052_迷宮にて(一)
アルゴン迷宮に入った俺たちは、奥へ奥へと進んでいく。
前回と同じでメンバーで今回も望むが、前回の迷宮探索からやや日が開いたが、それは俺の公務の都合だ。
騎士団長なんてやっていると、面倒な話や書類仕事があるのだ。
C班のミリアムが報告のために駆け寄ってくる。
「団長。前回、モンスターが大量にいた広場に出ます」
「警戒を厳にして進め」
「はっ!」
斥候のリースのやや後方にアーサーとミリアムのC班、俺の周囲には魔法使いとポーター、やや後方にサキノとソドムのA班、さらに後方にボドムとウーバーのB班を配置して進む。
前回はここで刺客の襲撃を受けた。
その時の痕跡(モンスターの死体や壁などについた傷痕)は奇麗さっぱり消えている。
時間が経過すると死体は迷宮に取り込まれ、壁などについた傷も修復されているのが迷宮の特徴なのだ。
「まったくモンスターがいないな」
前回はモンスターが犇めき合っていた広場には、ほとんどモンスターはいない。
「ゲランド。道は間違っていないな?」
マッピングを担当しているゲランドに確認をする。
ゲランドは力は強いし、マッピングの技能もある。だが、戦闘はそれなりだ。剣や槍の才能は人並みである。だが、騎士団員全員が戦闘要員ではない。特に俺のアーデン騎士団では、武芸はそこそこでも一芸に秀でている者はそれなりに出世できる。全員脳筋だったら、組織なん回らないんだよ。それに、ゲランドは頭は悪くない。使い方次第だ。
「はい。前回到達したのは、この広場でご座います」
「ならばよい」
一度成形された道は変わらないが、モンスターの配置と罠の配置は変わることがある。俺でも知っていることだ。
広場にいる多少のモンスターを倒し進んだ先で、各班の配置を変更する。負担を適度に分散させるためのものだ。
さらに進み、三差路に差しかかる。リースが戻ってきて、十字路の気配について報告する。
「おそらくですが、左が一番安全だと思われます」
「一番危険だと思うのは?」
「真っすぐ進む道です」
「ならば、真っすぐ進むぞ」
俺は迷宮魔人を倒しにきたのだ。危険を避けていては、迷宮魔人を追い詰めることはできない。
「承知しました」
リースが先行して真っすぐの道を進む。すると、すぐに立ち止まる。ハンドサインが罠だと告げている。
リースが罠を解除するのを待ち、解除が終わると進む。
「む、また罠か」
また罠だ。この道は罠もモンスターも多い。
「サキノ」
「はっ」
「迷宮魔人に近づいたためだと思いたいところだが、どう思う」
「記録では、このように罠が多くしかけられた場所の奥に、迷宮魔人がいるとありました」
「うむ。余もその記録は読んだ」
この奥に迷宮魔人がいてくれれば、さっさと倒して騎士団の改革に本腰を入れられる。騎士団が軌道に乗れば、魔法や薬の研究に集中できるはずだ。
「罠の解除が終わったようです」
リースが進めのハンドサインを出す。
徐々に通路が細くなっていき、人が一人通れるくらいになっていく。俺はまだ体が小さいからいいが、縦にも横にも体の大きいウーバーなどはかなり窮屈な状態で進む。
道はさらに狭くなり、天井も低くなってきて、大柄なウーバーだけでなく他の騎士たちも腰を屈めて進む。
子供の俺はいいが、女性で小柄な魔法士のロザリーでも、天井に頭がつきそうだ。
「この状態で前後から挟みうちにあったら、非常にマズい状況です」
サキノの言う通り。この状況で戦闘は非常に危険だ。
俺一人ならなんとでもなるが、全員を守りながらは無理がある。
「団長。モンスターです」
「ちっ、きたか」
前からモンスターが接近してきて、リースが応戦することになる。
「剣を振るのではなく、突け。ミリアムは隙間から槍を出し、モンスターに攻撃しろ」
「「はっ!」」
道が狭いので左右や上下からの攻撃はない。あるのは正面だけだ。それなら剣を振るのではなく突いたほうが、防衛がしやすい。そこに槍で援護してやれば、なんとかなるだろう。
「後方からもきました」
「一番後ろはボドムだったな?」
「そうです」
「盾で道を塞いでおけ」
「なるほど。ボドムは盾で道を塞げ!」
「はい!」
ボドムの盾はかなり大きく、この道を塞ぐのは無理でも隙間はかなり少ないはずだ。
「余が前に出る」
「お待ちを!」
サキノが危険だと腕を掴んできた。
「正面の敵を掃討し、この道を抜ける。大丈夫だ。余を信じろ」
「……承知しました」
俺はボドムやロザリーたちの横をすり抜け、槍をチクチク突き出しているミリアムの前に出てリースの背中越しに立つ。子供の俺だからできることだ。大人だったら移動できなかっただろう。
「リースはそのままモンスターを近づけるな」
「はっ!」
リースを巻き込まないように調整しながら魔法を詠唱する。一点を貫き、燃やし尽くすいい魔法があるのだ。
「撃つぞ!」
俺のその声を聞き、リースは剣を引く。
「メルトダウンレーザー」
これは光属性帝級魔法だ。
貫通力が強く、貫いたものを圧倒的な熱量で燃やし尽くす。
こういう狭い道なら敵も一列に並んでくれているので、この魔法の貫通力が生きるだろう。
細い道を塞いでいた岩型モンスターを貫通し、細い光の線が伸びる。
石だろうと岩だろうと関係なくメルトダウンレーザーは、圧倒的な熱量でモンスターを焼き、溶かす。
モンスターが赤くドロドロになり、形が崩れていく。
考えたら溶けたモンスターが冷めるまで動けない。ちょっと失敗したかな。
「後ろのボドムは大丈夫か?」
伝言のように俺の言葉が伝えられ、返事が返ってくる。
「問題ありません」
その言葉を聞き、真っ赤に熱せられて蒸発していくモンスターを見ながら考える。
「そうか!」
俺は閃き、手を打った。
すぐに詠唱を始め、魔法を発動させる。
「ホール」
土属性中級魔法。
山などでトンネルを掘る時に使われる魔法だ。
ダンジョンの壁は簡単に傷つかない。だが、一定以上の威力があれば傷つくことが分かっている。
このホールでこの狭い通路を拡張してやる。すると、不思議なことに、広くなった場所の岩や土はどこかへいってしまう。それどころか、ドロドロに溶けていたモンスターまでなくなってしまった。
これは本当に土属性なのだろうか。そんなことを思ってしまう。
「よし、いくぞ」
俺が声をかけても、皆が動こうとしない。
何事かと皆の顔を見ると、ポカーンと呆けていた。
「何をしている?」
「あ、いえ、団長の魔法は本当にありえないと思いまして」
「この程度の魔法ならロザリーでもできるだろう」
「いえ、無理ですから!」
なぜ、そんなに必死で否定するんだ?
