051_緊急御前会議
「軍務大臣。ハマネスクについて報告を」
水を向けられた軍務大臣は、大きな体をわずかに皇帝のほうに向け一礼する。
「これまで四度の海戦が行われましたが、どれも決定的なものではありません」
俺も聞いていた話から入った軍務大臣は、四度の海戦の詳細を報告していく。
「第一艦隊と第三艦隊は多少の被害はあるものの健在であり、五回目の海戦に向けて今日明日にも出航するところにございます」
「次は勝てるとよろしいが」
財務大臣が冷や水を浴びせた。財務省はハマネスクとファイマンの二カ所で反乱が発生し、そのための軍費を工面しなければならない。さらに、反乱のあった土地の税収が減ることが見込まれるため、他の部署よりも危機感を持っているのだろう。
「
皇帝の許可が下り、ズーロ上級大将が立ち上がった。海軍の軍人は陸軍に比べて屈強で有名なのだが、ズーロ上級大将は白髪で小柄な人物だ。
「では、此度の作戦について説明いたします。ピサロ提督率いる第一艦隊が西からハマネスクに侵入し敵と戦っている間に、皇太子殿下率いる第三艦隊が東よりハマネスクに接岸上陸いたします」
二正面作戦。否、第一艦隊を囮にして、ハナネスク本土を強襲するというわけだな。言っては悪いが、平凡な作戦だ。そもそも、そんなことはもっと早い段階でやるべきだろう。
―――ちょっと待てよ。
そうか! なるほど、分かったぞ。
この作戦は皇太子が第三艦隊だけを指揮することで、第一艦隊のピサロ提督をフリーにするための作戦か。
そうすれば、第一艦隊は皇太子から離れて好きにやれる。これは、本土強襲作戦で敵を駆逐するのではなく、艦隊戦で圧倒的な勝利を得るための作戦か。
軍部も皇太子の指揮がダメダメとは言えないので、皇太子に花を持たせるように見える作戦を立案したんだな。軍部も苦労しているな。
白髪頭のズーロ上級大将と他の将帥たちの苦労が見えるようだ。
「ハマネスク本土を確保しましたら、ハマネスクを拠点にし、ファイマンへ艦隊を送ります。今回の第一艦隊と第三艦隊は、そのままハマネスクに配置します。その上で派遣する艦隊は四個艦隊になるように、調整しております」
ズーロ上級大将がハマネスクを確保した後に、ファイマンに艦隊を送ると説明したところで、話を切った。
「ファイマン攻略については、陸軍のボードン上級大将より説明させていただきます」
ボードン上級大将はめちゃくちゃデカい。それに、顔に派手な傷痕がある。このボードン上級大将の噂は俺も聞いたことあるが、体中に傷痕があって本当かどうか知らないが、モンスターを素手で殴り殺したことがあるらしい。
まあ、俺も弱いモンスターなら殴り殺す自信はあるがな。
「ハマネスクを確保しましたら、一個連隊を送り込む手配になっております。一個連隊が橋頭保を確保しましたら、二個師団を送り込む予定であります」
こうなってくるとハマネスクの反乱鎮圧は、絶対にしなければならない。
そうでなくてはファイマンの対応ができないと、二人の上級大将が言っているのだ。
「ハマネスクを拠点にする案は構わぬが、それは今回の作戦によってハマネスクの反乱を鎮圧することが前提になっている。失礼は承知で申すが、もしも皇太子殿下が失敗されたら、ファイマンは放置ということかな?」
法務大臣か。なかなか厳しい発言だが、それは当然の懸念なので、俺も援護射撃しておくか。
「余もその点について聞きたい。ハマネスクのことが、もし失敗したらどうするのか?」
珍しく俺が発言したので、皆が驚いてる。
だが、そんなことはどうでもいい。今はファイマンへの対策について、ハマネスクありきなのか、他の案があるのかを確認する時間だ。
「はっ、お答えいたします」
俺の質問に、元々背筋に棒でも入っているんじゃないかと思えるほどシャキッとしていた背筋をさらに伸ばしたボードン上級大将が、淀みなく答える。
