059_大将軍

 


「すでにハマネスクに海上戦力はありません。よって、陸軍を送り込み、反乱軍を攻め立てる所存にございます」


 軍務大臣は物量で押すと言う。それもいいだろう。

 だが、それでは芸がないと思うのは俺だけか?


「誰が指揮を執るべきか?」


 左丞相が皇帝の代理として言葉を告げる。

 皇太子が右腕を失って治療療養中ということは、指揮官が不在になる。俺は軍人が指揮を執れば良いと思うが、そうはいかないんだろうな。

 だが、無能な指揮官ほど味方を殺す。今回の皇太子がそれを証明してしまった。司令官を誰にするかで、皇太子と同じような結果になりかねない。


「さればにございます。今回はボードン上級大将に指揮をと考えております」


 大柄な陸軍上級大将のボードンの傷だらけの顔が引き締まる。

 軍務大臣は俺と同じことを考えていたようだ。俺でも思っていたことだから、軍務大臣が思わないわけがない。

 だが、皇帝のため息が聞こえてきて、場が静まる。軍務大臣は生きた心地がしないようで、額に汗が浮かんだ。

 しかし、皇帝も御前会議でため息を吐くなよな。


「陛下におかれましては、ボードン上級大将ではご不満でしょうか?」


 皇帝の瞳が軍務大臣に向けられる。


「朕は親王に指揮をと考えている。そのように考えるように」

「承知いたしました」


 まだ親王に拘っているのか。軍人にとってはやるせない命令だよな。


「陛下のお言葉であります。この場に居ります四人の親王殿下の中から、ハマネスク鎮圧の司令官を選んでいただきたい」


 左丞相の言葉によって、意識が親王たちに向けられる。

 ザックは元々司令官には向かないと言われていたので、除外だろう。

 俺も騎士団長だから除外されることになる。

 残るは新親王の二人だが、ゾドロスでは直情的なので皇太子の二の舞になりそうだ。アジャミナスだが、……分からん。こいつ、法典を諳んじる以外の才能があるのだろうか?


「戦闘経験があるのは、ゼノキア殿下お一人にございます」


 軍務大臣が俺の名を出してきた。

 だが、俺は騎士団長だ。騎士団長が皇帝のそばを離れ、出征するということはない。

 なぜかと聞かれたら、騎士団は皇帝を守るためにある武力組織だからだと答える。


「されど、ゼノキア殿下は騎士団長の要職についておられますぞ、軍務大臣」


 カマネスク財務大臣の言う通り。関係ないことだが、財務大臣は特徴のない顔をしているな。


「されど、ザック殿下は以前も戦場には出ることができないと仰っておいででした。また、新しく親王になられたゾドロス殿下とアジャミナス殿下については、どれほどのお力を持っておられるか、存じあげません。ゆえに、ゼノキア殿下の名しか出すことができないのです」

「ゾドロス殿下とアジャミナス殿下に、直接軍の指揮官として適正がおありか、お聞きするしかないでしょう。失礼とは存じますが、お答えいただけますでしょうか」


 財務大臣に水を向けられた、ゾドロスは待ってましたとばかりに鼻の穴を広げ、アジャミナスはまったく表情を変えない。


「俺は盗賊退治をしたことがあるぞ」


 なんで皇子だったお前が盗賊退治なんかしているんだ? しかも、腕を組んで自慢げに言いやがったぞ。


「はて、ゾドロス殿下が盗賊退治? 初めてお聞きしましたが、いつそのようなことをされたのでしょうか?」

「あっ……。その……二年ほど前だ」


 墓穴を掘りやがった。

 皇子が盗賊退治なんて普通はしない。する時は皇帝の許可が必要だ。そうなれば、当然ながら軍が動くので軍務大臣の知るところなのだが、ゾドロスに関してはそんな記憶はないんだろう。


