049_敵意
ソーサーを訓練に戻し、俺は訓練場の隅に陣取った。
走り疲れた騎士が一人、また一人と倒れていくのを見ながら精神を集中させる。
「清浄なるなる光の大神よ、我は魔を追い求める者なり、我は光を求める者なり、我は光を操る者なり、我は光を内に秘めし者なり、我が魔を捧げ奉る。我が求めるは敵意を見破る光の大神の瞳なり。我に力を与えたまえ。マリスシー」
伝説級魔法に無詠唱などできない。もっとも、下級魔法でもまだ無詠唱は成功していないんだが。
無詠唱はかなり難しいため、時間をかけて訓練していくことにした。
マリスシーというのは悪意を見る魔法だ。光属性の伝説級魔法で、成功したかどうかは、悪意を持った者が目の前にいないと分からない。
だから、こんな厳しい訓練を課した俺を恨んでいる者がいるであろう、この訓練場にやってきた。目の前には数百名の騎士が、歯を食いしばり目を吊り上げながら、あるいは虚ろな目をして走っている。
魔力が動いたので発動したと思われるマリスシーだが、視界に変化はない。
失敗してしまったのかと、首を傾げる。伝説級ともなると、簡単にはいかないようだ。
「清浄なるなる光の大神よ、我は魔を追い求める者なり、我は光を求める者なり、我は光を操る者なり、我は光を内に秘めし者なり、我が魔を捧げ奉る。我が求めるは敵意を見破る光の大神の瞳なり。我に力を与えたまえ。マリスシー」
魔力は動いている。だが、発動しない。
「清浄なるなる光の大神よ、我は魔を追い求める者なり、我は光を求める者なり、我は光を操る者なり、我は光を内に秘めし者なり、我が魔を捧げ奉る。我が求めるは敵意を見破る光の大神の瞳なり。我に力を与えたまえ。マリスシー」
前の二回と同じだ。魔力が動くだけで、発動しない。
それからもマリスシーの詠唱を何度も行ったが、いずれも視界に変化はない。おかしい。魔力が動いているのだから発動するはずなんだ。
俺は腕を組み、首を捻り、どうして発動しないのか考える。
魔法は詠唱することでイメージを固め、詠唱することで神の力を具現化する。そして、詠唱が成功し神の力を行使することができたら、魔力が動き消費されるのだ。
今回、魔力は動いていて消費されている感覚があるので、詠唱は成功しているはずなんだ。なのに、視界に変化が見られない。これはどういうことなんだ?
「まさか、魔導書の記載内容に間違いがあり、本当は敵意を見るものではないのか?」
思わず声が漏れてしまう。
そこでふとある考えが頭の中を横切った。
「おいおい……。お前たち、俺に敵意を持ってないのか? いや、敵意が俺に向いていないのか?」
考えてみたら、俺に対して敵意を持っていても、それを俺に向けていなければ見えないのではないだろうか?
精神的に追い込まれている騎士たちは、俺に敵意を向ける余裕が……ない?
「これは盲点だったな。そうすると……そうだ、あいつがいた」
屋敷に戻ると、すぐにその人物を呼び出した。
「お久しぶりにございます。殿下」
「元気そうだな、法務大臣」
そう、俺を最低でも二度は殺そうとして、刺客を送ってきた法務大臣だ。こいつなら俺に敵意を持っているだろうと、事前に詠唱を済ませておいたのだが、どういうわけか敵意が見えない。
「………」
「どうかなされましたか?」
「いや、なんでもない。それよりも、迷宮探索中にモンスターの大群に襲われたのだが、法務大臣はどう思う?」
法務大臣はやや困惑した表情を見せた。
少し揺さぶれば敵意を見せると思ったのだが、見えない。
なぜ見えないだろうか? 魔法は本当に発動していないのか?
「某は迷宮にそれほど詳しくありませんが、迷宮であればモンスターが大群で襲ってくることがあると聞いたことがあります。もっとも、魔法の天才であられる殿下であれば、問題なく対処されると存じますが」
最後はにこりとほほ笑み、俺をよいしょするのを忘れない。
こいつ、なんで敵意がないんだ?
