056_新魔法開発
ここ最近は、とても忙しかった。戦勝パーティーと婚約発表、新しい二人の親王宣下、騎士団の新採用試験。婚約発表後は多くの貴族から祝いの品が届き、その返礼に忙殺されたのも痛かった。
だが、それもやっと落ち着き、今は新魔法を構築している。
「殿下。極魔インクはこれでよろしいでしょうか?」
極魔インクは魔法の効果を上げたり、発動を補助してくれる魔法陣を描くために開発したものだ。
「いい感じだ。極魔インク作りはテソが一番上手いな」
俺の小姓をしているテソ・アルファス。アルファス侯爵家の三男で俺より五歳年上の十四歳。明るい茶髪に碧眼にひょろっとした容姿は、初めて会った時とさほど変わっていない。ただし、背はかなり伸びた。ひょろいイメージは、そのせいもあるかもしれないな。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「そう言えば、テソも婚約の話があるんだったな?」
「いきなりですね」
「どんな女性だ?」
「知りません。会ったこともありませんので」
「お前も政略結婚か?」
「侯爵家と言っても、本来は三男なので政略結婚なんかしないと思っていましたが、殿下の小姓になったことでそういった話がいくつもあります」
「侯爵の息子で親王の小姓だからな。あまりバカなことをしなければ、男爵くらいはいけるぞ」
「そうなるように、精進いたします」
「お前は生真面目だから、バカはしないと思うがな」
「婚約と言えば、ラグにも婚約の話があるそうですよ」
「そうなのか、ラグ?」
「いくつかそんな話があると、父が言ってました」
カジャラーグ・ザンガライド。こいつも俺の小姓だ。今年十三歳で赤毛茶目。体が大きく剣の腕はかなりのものだと、サキノが言っていた。
「お前も四男とは言え伯爵の息子だからな、バカなことをしなければ男爵くらいは確実だ。だが、テソと違ってラグはバカをしそうで不安だな」
「それはないですよ、殿下」
軽やかに笑い合う。
「セル。お前はどうなんだ?」
セルミナス・ポステン。今年十一歳で三代前の皇帝の玄孫だ。皇帝の子孫でも孫以下は爵位がなくなるため、今は平民になっている。もちろん、平民でも上流階級の暮らしをしているはずだ。
「僕の家は爵位もありませんので」
「何を言っているんだ。お前の才能なら、戦功を立てて叙爵は夢じゃないぞ」
金髪碧眼の賢そうな顔のセムは、光属性の才能に溢れている。光属性だけで考えれば、帝国でも一、二を争う魔法士になるだろう。もちろん、俺は数に入っていないぞ。
「そうでしょうか?」
「そうだとも。光属性は呪いの解除に必要だし、攻撃魔法だって強力だからな」
セムはまんざらでもなさそうな表情だ。賢い奴だがまだ子供だから、褒めてやればどんどん伸びるだろう。
「よし、今からは集中する。喋りかけるなよ」
「「「はい」」」
今、俺が取り組んでいる魔法は、嘘を見分ける魔法だ。
敵意を見分けることができる魔法があるのだから、嘘だって見分けられるはずだ。そう思って開発してみた。
そして魔法の発動を補助するための魔法陣を描く。この作業は集中しなければならない。
魔法陣に不具合があって、魔法が発動しないのならそれはそれでいい。一番ダメなのは、魔法が暴走することだ。
魔法陣の不具合が暴走を引き起こした例は、過去に数多ある。
「………」
意識を魔法陣に集中させる。
今回の魔法は嘘を見分けるものなので、できるだけ魔法の位階を下げたい。そうすれば、裁判などでも使える魔法になる。だから上級魔法、悪くても特級で押さえたい。
「よし、描けた」
「殿下、額に汗が」
セムがハンカチで汗を拭ってくれる。どうせなら、女の子にしてもらいたいが、侍女たちはこの研究室に入れない。ここは色々とヤバいものがあるので、この三人とサキノ以外の者は立ち入り禁止だ。
「よし、魔法を試すから、訓練場にいくぞ」
俺は失敗しないと思っているが、暴走したらどうなるか分からない。
たとえ嘘を見分ける魔法でも、暴走したら暴走は危険だ。
場所を訓練場に移し、魔法陣に魔力を流す。
今回は詠唱しない。この魔法陣には極魔インクを使っているので、魔力を流すことで魔法陣が詠唱の代わりをしてくれるのだ。
魔導書でも良いものでは、この極魔インクに似たようなインクが使われている。その魔法陣は、魔力を流すだけで魔法が発動するのだ。ただし、そのインクのレシピは失われている。
この極魔インクがそのインクと同じ効果を発生してくれれば、詠唱なしで魔法を使えるようになる。研究にも熱がはいるというものだ。
魔法陣が魔力に反応し、光を放つ。第一段階は成功。
第二段階に移行し、今度は魔法陣が空中に浮かび上がる。いい感じだ。
第三段階に移行し、魔法が形成されて発動する。
「「「………」」」
「テソ。嘘を言ってみてくれ」
「承知しました……。私はカジャラーグ・ザンガライドです」
テソがラグの名前で自己紹介すると、テソの口から赤い霧のようなものが見えた。
「おお、嘘が分かるぞ!」
「「「おめでとうございます!」」」
「いや、まだだ。今度はラグが嘘をついてくれ」
「それなら……。俺は光魔法が得意です」
光魔法が得意のところで赤い霧が出た。
「いい感じだ。次はセルだ」
「それでは、僕はセルミナス・ポステンです。爵位は伯爵です」
伯爵のところで赤い霧が出た。
「よし、完全に嘘を見極めているぞ」
「「「完成、おめでとうございます。殿下」」」
「いや、まだ完成ではない」
「魔法の位階のことですか?」
「その通り。さすがは、テソだ」
今現在、この魔法は光魔法の王級だ。これでは使える者はかなり少なくなってしまう。魔法発動時の消費魔力を低減させないと、それこそ意味のない魔法になってしまう。
この改善を進めるとして……。待てよ……。そうかこれをマジックアイテムにしたらどうなるんだ? あの時空属性の腕輪のように……。やってみる価値はあるな。
それはそうと、魔法としては完成したのだ。改善とアイテム化はゆっくりやるとして、今は実践だな。
俺はある人物を呼ぶようにテソに命じた。
この世界に嘘をついてことのない人間が、何人いるだろうか? 基本的には人間は嘘をつく生き物だから皆無とは言わないが、かなり稀な存在だと思う。
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