「……ゾドロス殿下。盗賊退治に関しては、後ほどしっかりと話を伺いますが、今は掻い摘んでお聞きしたい。盗賊が出没していた地域名とその規模はどれほどでしたか?」

「あー……メリル地方で、二十人ほどの盗賊団だ。俺は三十の部下を率いて盗賊団を壊滅させた」

「メリル……なるほど、たしかに二年ほど前に盗賊の被害があったと記憶しております。すぐに盗賊の被害がなくなったはずですが、ゾドロス殿下が退治したためでしたか」

「そうだ。俺が盗賊団を殲滅させたのだ!」


 自慢かよ。


「して、部下にはどれほどの被害が?」

「ん? そんなものは覚えていない」


 バカか。盗賊退治でどれだけ味方に被害があったかは、大事な判断材料だ。それを覚えてないとは、バカすぎる。


「……そうですか」


 軍務大臣は顔色を変えずに、すぐにアジャミナスに視線を移した。

 同時に大臣たちの視線もアジャミナスに集まり、彼が口を開く。


「余は戦闘は未経験。剣の腕はそこそこで魔法は才能がない」


 簡単に自分のことを説明する。


「軍を指揮する自信は、おありでしょうか?」

「さて、やって見なければ、なんとも言えぬな」


 それはそうだ。指揮したこともないのに、できるかどうかなど分かるわけがない。

 だが、今回の戦いは皇太子がやらかしているため、もう失敗は許されない。


「であるなら、ゾドロス殿下とゼノキア殿下のどちらかにとなりますな」

「仕方がない。余は戦いを経験したことがないのだから」


 財務大臣の言葉に、アジャミナスは眉一つ動かさず答えた。


「軍務大臣はゾドロス殿下とゼノキア殿下のどちらが適任だと思われるか?」

「実績ではゼノキア殿下と言わざるを得ない。財務大臣はどうか?」

「某もゼノキア殿下ですな」

「ちょっと待て! ゼノキアが騎士団長としてアルゴン迷宮の迷宮魔人を討伐したことは認めるが、それだって軍を指揮したわけではないだろう。俺とそれほど変わらぬ兵を指揮したのだ、軍の指揮官としての実績は俺と変わらぬではないか」


 むしろ指揮した兵の数は、ゾドロスのほうが多い。

 だが、軍務大臣たちはそんなことを言っているのではない。


「ゾドロス殿下が不快にお思いになったのであれば、申しわけございません。されど、ゼノキア殿下は魔法の天才にございます。アルゴン草原の焼けただれた大地を見たことがありますが、あれほどの魔法を使えるゼノキア殿下であれば、仮に指揮能力が低くてもなんとでもなりましょう」


 俺の魔法があれば、指揮能力はどうでもいいか。

 最近のことだが、万の塀よりゼノキアの魔法と言われているらしい。

 誰がそんな噂を流したのかは知らないが、迷惑な噂だ。


「余の指揮能力には期待していないか。言ってくれるな」

「そのような意味で申したのではございません。お許しください」

「分かっておる」


 その後、他の大臣も俺を推し、ゾドロスはかなり不満のようだった。


「陛下。大臣の意は決したようです。されど、ゼノキア殿下は騎士団長にございますれば、陛下のおそばを離れるわけにはいきませぬ。いかがいたしましょうか?」


 いくら大臣たちが俺を推しても、騎士団長が皇帝のそばを離れるわけにはいかない。

 さて、皇帝はどうするのか?


「ゼノキアよ」

「はっ」

「そなたの騎士団長の任を解く。後任は誰がよいか?」


 そうきたか……。

 後任候補と聞かれると、頭に浮かんでくるのは二人。副団長のソーサーとアーサー。

 ソーサーの能力は申し分ないが、派閥がない。逆にアーサーは派閥を持っている。共に一長一短がある。さて、どっちだ?


「さればでございます。現在、副団長をしていますアーサー・エルングルトを推挙いたします」

「ならば、その者を団長に任命しよう」

「アーサー・エルングルトも陛下に感謝し、一層の忠誠を誓うことでしょう」

「うむ。では、ゼノキアよ。そなたを大将軍に任命する」

「大……将軍……ですか?」


 俺の記憶に、大将軍というものはない。

 陸軍も海軍も上級大将が最上位の階級で、その上は皇帝の元帥しかない。


「陛下。大将軍という階級は聞いたことがございません。よろしければ、ご説明をお願い申しあげまする」


 左丞相が俺の思っていることを代弁してくれた。


「大将軍は上級大将よりも上の階級である。だが、臨時の階級だ」

「なるほど……。して、指揮権の範囲は」

「元帥と同等」

「……承知いたしました。そのように記します」


 元帥と同等ってことは、皇帝と同じ指揮権を持つということだ。

 だが、親王とは言え、皇帝以外を元帥にするわけにはいかないってところか。まあ、指揮権の範囲が元帥同様なら、基本は元帥ってことだ。


「ゼノキアは速やかにハマネスクへ赴き、反乱を収めよ」

「承知いたしました」


 臨時御前会議は終わった。


 まったく困ったものだ。俺は薬と魔法の研究をしたいというのに、状況がそれを許さない。

 嘘を見抜く魔法を開発したとしても、それを実用化する前にこんな面倒に巻き込まれてしまって、本当に迷惑している。

 皇太子がもう少し優秀、いや、逆に全て部下に任せるバカだったらよかったのに……。


 今回、俺は大将軍となり、皇帝と同様の指揮権を得た。

 海戦か……。前世でも海を渡ってハマネスクやファイマンに遠征したことがあるが、まさか今世でもそうなるとはな。

 まあ、俺への勅令はハマネスク反乱軍の鎮圧だ。ファイマンのことは知らぬ。今のところは……。


 

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