062_盗賊退治(二)

 


 盗賊どもは俺たちを待ち構えていて、砦の中から魔法や弓矢でこちらを攻撃してきた。

 幸いなことなのは、魔法が中級までしかないことだろう。

 もっとも、今見ていることが盗賊の全てとは限らないが。


「ソーサー。盗賊どもは余がこの砦を攻撃することを予測していたようだな」

「はい。おそらくは味方の中に内通者がいるものと思われます」


 味方と言っても俺の率いてきた兵や諸侯ではない。

 サンジェルムの代官や町長などのサンジェルムの者だろう。


「左翼の動きがいいな。左翼はたしかアインファッツ子爵だったか?」

「はい、キャメル・アインファッツ子爵殿ですな。なかなかの戦巧者のようです」


 アインファッツ子爵は二百人ほどの兵を指揮して、巧みに敵の攻撃をいなして砦に取りついた。


「ふむ、あのような者が無役なのか?」

「先代のアインファッツ子爵が大きな失態を犯したようで、今は冷飯を食っているようです」


 なるほど、国軍や軍務省へ入省できなかったので、俺のところにきたわけか。


「その父親は何をしたんだ?」

「軍の公金を横領したらしいですな」


 公金横領か、よくある話だ。

 だが、公金横領は重罪だから子爵くらいの家なら断絶になってもおかしくない。それがなぜ無事なんだ?


「おそらくですが、先代のアインファッツ子爵は誰かの身代わりになったのでしょう」


 だから失職くらいで済んでいるわけか。

 はあ……、軍部も闇が多いようだ。


「左翼に比べて右翼は動きが悪い」


 俺は視線を動かした。右翼は敵の攻撃に押し込まれて砦に取りつけないでいる。


「アッサム・バードン伯爵ですな」

「凡庸というところか」

「元々海戦に自信があると売り込んできましたから、陸の上では勝手が違うのでしょう」


 海戦と陸戦は勝手が違う。得意分野でない以上、多くは望めないか。

 まあ、アッサム・バードンに期待するのは、彼の娘婿であるソメリウス・クラメル大佐との繋ぎのためだ。

 俺の情報網で集めた情報では、ソメリウス・クラメルという人物は極めて優秀な海軍大佐だと分かった。

 兵を指揮してよし、参謀として作戦立案にも長けている。こういう人材を手に入れるために、アッサム・バードン伯爵という人物を受け入れたのだ。


「ベルバッファ殿の部隊が砦に取りつきました」

「堅実な用兵だな」


 セルファト・ベルバッファ男爵は元々資産省の役人だった。

 直轄地の代官を歴任していたが、四年前に冤罪(本人の主張)で罷免された経緯がある。

 代官は経済、行政、軍務に明るくなければいけない職なんだが、セルファト・ベルバッファ男爵は軍を任せても問題ないようだ。

 本当に彼の罪が冤罪であれば、名誉挽回のチャンスを与えて重用してもいいだろう。


 盗賊たちは組織だった防衛をしているようで、攻め始めて三時間ほど経過したがなかなか攻めきれていない。

 やはり軍の知識を持った者が指揮を執っていると思われる。


「ソーサー。バスラの部隊を左翼の援軍に出せ」


 ジョン・バスラは俺が親王になった時に軍から移籍してきた。

 今はアーデン騎士団の一部隊を任せている。


「左翼ですか? 押されている右翼でなくてよろしいので?」

「左翼を一気に崩す。右翼は今のまま敵を引きつけておけばいい」

「承知しました」


 攻勢を強めるためと、膠着状態を打破するためにバスラの部隊を投入した。

 これで一気にというわけにはいかないだろうが、状況を好転させてくれたらいいと思っている。


「アルテミス・セリガン」

「ここに」


 俺は赤毛の女騎士を呼んだ。

 彼女は後宮の近衛騎士だったが、俺が親王になった時に移籍してアーデン騎士団の騎士長をしている。今はソーサーをアーデン騎士団の副団長に戻しているので、サキノとソーサーに次ぐナンバースリーのポジションについている。

 まだ二十代だが、剣の筋はかなりのものでサキノと同じ剣神諸刃流剣術を奥伝まで収めている。

 奥伝は皆伝の手前だが、奥伝を収めているのは少数なので剣の達人だ。


「本陣を前に出す」

「承知しました」


 本陣を動かすことで、盗賊の注意をこちらに引きつける。

 そういった心理戦も戦いには必要だ。


 本陣を二百メルほど前に出す。

 これによって盗賊の動きをけん制し、尚且つ敵が浮足立ってくれるといい程度の考えだ。


「殿下、盗賊どもの動きが緩慢になりました」

「本陣の動きを警戒して、現場単位への指示が遅れたんだろうな」


 そのおかげでバスラ部隊の援軍を受けた、アインファッツ子爵の部隊が砦の中へ突入できたようだ。


「右翼への攻勢が弱まりました」


 左翼が砦に突入したことで、右翼を押していた盗賊が浮足立ったようだ。

 これでバードン伯爵も砦に取りつけるだろうし、ベルバッファ男爵も砦内へ攻め込むのは時間の問題だろう。


 ドーンッ。

 砦の中で大きな火柱が上がったと思ったら、轟音がした。


「何事だ?」

「何かが爆発したようですが、魔法でしょうか?」


 乱戦の中で魔法を発動させるのは、味方にも被害が出るからタブーなんだが?

 ソーサーは情報を集めるために部下を走らせた。


 しばらくして報告があったが、どうやら盗賊が魔法を使ったらしい。

 敵味方が密集しているところで魔法が使われたため、お互いに被害が出ている。


 戦争というのは、何が起きるかわからない。だから、常に警戒をしなければいけないが、警戒していても不足の事態というのは起こる。

 人知の及ばないことは、いくらでもある。しかし、味方を犠牲にしてまで魔法を使うのはナンセンスだ。

 もし、下っ端や中間管理職が味方の犠牲を無視して魔法を放てば、生き残った後に頭に責任を問われて処刑されるかもしれないし、頭が命じたのであれば部下を犠牲にして助かろうとする頭を信じられずに内紛が起こるかもしれない。


 軍人なら死ねと命じられることを覚悟している者も多いが、盗賊がそんな覚悟を持っているわけがない。

 そんな覚悟を持っている奴が盗賊になる可能性は極めて低い。もし、覚悟を持っているなら、軍に所属すれば生計を立てられるのだから、盗賊になる必要はないのだ。

 まあ、何事にも例外というものはあるので、全てが間違いなくそうだというわけではないが。


 さて、盗賊討伐戦だが、最初から俺が帝級魔法をぶち込んでやれば早く決着しただろう。

 だが、今回の戦いは将兵の能力を知るためのものだったので、あえて俺は指揮に専念している。おかげで敵だけではなく、味方にも被害が出ている。

 俺も神ではないので、全てにおいて味方に損害がないようにできるわけがない。

 しかし、敵味方関係なしの魔法を行使した以上、敵はかなり追い詰められているのだろう。


「ソーサー。決着をつけてこい」

「はっ!」


 ソーサーが部下を率いて砦に向かった。

 これで俺の周辺には、アーデン騎士団の二十人ほどしかいなくなった。

 今、本陣を大軍で攻められたら、ひとたまりもないだろう。


 

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