053_迷宮にて(二)
迷宮魔人はどうやら悪魔のようだ。悪魔というのは魔人の中でもかなり上位の存在だと、何かの本に書いてあったのを思い出す。
牡羊の巻き角があり、蝙蝠のような羽を生やし、ヘビのような尻尾を持つ。それ以外は人間に近く、容姿を変えることもできると言う。目の前の迷宮魔人もそれに当てはまる容姿をしている。
迷宮魔人まで約十メル。騎士たちが盾を構え、油断なく対峙する。
「まさか人間ごときが、ここまでやってくるとは、思ってもいなかったぞ」
牙を見せて笑う迷宮魔人は余裕綽々だ。
それに対して俺も、笑い返して言ってやる。
「どんな大物がいるかと思ったら、こんな雑魚で拍子抜けだ」
「ほう、我を雑魚と言うか。人間も言うようになったではないか」
「雑魚が上から目線というのは、気に入らないな。そこから降りてこい」
俺が手を振ると、魔法士のアザルが侵食する雨、ロザリーが刃の嵐を発動させた。
二人が小声で詠唱を行っていたのは、聞こえていたのでタイミングを見計らっていたのだ。
侵食する雨に濡れると、能力が下がる効果がある。この魔法は上級魔法だが、その難易度は王級を越えるため使える魔法士は少ない。発動速度も威力も申し分ない。アザルは腕を上げたな。
ロザリーの刃の嵐は王級魔法だ。無数の刃が四方八方から襲い、対象を切り刻む。範囲を迷宮魔人の周辺に限定し、威力を上げる工夫が見える。
しかも、アザルの侵食する雨よりも発動を遅らせ、迷宮魔人を弱体化させてから切り刻もうという思惑が分かる。一番若い魔法士だが、その才能は俺の下にいる中でピカイチだ。
ただし、俺の小姓のテソやセルが成長したら、ロザリーが一番かどうかは分からないがな。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ……」
魔法を受けて悲鳴をあげた迷宮魔人は、血だらけだ。
玉座も切り刻まれて、迷宮魔人は地面に倒れて荒い息をしている。
まさかと思うが、この程度で倒せるんじゃないだろうな?
「かかれ!」
「「おうっ!」」
ソドム、ボドム、ウーバー、アーサー、ミリアム、そしてサキノが、迷宮魔人との距離を一気に縮め、攻撃を加える。
「………」
おかしいな、迷宮魔人が反撃してこないぞ? 何か策があるのだろうか? ん? サキノが攻撃を中止させたが……。え? もう終わり? そんなわけないよな?
「って、何この威力!?」
「おかしいだろ、あんな効果があるわけないんだ」
いきなり隣で叫ばれて、俺は死角からの攻撃かと身構えた。
「お前ら、驚かせるなよ」
「「殿下! あの魔法、何をしたんですか!?」」
あの魔法とは、強化魔法のことか?
「ただの強化魔法だ」
「ただの強化魔法って、そんなわけないじゃないですか!」
「おい、ロザリー。唾を飛ばすなよ」
「あ、失礼しました。でも、殿下の強化魔法のおかげで、あり得ないほどの威力になりましたよ」
「そうです。いくらなんでもあれほど魔法威力が上がるなんて、あり得ないですよ。殿下!」
まあ、ちょっとだけカスタマイズしたが、そんな大したものではないはずだ。それに、今放ったロザリーとアザルの魔法は、俺からしたらそのていどであって目を見張るほどのものではない。
「とにかく、C班は迷宮魔人が死んだか確認し、死んでなければ殺せ。また、死んでいたらそのまま死体を監視だ。A・B班は周囲を探索してくれ。迷宮魔人があんなに弱いわけがない。警戒を怠るな」
「「はっ!」」
しかし、あの悪魔が迷宮魔人なら、この迷宮に大したお宝は眠ってないな。迷宮魔人の強さとお宝は比例するというのが、これまでの常識だ。
こんな迷宮に多くの被害者を出してした騎士団は、どれだけ弱体化してしまったのかという疑問が湧いてくる。
前任の騎士団長のおかげで、なんで俺がこんな苦労をしなければいけないのか。まったく、あの顔だけは凶悪なバカ野郎が。
「ゼノキア様。こちらに」
「どうした、サキノ」
サキノが呼ぶのでいってみると、隠し部屋のような場所があった。
「ほう、そこそこの財宝だな」
部屋に山積みにされた黄金や数々のアイテム。親王の俺でもこれほどの黄金はさすがに見たことがない。しかし、これほどの黄金を守っている迷宮魔人なら、もっと強くてもいいと思うのだが?