「ところで、オットー官房長とはどうだ? 上手くやっているか?」
先日、皇帝より新しく親王に指名されたアジャミナス・オットーの父は、法務官房長のオットー侯爵だ。俺の姉(皇帝の娘)が侯爵家に嫁いでいて、その息子がアジャミナス・オットーなのだ。
法務大臣にとっては自分の地位を脅かす存在だ。下手をすれば、最近の敵意はオットー侯爵かアジャミナスに向いているのかもしれない。
「正直申しまして、面白くはありません」
「ほう、お前にしては珍しいことを口にしたな」
「これは失礼しました」
失礼したと言いながら、そんな素振りは微塵も見せない。
そして、敵意も見せない。もっとも、オットー侯爵かアジャミナスに敵意が向いているのであれば、俺に対してのものではないので見えないのも当然なんだが。この魔法の使いづらいところは、魔法行使者に対する敵意しか分からないところだ。これで伝説級なのだから、それだけ人の心を見るのは難しいということだろう。
「で、何が面白くないんだ?」
興味がないと言えば、嘘になる。だから、聞いてみた。
「法務省は裁判を所管しているのは、殿下もご存じかと思います」
「もちろん知っているな」
「裁判も殺人や誘拐などの重罪から、わずかな金銭や物の窃盗まで幅広く行われております」
罪の重さに関係なく有罪無罪の判断を行い、有罪であれば刑罰を決めるために裁判は行われる。
「刑法も重罪から微罪まで多岐に渡ってありますので、それぞれ専門の分野があるのです」
法の専門家でも、全ての法を完璧に覚えるのは至難の業だ。
帝国の法典は細かい文字がびっしりと記載されていて、全部で五千ページ以上ある。そのため、法典は十冊に分かれて監修されているのだが、その中の一冊が帝国で最も分厚い本として有名だ。
しかも、過去の判例から刑期を決めたりしているので、法典を覚えているだけではダメなのだ。それほどに膨大な知識が必要になるのだから、素人の出る幕はない分野である。
「大きな声では言えませんが、それぞれの専門分野によって派閥が分かれているのです」
法務大臣を調べた時に知ったが、法務省の派閥は三つあるはずだ。その三つの派閥で大臣、政務官、官房長の三職を分け合っている。
今までは目の前にいるドルフォン侯爵が、親王のザックに近いことがあってほんの少しだけ抜けていたが、三つの派閥の力関係はほぼ拮抗していて、いい意味でバランスがとれていた。
だが、アジャミナスが親王になったことで、その派閥の力関係に変化があったということだな。
「これまで某に媚びへつらっていた者が、官房長に尻尾を振っております。これまで、可愛がってやった恩を忘れ、掌を返した者が何名もおります」
その理由を考えるのは、それほど難しくないと思った。
官房長の場合、息子が法典を諳んじるほどなので、親王大臣になる可能性がある。
親王大臣というのは、読んで字のごとくである。親王でありながら大臣でもあるということだ。
つまり、アジャミナスが法務大臣の職に就く可能性は十分にある。皇太子も宮内大臣であるし、俺も大臣ではないが騎士団長だ。
もちろん、親王がなんでもかんでも大臣になれるとは限らないが、アジャミナスの場合は法典を諳んじるほどなので、法務大臣になる可能性は十分にあるだろう。
そうなると今の法務大臣であるドルフォンは、勇退させられるか副大臣になるわけだ。
ドルフォンはすでに法務大臣の座に八年も居座っている。それだけ長くやっていれば、勇退するのが筋だ。
「ザック兄上を法務大臣にするのは……難しいな」
「はい。ザック殿下はあまり法典に詳しくありませんので……。それに、某はゼノキア殿下のために働くと決めましたゆえ」
本当に口が上手いな。
だが、法務大臣が俺のところに出入りしているというのは、帝城内や貴族の間では噂になっていると聞く。
多分、俺とザックを両天秤にかけているんだと思うが、もしかしたらザックと二人で何かしらの策を立てているのかもしれない。
たとえば、俺を追い落とす何かを掴もうとか……。
「お前にとっては向かい風というわけだ。だが、何か考えているんじゃないのか?」
法務省で長く権勢を誇っていたのだ。簡単に退くとは思えない。
「そこでゼノキア殿下にございます」
「余がどうした?」
「ゼノキア殿下が迷宮魔人を倒され、アルゴン迷宮を安定させれば親王の中で飛びぬけた実績になります」
「皇太子がハマネスクの乱を収めれば、余以上の功績となろう」
「しかし、皇太子殿下がハマネスクの乱を収められましょうか?」
それに関してはなんとも言えないな。
ピサロ提督に全て任せておけば勝てると思うが、皇太子が口を出さずにおられるだろうか? 無理だと思う。
「ピサロ提督がついているのだから、何とかなるんじゃないか?」
などと心にもないことを答える。
「ゼノキア殿下がそのように考えておられるとは、とても思えませんが?」
「ふっ。どうとでも思っていろ」
「はい。思わせてもらいます」
こいつは本当に喰えない奴だな。
「殿下が迷宮魔人さえ倒してくだされば、仮にアジャミナス様が親王大臣になって、某が大臣職を退いたとしても、いくらでもやり様はご座います」
そうか……。法務大臣にとって俺は生命線なんだ。
俺が法務大臣の後ろ盾になっているのだから、俺が死んではこいつも窮地に陥る。つまり、今の法務大臣は俺に生きていてもらい、権力の最高峰に上り詰めて欲しいのだ。
つまり、シークマンに俺を殺させようとしたのは、法務大臣ではない。
なら、誰が俺を狙った?
ミネルバ・ケルンか? ガルミア・バーラスか? それとももっと別の誰かなのか?
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