよ」

「嬉しい」


 メイゾンから喜びの感情が流れ込んできた。姿を消してもその感情は残っていて、屋敷中が明るく感じる。


「殿下。法務大臣様がお見えになりました。いかがいたしますか」


 部屋で着替えをしていたらエッダがやってきて、法務大臣の来訪を告げた。なんともタイミングの良いことだ。

 疲れてはいるが、わざわざ訪問してくれた者を追い返すのは忍びないので、執務室に通すように指示する。


「不意の訪問にもかかわらず、面会をお許しくださり感謝します。ゼノキア閣下。また、ご無事のお戻りを心よりお慶び申しあげます」

「こんな時間にどうした。まさか法務大臣を罷免されたのか?」

「ハハハ。まだ法務大臣にございますよ、閣下」

「ということは、あの件か?」

「はい。あの件にございます」

「聞こう」


 法務大臣にはベルバッファ男爵の過去について調べてもらっていた。

 資産省の役人で直轄地の代官を歴任していたベルバッファ男爵は、四年前に冤罪で罷免された経緯がある。

 これはベルバッファ男爵本人の言い分だが、それに嘘はない。俺自身が信用できると感じたし、魔法でも嘘はなかったので間違いない。冤罪なのは本当のことだ。

 では、誰がベルバッファ男爵をハメたのか。それを法務大臣に調べさせていたのだ。

 法務大臣をソファーに促し、俺もソファーに座る。


「こちらが報告書にございます」


 差し出された報告書を手に取り、中を確認する。


「これによれば、ベルバッファ男爵は冤罪だという結論に至っている。間違いないのだな」


 それは分かっていることだが、念を押して確認しておく。


「念入りに調査いたしましたので、間違いはございません。閣下」

「このゾドホフという者が真犯人というわけだな」

「左様にございます」

「で、どうするのだ?」

「もちろん、捕縛いたします。閣下のご命令があれば、いつでも動けます」


 準備万端か。俺に有能なところを見せておこうというのだな。いいだろう、見せてもらおうじゃないか。


「陛下への報告を行った後、資産省に向かう。捕縛には余も立ち会う」

「では、そのように手配いたします」

「ご苦労だった。下がってよいぞ」

「はっ」


 これでベルバッファ男爵の冤罪が晴れれば言うことはない。さて、どう転ぶか。


 

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