「あの迷宮魔人は、黄金が好きだったのか?」
「そのようで」
「さて、これだけの黄金を持ち帰るとなると、かなりの人手が要るな」
「騎士たちを動員しましょう」
迷宮は迷宮魔人が討伐されると、迷宮の成長が止まる。しかし、モンスターは生み出され続ける。しかも、なぜかお宝まで補充される。
迷宮魔人がいると、モンスターを迷宮の外に排出するため危険だが、迷宮魔人がいなくなった迷宮は金の成る木なのだ。
「む……ちょっと待てよ」
「どうかされましたか?」
目が眩みそうになる黄金の向こうに、いくつかのアイテムが置いてある。そのアイテムの中に、明らかに異質なものがあった。
「腕輪……ですか?」
「他のアイテムはどれも黄金だ。だが、これだけ銀製というのは、違和感がないか?」
「そう言えば、そうですね。これだけ黄金製ではないと言うのは、違和感しかありません」
手をかざして魔力を流してみるが、嫌な感じはしないから呪われたアイテムではないだろう。
手を伸ばすと、サキノが俺の手を止めた。
「危険です」
「大丈夫だ。呪いはない」
エリーナ・エッガーシェルトの呪いを解呪してやってから、いくつか呪われたアイテムの解呪をしてくれと頼まれた。そのおかげで呪いのアイテムについて、それなりに詳しくなった。
「しかし」
「サキノ、余を信じろ」
「はっ」
銀製の腕輪を手に取り、左腕にハメてみる。
この腕輪がマジックアイテムなのは分かるが、どういったものか分かっていない。魔力を流して腕輪の構造を探る。
「………」
なんとなくこの腕輪の構造が分かってきた。しかも、これは俺が知っているどの属性にも属していない、初めての属性のアイテムだ。
「………」
さらに魔力を細部まで、満遍なく流す。そして、分かった。俺はこの腕輪の能力、そしてその属性に身震いした。
「ゼノキア様?」
「……心配するな。それよりもこの腕輪のことが分かったぞ」
「呪いはないのですね?」
「呪われてはいない。だが、それ以上の衝撃を受けた」
「大丈夫なのですか?」
「サキノ。これはすごいものだ」
サキノにこの腕輪のことを語って聞かせた。
「そ、そのような……ものが」
「間違いない。見ていろ」
俺は近くにあった黄金の延べ棒を手に取った。かなり重い。さすがは黄金だ。
そして、腕輪の能力を発動させるために、魔力を流す。
「っ!? ……本当になくなりました」
俺の手の上にあった黄金が消えてしまったのを見たサキノが、目を剥いて驚いている。
「出すぞ」
手の上に再び黄金の延べ棒を出した。
この腕輪は時空属性が込められていて、物を収納することができるものだ。
どれほどの容量があるのかは、もっと調べないと分からない。しかし、ここにある黄金を全部収納するくらいはできると思う。
「これまで発見されていないアイテムが発見されたのですから、ゼノキア様の功績は非常に大きなものになるでしょう」
確かに大きな功績だろう。
だが、その程度のことでは収まらないのが、このアイテムだ。
「この腕輪は戦略アイテムだ。これ一つで数千、数万の軍を食わせることができる兵糧を運べる可能性がある」
「っ!?」
「サキノ。皆を集めろ」
「はいっ」
皆を集めて、この腕輪について口外することを禁じた。
この腕輪の扱いについては、皇帝にどうするのか確認する必要がある。
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