050_ミューレと緊急招集
帝城内の俺の屋敷の庭にて、色白の少女と向かい合って座っている。
彼女はミューレ・ガルアミス。一歳年上で、俺の婚約者になる少女だ。
ストレートの瑠璃色の髪を腰上まで伸ばしていて、白を基調としたドレスにとても映える。顔は可愛らしく、将来はきっと美人になるだろう。
彼女は今日のために、一生懸命お洒落をしてきたんだと思う。
そのエメラルドグリーンの瞳と同じ色のイヤリングが、日の光を浴びて輝いている。
「余は、身に覚えがないのだが、なぜか命を狙われている。余の妻になるということは、下手をすればミューレも狙われることになる」
「はい」
こんな話をするとかなり引かれると思うのだが、彼女はまっすぐ俺を見つめて言葉少なく返事をした。
実を言うと、一カ月後に婚約発表を控えているのだが、ミューレに会うのは今日が初めてだ。
「見ての通り、この屋敷は帝城内にあるものの中で一番小さい。ミューレには不満かもしれないが、余はこの屋敷が気に入っている」
「屋敷の大きさが、人の価値を決めるわけではありませんわ、殿下」
彼女のその言葉に、俺は思わず目を見開いてしまった。貴族の子女がそんなことを言うなんて、驚きだったからだ。
この時、彼女を見る目が変わった。彼女は俺と価値観を共有できる。そう思ったのだ。
「ミューレは余と考え方が似ているな。好ましく思うぞ」
ミューレは手を口に当て、うふふと笑った。
その所作がとても洗練されていて、女神のような神々しさを感じてしまった俺は、不覚にも見とれてしまった。
「ご歓談中、失礼します」
不意に声がかけられ、その声の主を見るとサキノだった。
カルミナ子爵夫人やメイドたちが周囲を固めていて、無粋なサキノに怪訝な視線を送っている。
「サキノか。なんだ?」
「皇帝陛下が、緊急招集を行われました」
「緊急招集だと……?」
定期的に行われる通常の御前会議、臨時で行われる臨時御前会議、そして今回の緊急御前会議がある。
通常の御前会議は毎月決まった日時に開催されることが決まっているが、臨時御前会議は事前に開催日時が通達される。そして、緊急御前会議は事前連絡なく呼び出されるものだ。
今回の緊急招集は、非常事態が発生したことを意味するもので、直ちに対策が話し合われるというものになる。
「分かった」
サキノに短く応え、ミューレを見る。
しかし、皇帝も間の悪いことだ。今日、俺がミューレと初めて会うということくらい、知っていただろうに。
「緊急招集とあらば、いかないわけにはいかぬ。申しわけないが、お茶会はまたの機会に」
「いえ、殿下がお忙しい身なのは、聞き及んでおります。わたくしのことは、お気になさらないように」
「すまぬ。この埋め合わせは、必ずする」
「はい。お待ちしておりますわ」
「カルミナ子爵夫人。あとのことは、頼んだ」
「承知しました」
俺は席を立って、屋敷で着替えてから会議室に向かった。
緊急招集でも御前会議なのだから、他の親王や大臣も呼ばれているだろう。だから、御前会議用の会議室を使うと思っていた。
「ゼノキア様。第一会議室ではなく、第二会議室にとのことです」
サキノにそう言われ、第二会議室に向かう。
第一会議室は御前会議が毎月行われる部屋だが、今回は緊急招集ということもあって発生した問題に詳しい者たちも集められたようだ。
つまり、親王と大臣、そして発言権のない政務官の他に、専門家がいるということだ。
そのために第一会議室よりも大きな第二会議室が、用意されたのだろう。
「緊急だから軍事関連であろう。反乱が発生したか、外国が攻め込んできたか、どこかに迷宮ができたか、それとも……ハマネスクの皇太子に何かあったか?」
迷宮の場合、管轄は騎士団になるので、俺の耳に情報が入ってこないのはおかしい。だから、迷宮関連ではないと思う。
だったら新しい反乱が起きたか、皇太子に何かあったかのどちらかだと思う。
さて、どんな内容なのか?