「仮にハマネスクが確保できなかった場合は、サルマンを拠点にいたします。ただ、サルマンの港は規模がそれほど大きくないため、港の拡張工事が必要になりますので、できればハマネスクを使いたいところであります」
サルマンはハマネスクの北東、ファイマンの北にある島だ。帝国建国の頃から帝国領として存在する島なので、植民地でも属国でもない。
島の規模はハマネスクより小さく商用や漁業用の港はあるが、軍事港はない。そんな島だがファイマンに近い島なので、ここを拠点にすれば補給路は確保できるだろう。
「仮にサルマンの港を軍港として拡張した場合、どれほどの期間がかかると見ているのだ?」
「土属性の魔法を使える魔法使いを多く投入し、一カ月以内には対応できる見込みでご座います」
まあ、魔法を使えばそのくらいか。俺なら一、二日で拡張する自信があるけどな。
「一カ月で港の整備ができるのなら、ハマネスクに拘る必要はないのではないか」
「補給路の問題にございます。本土の補給拠点がパリマニスになりますので、どうしてもハマネスクのほうが都合がいいのでご座います」
この帝都からほぼ真南にある港湾都市がパリマニスだが、そのパリマニスからだとハマネスクは目と鼻の先だ。対してパリマニスからサルマンはそれなりに遠い。
「たしか、ドローリスならサルマンに近かったと思うが?」
ドローリスは帝都から東にある港湾都市だ。そこも軍事拠点があるから、補給拠点にしてもいいはずだ。
しかも、貿易の中継地なので、物資も集まりやすい。
「規模の問題でご座います。ドローリスよりもパリマニスのほうが、拠点として大きく使いやすいのでご座います」
「ふふふ。ものは言いようだな。余には選択肢を狭めるための言いわけにしか聞こえぬぞ」
「殿下。ボードン上級大将の作戦は順当なものと、某は考えております」
「軍務大臣か。別に責めているわけでも、なんでもないのだ。ただ、なぜ選択肢を狭めるのかと、疑問に思っただけだ」
「最善の選択をしているだけにございます」
「そうか。まあ、軍務大臣がそこまで言うのであれば、そうなのだろう。その選択が最善であるとよいな」
これ以上言うと、ボードン上級大将を虐めているように思われるので、この辺にしておくか。
皇太子がハマネスクを抑えてしまえば、彼らの言うことは問題ないのだから。そう、ハマネスクを抑えられればな。
その後、ハマネスクを拠点にする案が承認された。
「時に、ゼノキアよ」
これで終わりかと思ったが、皇帝に名を呼ばれた。
「迷宮はどうか?」
「明日、迷宮に入ります。これで一定の成果が出せればと考えております」
「ふむ。騎士団のほうはどうか?」
「はっ、二割ほどの者が退団しております。その全てが貴族家の出身というのが、残念でなりません」
俺が騎士団長になって退団した騎士団員は、全員が貴族家の出身だった。
前騎士団長が訓練を温くしたのも、こういった貴族の次男以下を受け入れるためだった。
あいつ、貴族たちからかなりの袖の下をもらっていたようだ。まったく、碌な奴じゃねぇ。
「騎士団の再建の見通しはどうか?」
「現在残っている者は、厳しい訓練にも弱音を吐かずがんばっております。質はかなり上がっていると思っていただいて構いません。ただし、情けないことですが二割も辞めたため、近々入団試験を行う予定にご座います」
「ふむ。その入団試験というのは、どのようなものなのだ?」
「貴族、平民の貴賤を問わず、厳しい訓練についていける者を選定いたします」
「それでは騎士の矜持を持たぬ者が、入団するのではないか?」
「その点につきましては、最終的に某と幹部によって面接を行い、騎士の素質を見極める所存にご座います」
「それでいい」
そう言うと皇帝は立ち上がって、会議室を出ていった。
報告書と改善計画書を出しているので、迷宮のことも入団試験のことも、皇帝は知っているはずなんだよな。ここで聞かなくてもいいのだが、わざわざ聞いたのはなんでだと勘ぐってしまう。
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