054_報告

 


 アルゴン迷宮を出た俺は、屋敷に帰って着替えて皇帝に謁見した。

 今回は俺と共に迷宮探索をしたサキノとアーサーも一緒に、皇帝と謁見だ。先触れを出しすぐに謁見をと申し入れたため、すぐに執務室に通された。いつものように礼を尽くした挨拶をし、皇帝との謁見に臨む。


「ゼノキア。無事に帰ってきたこと、嬉しく思うぞ」

「ありがとうご座います。陛下」

「そなたらも、よくゼノキアを守り抜いた。褒めてとらす」

「「はっ。勿体なきお言葉にご座います」」


 皇帝はサキノとアーサーにも声をかけ、機嫌がいいように見える。


「火急の用とは何か?」

「はい。今回の迷宮探索にて、迷宮魔人と思われる悪魔を討伐いたしました」

「さすがはゼノキアである。のう、左丞相」

「はい。ゼノキア殿下でなければ、これほどの短期間で迷宮魔人討伐は適いませんでしたでしょう」

「うむ。ゼノキアの功績を称え、戦勝パーティーを行うこととする」

「承知いたしました」


 皇帝と左丞相は上機嫌で、話を進めていく。

 その光景をじっと見つめ、皇帝が落ち着くのを待つ。


「して、それだけではないのであろう?」

「はっ、陛下にお見せしたきものがご座います。ご許可願えますでしょうか?」

「ほう、見せたいものとな? 構わぬ」


 皇帝の許可を得た俺は、サキノに目配せした。

 サキノが一度退席し、すぐに戻ってくる。その手には布が被せられたトレイがある。

 サキノから左丞相がそのトレイを受け取り、皇帝の執務机に置く。


「ゼノキアがあえて見せたいと言うのだ。珍しいものなのだろう」


 皇帝が頷くと、左丞相が布を取る。出てきたのは銀製の腕輪である。見た目は豪華でも華美でもない。

 こんなものを皇帝に見せるとはと、左丞相辺りは思っているだろう。眉間にシワが寄っているぞ。


「して、この腕輪がどうしたのか?」


 皇帝もこれが何か分からず、困っているようだ。


「某が腕につけてもよろしいでしょうか?」

「構わぬ」


 左丞相がトレイを持って俺の前にやってくる。

 俺は腕輪を手に取り、左腕にハメた。


「某の手にご注目ください」


 皇帝が頷き、上を向けた左手を凝視する。


 ―――出てこい、黄金の延べ棒。


「「なっ!?」」


 皇帝と左丞相、そして皇帝を護衛する騎士たちが目を剥いて驚いた。

 驚くのは仕方がないが、騎士たちは皇帝を守っているのだから、呆然としたらダメだぞ。


「こ、これはどういうことか?」


 皇帝が驚きを隠すことなく、問い正してきた。


「迷宮内で発見しましたアイテムで、時空属性が付与されております」

「じ、時空……属性だと……」

「はっ、この腕輪の中には、迷宮内で発見したこの黄金の延べ棒が、およそ十万本収納しております」

「十万本!?」


 声を荒げたのは左丞相である。この大きさの黄金の延べ棒が十万本も入っていると聞けば、驚くのも無理はない。

 ずっしりと重い黄金の延べ棒は、三十キグムはあるだろう。それが十万本もあるのだから、それは帝国の国庫を大いに潤してくれるものである。


「その黄金の数にも驚いたが、その腕輪。時空属性と言ったか?」

「はい。時空属性にご座います」

「初めて聞く属性だが、なぜ分かった?」

「アイテムに魔力を流せば、その構造や属性は分かります」

「ふっ。それはゼノキアであればできることであろうな」


 皇帝は笑みを浮かべ、背もたれに体を預けた。


「左丞相よ」

「はい、陛下」

「これは前代未聞の発見であるな」

「左様にございますな。時空などという属性は初めて聞きます。素晴らしい発見であります」

「ゼノキアへの褒美はどうすればよいかのう」

「大量の黄金。そして時空属性の発見。これは大きなものでご座います」

「ゼノキア。何か希望はあるか?」


 それを待っていたぜ。

 俺が欲しいのは一つ。


「さればでご座います。某に、禁書エリアへの立ち入りをお許しください」


 重要書を全部網羅したわけではない。だが、重要書に指定されている魔導書は全部読んだはずだ。

 だから禁書が読みたい。俺の糧にしたいのだ。


 だが、皇帝の表情が曇った。

 禁書エリアへの立ち入りに否定的なのが、その表情から分かる。


「ゼノキアはまだ若い。今回は禁書を諦めるのだ」


 ハッキリとした拒絶だ。

 禁書とはそれほどのものなのか? だが、若いことを理由にするのは、どういうことか? ……分からん。


「褒美については、追って沙汰する」

「承知しました」


 皇帝の機嫌が悪くなった。食らいつくのは下策だろう。


「さて、その腕輪であるが、学者たちに調べさせることにしよう」

「それがよろしいでしょう」


 ずっしりと重い黄金と腕から外した腕輪を、左丞相が差し出したトレイの上に置く。

 黄金を置いた瞬間、左丞相はかなりキツそうだった。まあ、今の俺の体重に近い重さがある黄金の延べ棒だからな。俺が片手で軽々と持ていたので、左丞相は勘違いしてしまったのだろう。


「禁書が余計に見たくなった」


 皇帝の執務室を辞して、歩きながらサキノに語りかける。


「いったい、どんなものが保管されているのだろうな」

「某には分かりかねるものにご座います」


 俺だから皇帝は軽く否定するだけで済ましたのであって、サキノが禁書を見たいと言ったら首が飛ぶだろう。皇帝の表情を見たら、そう思っても仕方がない。

 ただ、ダメと言われると、余計に見たくなる。俺も困ったものだ。


「アーサー」

「はっ」

「明日は休みを取れ。今回同行した者たちにも休みを与えよ」

「しかし、報告書の作成がありますが」

「腕輪と黄金を差し出したのだ。報告書が二、三日後になっても問題ないだろ」

「……承知しました。団長のお言葉に甘えさせていただきます」


 しかし、今回の迷宮内では、刺客は襲ってこなかったな。残念だが、向こうにも都合というものがあるのだろう。刺客だって、無限にいるわけではないし、俺を殺せそうな奴となれば、それなりの腕の者が必要だ。

 前回の迷宮探索時、裏ギルド闇夜の月の幹部であるシークマンが俺を殺しに来たことで、もしかしたら暗殺する側の人材が不足しているかもと思っていたが、本当にそうだったようだ。

 まあ、暗殺者に成るのだって、それなりの素質は要るだろう。誰もが簡単に成れるわけじゃないはずだ。


 

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