解せん。
「だ、団長! こっちもなんとかしてください」
そんな悲鳴のような声を出したのは、ボドムだ。
盾で後方のモンスターを防いでいる。
「その程度のモンスターなら、お前一人だけでもなんとかなるだろ」
「え、放置ですか!?」
「早くしないと、道が元に戻るぞ」
ダンジョンの壁は時間経過と共に修復されるから、早く移動しないと広い穴が塞がって狭くなるぞ。ボドムを無視して先に進む。
後方で叫び声が聞こえたが、その程度のことで叫ぶとは鍛え方が足りないようだな。アーデン騎士団の正騎士なら、朝飯前と言って欲しいぜ。
先に進み、今度は広い場所に出た。
「どうやら正解だったようだな」
「はっ、ここが最奥のようです」
俺たちはまるで宮殿の謁見の間のような場所に出た。大理石のような床、壁、天井、そして柱が規則正しく立ち並ぶ。
しかも、俺たちの目の前から一番奥の玉座まで赤絨毯が敷き詰められいる。帝城の謁見の間にも引けを取らないくらい、手入れが行き届いている。
「あれが迷宮魔人か?」
俺は玉座に座って偉そうに膝を組んでいるやつを指差す。
「そのようですな」
百メルほど離れていて、かなり距離があるので顔は分かりづらいが、偉そうにふんぞり返っているのは分かる。
迷宮魔人から漏れる魔力はそこそこ多い。だから、保有魔力量がそれなりに多いのは分かる。それが分かる魔法士のアザルとロザリーは、顔を青くしている。このていどのことで顔を青くしているようでは、一人前とは言えないぞ。
「アザル、ロザリー。気後れるな。所詮は魔力を制御もできない雑魚だ」
二人は歯を食いしばり、杖をぎゅっと握る。それでいい。気持ちで負けていては、勝てるものも勝てないからな。
「迷宮魔人というから、どんなすごい奴が出てくるかと思ったが、偉そうにしているだけで大したことはないな」
念のため全員に薬を飲ませるか。
「お前たち、これを飲んでおけ」
「団長。これは?」
「身体能力を一時的に上げてくれる薬だ。ちゃんと効果の確認はあしてあるから、安心して飲め。それとアザルとロザリーはこれだ」
全員に薬を渡し、飲ませる。あの魔力なら迷宮魔人など物の数ではないが、念には念を入れて薬以外にも魔法で強化する。
アーサーが強化魔法に反応して振り向いた。中級の魔法なので、なんとか無詠唱ができるが、魔法陣は発生する。だから、俺の横や後ろにいた騎士たちは気づくが、前にいたアーサーが気づくとは思っていなかった。
このていどの小さなことに気づけるってことは、周囲に気を払っているということだ。なかなかやるな、アーサー。
「ちょっとしたお呪いだ。気にするな」
俺が歩き出そうとしたら、アーサーが呼び止めてきた。
「団長。某が先に進みます」
「いいだろう」
アーサーとミリアムのC班が先頭になって進み、俺は相変わらず中衛だ。
アーデン騎士団、団長アマニア・サキノ(男・剣・A班)
アーデン騎士団、騎士ソドム・カルミア(男・盾・短槍・A班)
アーデン騎士団、正騎士ボドム・フォッパー(男・盾・剣・B班)
アーデン騎士団、騎士ウーバー・バーダン(男・大斧・B班)
帝国騎士団、副団長(騎士長)アーサー・エルングルト(男・盾・剣・C班)
帝国騎士団、騎士ミリアム・ドースン(女・槍・C班)
魔法士アザル・フリック(男・杖・水・光)
魔法士ロザリー・エミッツァ(女・杖・風・土)
アーデン騎士団、従士長リース・ルーツ(女・斥候・弓)
アーデン騎士団、従士ゲランド・アムガ(男・ポーター・地図)
帝国騎士団、従士サージェ・ウイスコン(男・ポーター)
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