038_勅令(一)

 


 帝国暦五六一年三月二十日、俺は九歳の誕生日を迎えた。

 このフォンケルメ帝国では、九歳の誕生日を祝う慣例はない。にも拘わらず、俺の屋敷には諸侯からのお祝いの品々が続々と届けられている。


「ゼノキア殿下におかれましては、九歳の誕生日を無事にお迎えできたこと、非常にめでたく、お祝い申しあげます」


 どの口が言っているのだろうか。この野郎、いけしゃあしゃあと俺の前に顔出すとは、相当面の皮が厚いとみえる。


「法務大臣が余に祝いを言うとは、珍しいこともあったものだ」


 そう、今、俺の目の前にいるのは、俺を殺そうとして刺客を送りこんできた法務大臣だ。


「何を仰いますか、某は殿下の聡明さに惚れ込んでいるのです。殿下さえお嫌でなければ、これからも顔を出させていただきますぞ!」


 本当にどの口が言っているのか?


「ふむ。法務大臣は余と誼を通じたいと言うのだな?」

「誼などと、滅相もございません。ただ、これからもこのアムレッツァ・ドルフォンをお引き立ていただければと、そう思っている次第にございます」

「ふむ……。そなたは、余のために働くというのか?」

「殿下の偉業のほんの一部を某にお手伝いさせていただければ、これ幸いにございます」


 本気なのか? 本気ならすごい手の平返しだな。

 そして本気でなければ、俺の懐に潜り込んでどうする気だ? 法務大臣自身が俺を暗殺しにきたのか?

 法務大臣自身が俺を暗殺してなんの得がある? 俺を暗殺した法務大臣は死刑どころか、一族郎党皆処刑されるだろうし、第四皇子が帝位に就くこともできなくなるはずだ。

 本末転倒だろ? うーん、この野郎の意図を測りかねる……。


「分かった。法務大臣には余のために働いてもらおう」

「ありがとうございます」


 貴族らしい綺麗な礼をしやがる。


「ただし、余は能力主義だ。能力のない者を要職に就けることはない。励むことだ」

「承知しております」


 本当に分かっているのだろうか? そして、こいつの意図は本当になんなのだ?


 ▽▽▽


 法務大臣と話をした数日後、臨時御前会議が召集された。おそらく皇太子のハマネスク鎮圧の件だろう。

 各親王と各大臣が勢ぞろいして皇帝を待っていると、左右丞相を引き連れて皇帝が入ってきた。

 俺たちは椅子から立ち上がり皇帝に頭を下げた。

 皇帝が椅子に腰かけると俺たちも椅子に腰かけて、臨時御前会議の開催の言葉を待つ。


「これより、臨時御前会議を開催します。さて、本日の議題は―――」


 右丞相が開催を宣言し、議題の説明に入った。


「帝都周辺に現れた迷宮の件にござる」


 集まった諸侯がざわめいた。

 俺同様、ハマネスクと皇太子の件だと思っていたんだろう。

 しかし、迷宮のことかよ……。


 帝都の北側に広がるアルゴン草原に突如現れた迷宮はかなり深く、まだ迷宮魔人を討伐できていないと報告を受けている。

 迷宮の入り口付近は、騎士団の駐屯地や探索者ギルドの支部ができていると聞く。


「その他に―――」


 まだ何かあるのか? ハマネスクの件か?


「新しき親王殿下について、陛下よりお言葉があります」


 先ほどの迷宮と聞いた時の比ではないほど騒然となる。

 まさかこの時期に新親王の発表があるとは思ってもいなかった。てか、誰が王に封じられるんだ? まさか皇太子ではないよな?


「陛下のご前にござれば、静粛に」


 左丞相が促して、やっと静かになる。


「まずは迷宮の話でございます。また、迷宮のことゆえ、今回は陛下より特別に騎士団長の出席の許可を得ております」


 騎士団長は皇帝の直属だが、その地位は大臣より一段下がる。

 御前会議に出席するのは親王と大臣だけなので、騎士団長が御前会議に出席することはない。

 ただし、右丞相が言ったように、特別に皇帝が許せば出席できる。


「聞き及んでいる方もいると思いますが、アルゴン迷宮では多くの被害が出ております」


 アルゴン平原にできた迷宮なので、アルゴン迷宮と呼称されている。

 そのアルゴン迷宮で騎士団員が40人以上犠牲になり、それ以外にも多くの怪我人がでていると聞いている。

 帝城内では、ハマネスクとアルゴン迷宮の話題が出ない日がないほどだ。


「その件について、騎士団長より報告してもらいます」


 大きな体を縮こまらせ、騎士団長はアルゴン迷宮と騎士団の被害状況を報告する。

 騎士団長が哀愁漂う表情で報告するのには、先ほども言ったように40人以上の被害が出ているからだ。

 日頃、迷宮魔人討伐のエキスパートと豪語する騎士団が、できてすぐのアルゴン迷宮を攻略できない。

 騎士団員や騎士団長にとって屈辱なことなのだ。


「騎士団長に聞く。アルゴン迷宮はそれほど深いのか?」


 ハイマン国土監視大臣が騎士団長に聞く深さというのは、迷宮の規模のことだ。

 迷宮魔人を討伐しないと、歳月に比例して迷宮が深くなるのだ。


「いまだ迷宮魔人は発見できておりませぬゆえ、深いかどうかさえ分かっておりませぬ」


 なんとも頼りない発言だ。そう思った大臣は多いようで、騎士団長に対する風当たりは強い。


「今後の対応を聞きたい。まさか、無策というわけではあるまいな?」


 フォームズ軍務大臣が呆れ顔で訪ねた。その気持ち、よく分かるぞ。


「探索者ギルドに、優秀な探索者を集めてもらっております」


 他力本願か。この騎士団長は、その職務の重要性を理解しているのだろうか?


「話にならぬぞ、騎士団長」


 カマネスク財務大臣が首を振り、吐き捨てるように言った。


「騎士団は国内の治安維持が主な職務である。その中には迷宮魔人の討伐も含まれているのは誰もが知ることだ。迷宮魔人を討伐した後、探索者ギルドのような外部の組織に、迷宮の管理を任せるならまだしも、迷宮魔人を倒すを目的として探索者ギルドを使うなど、職務怠慢以外の何ものでもないぞ」


 財務大臣はかなり憤っているようだ。

 現在の帝国は、ハマネスクの紛争を抱えている。それ以外にも数カ所に軍を派遣しているし、騎士団が抱える迷宮魔人討伐ができていない迷宮も、アルゴン迷宮だけではない。

 軍事行動を維持するには、金が必要だ。その財源を管理する財務大臣としては早く迷宮魔人を討伐して、探索者ギルドに運営を任せたいところだ。

 対人の話は簡単ではなく、一度紛争が収まっても再燃することはある。しかし、迷宮は迷宮魔人さえ倒してしまえば、安定した財源になる。そういう意味でも、早く迷宮魔人を討伐してほしいのだろう。


 喧々囂々ではないが、概ね騎士団長を糾弾する声で会議室は白熱した。

 そこで左丞相が「陛下のお言葉である」と発したので、静寂が訪れ全員の視線が皇帝に向く。


「ゼノキアに問う。そなたの魔法は迷宮内でも使えるか?」


 む、俺だと?

 これまで誰も俺の名前は出してないし、俺はひと言も発していない。それなのに、俺の名前を呼ぶかよ。


 

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