058_皇太子の怪我

 


 緊急御前会議が招集されて、会議室に入った。

 出征している皇太子以外の親王はすでに席に着いている。

 俺の席は皇帝の右側で一番近い場所だ。俺の右側に新親王で第八皇子のゾドロス。反対側の皇帝に一番近い席にザック親王、その横に新親王のアジャミナス。

 さて、今回も軍人が多い。考えるに、皇太子が総司令官として赴いているハマネスクか、その向こうのファイマンのことだろう。

 だが、俺の読みはハマネスクだ。おそらく皇太子が負けたのだろう。軍人たちの悲壮感のある表情を見れば、ファイマンではないと確信に近いものがある。


「ゼノキア」


 横に座るゾドロスが体をこちらにやや傾け、俺の名を呼んだ。


「なんでしょうか?」

「親王は発言してもいいのだろ?」


 なんだ、そんなことか。ゾドロスは初めての御前会議なので、緊張しているようだ。頬がピクッとたまに動く。


「ええ、構いません。ただ、基本的には発言しませんが」

「なぜ発言しないのだ?」

「それが慣例ですからです。別に発言してもいいですが、皇帝陛下が意見を求めた時に返答できるように、答えを用意しておかなければいけませんよ、兄上」

「ふむ……」


 ゾドロスは分かったような分からないようなといった感じだ。


 皇帝が入ってきて、俺たちは立ち上がって迎える。


「ここ最近、臨時御前会議が多い。朕はこの状況に憂慮している」


 慣例とは違った皇帝の言葉が最初にあった。

 臨時御前会議が多いということは、基本的に反乱や戦争が多いということだ。その言葉に戦々恐々としたのは、軍人たちだった。元々顔色があまりよくなかったのに、真っ青になった者が何人もいる。


「さて、異例ではありますが、陛下のお言葉をいただきました。我々は陛下の御心を安んじられるよう、臨時御前会議を行いましょう。では、軍務大臣」


 左丞相が話を進める。


「はっ。臨時御前会議が多いこと、真に申しわけなく存じあげ奉ります」


 軍務大臣は皇帝に深々と頭を下げた。


「ハマネスクについてですが、二週間前に海戦と上陸戦が行われました」


 軍務大臣の頭がかなり白くなっている。ここ最近でぐんと老けたように見える。


「ピサロ提督はハマネスクより北の海上で戦いにおよび、これを撃破。大打撃を与えております」


 ピサロ提督は海戦ではかなり強い。だが、勝ったなら臨時御前会議を開く必要はない。定期的に行われている御前会議で報告すればいいのだ。

 つまり、上陸戦で何かがあったという結論に至る。


「上陸戦においてですが、皇太子殿下が指揮する上陸部隊は、上陸には成功しました。しかし、ハマネスク総督府に攻め入ったところを反撃され敗れております。……その際、皇太子殿下が負傷しております」


 皇太子が負傷したと聞き、大臣たちのざわめきが起こった。

 さすがに軍人たちはそのことを知っているようで、顔色は変わらない。まあ、元々悪いが。


「どういうことだ? 皇太子がなぜ負傷するんだ?」


 不満そうな声なのは、ゾドロスだ。先ほどの俺との話を聞いていたのか? まあ、構わないが。


「はい、殿下。皇太子殿下は反乱軍に占拠されていた総督府を攻めるため、最前線で指揮を執っておられました。そこに手痛い反撃を受け、負傷したと報告を受けております」

「なぜ皇太子が最前線で指揮をする? 軍人たちは止めなかったのか?」


 そんなもの、止めたに決まっているだろ。その上で、皇太子が自分の意見、意志を通したに決まっているだろ。

 俺が言うのもあれだが、皇太子が負傷するような場所に出向くのは愚策だ。そんなものは軍人たちに任せておけばいい。自分の手で勝ちを決定づけたかったんだろうが、それが裏目に出たわけだ。


「それは……」


 答えられないよな。皇太子の我儘で前線をかき乱していただなんて。


「どうした?」

「ゴホンッ」


 俺はわざとらしく咳ばらいをした。まったく、それくらい分かってやれよ。


「どうした、ゼノキア。風邪か?」

「………」


 誰のせいだ!


「兄上。まずは軍務大臣たちの報告を最後まで聞きましょう」

「……そうか? ゼノキアがそう言うなら、分かった」


 まったく手が焼けるな。

 ゾドロスは人間が真っすぐだが、考えなしのところがある。困ったものだ。

 それに比べ、アジャミナスは無表情でこのやり取りを見ていた。

 人間としてはゾドロスのほうが好感は持てるが、親王としてはなんとも頼りない。対してアジャミナスはまだ海のものとも山のものとも分からない。これからの言動を注視するしかないな。


 ゾドロスが黙ったことで、軍務大臣の報告は進んだ。

 皇太子は一時はかなり危なかったらしいが、命はとりとめたらしい。ただ、右腕を失ったそうだ。

 それを聞いたゾドロスは軍人たちを責めたが、元々の人選が悪かったのだ。軍人たちが悪いわけではない。


「しかし、ピサロ提督の奮戦のおかげで、ハマネスクの海上戦力はほぼ壊滅した。不幸中の幸いだと思うがね」


 最古参親王のザックがそう言うと、ゾドロスがキッと睨めつけた。


「兄上は皇太子が負傷したのが、良かったと言うのか!?」

「ゾドロス。お前はもう少し考えて発言しなさい」


 ザックはまったくゾドロスを相手にせず、窘めて首を振る。それがゾドロスには気に入らなかったようで、こめかみの血管が浮き上がっている。


「あに―――」

「陛下のお言葉です」


 ゾドロスがザックに喰ってかかろうとしたところで、左丞相が言葉を被せてきた。

 本来であれば不遜な態度だが、皇帝の言葉と言われれば静聴するのが礼儀だ。ゾドロスでもそのことは知っているので、かなり不服のようだが口を閉じた。


「ハマネスクの件。速やかに鎮めよ。そのための話し合いを行うように」


 皇太子が怪我をしたのは過ぎたこと。そのことではなく、前向きな議論をしろと言っているのだろう。

 親としてはどうかと思うが、皇帝であればそれが当然の判断だ。


 

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