俺が部屋に入ると一人を除いて全員が立ち上がり、俺の着席を待つ。
座っている一人はザックだ。俺と同等の親王なので席を立つ必要はない。だが、大臣や政務官などは親王の俺に敬意を払うために立ち上がるのだ。
部屋の中を軽く見渡すと、末席に軍服を着た軍人たちがいた。軍事関連の緊急事態が発生したのは間違いない。
俺の席は皇帝にもっとも近い場所で、ザックの反対側になる。皇帝から見たら右側だ。もっとも、皇帝の左右には丞相が座るので、一番近いのは二人の丞相なのだが。
大臣の数がやや少ない。政務官の空席もある。
緊急招集の場合、帝城内にいない大臣や政務官は出席できなくても、皇帝に対して不敬には当たらない。
また、親王が俺とザックの二人なのは、パウワスとカムランジュの二人が王に封じられた後、第八皇子のゾドロスとアジャミナス・オットーが親王宣下を受けていないからだ。親王になる予定の者でも、親王ではないのでこの場には呼ばれない。
さて、軍服組みを見ると、海軍の軍服が多いように見える。これは、皇太子絡みの案件の可能性が高いな。
そんなことを考えていると、皇帝が入ってきた。俺たちは全員立ち上がって皇帝を迎える。
「楽にされませ」
右丞相がそう言うと、俺たちは着席する。
皇帝の顔をチラッと見たが、いつもの表情だった。表情では何があったか分からない。
「緊急招集を行ったのは、余の儀ではない」
珍しく皇帝が言葉を発した。慣例にないことで、大臣や政務官、そして軍人たちも驚いている。
「ハマネスクの乱がファイマンにも飛び火した」
これには俺も驚いた。
ファイマンは海の向こうの大陸にある土地で、帝国の植民地だ。ハマネスクも植民地だが、ハマネスクとファイマンとでは、ファイマンのほうが数倍の規模だ。下手をすると十倍くらいかもしれない。
そのファイマンが帝国に反旗を翻したか。まったく、弱り目に祟り目というのはこのことだな。
「国土監視大臣。説明せよ」
「はっ」
植民地の監視は国土監視省の管轄だ。しかし、管理は
つまり、管理と監視する部署が違うのだ。附庸局の役人が植民地の総督として赴任するため、総督が好き勝手しないように監視するのが国土監視省になる。もちろん、その土地についても監視するが。
御前会議は本来は大臣と親王しか出席しない。だが、例外があって、それが局長だ。局は省の下部組織になるが、局長は準大臣扱いされている。そのため、局長は御前会議に出席することが許されていて、発言権も持っている。
ただし、局長が自主的に発言することはない。それが御前会議の慣例だ。
「ファイマンの総督府が焼き討ちされ、ファイマン全域に反乱の機運が高まっております」
国土監視大臣は監視する側なので、反乱が起きても腹は痛まない。
だが、附庸局長はそうはいかない。ハマネスクに続いてファイマンまで反乱の目を潰すことができなかった。これはその地を治める総督の不手際だ。
七十近い老人が附庸局長なのだが、青い顔をして冷や汗をダラダラと流している。
国土監視大臣の報告次第では、附庸局長の首が物理的に飛ぶことになるのだから気が気ではないだろう。
「今回の反乱は総督の圧政が引き金になっております。これまでにも、何度か反乱の兆候がありましたが、有効な対策が打てずに手をこまねいていたのが原因でしょう」
あー、附庸局長の首が飛んだな。
ハマネスクは帝国本土とファイマンの間に浮かぶ島国だ。つまり、ファイマンの目と鼻の先でハマネスクの反乱が起きているのに、植民地の敵意を解消しようとしなかったのはマズい。
有効な対策が打てなかったのは総督の失政であり、それは附庸局長の失敗になる。
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