039_勅令(二)

 


「お答えします。余はこれまで迷宮に入ったことがございませんゆえ、なんとも申しあげられません」


 この時代の迷宮に入ったことないので、これが正直な答えだ。

 まあ、前世より魔法の才能は高いので、問題ないと思うけどな。


「一度、迷宮に入らせていただければ、回答もできましょう」

「そうであるか」


 迷宮というのは、それぞれに個性がある。

 罠が非常に極悪な迷宮もあるし、まさに迷路のようにいく手を阻む作りのものもある。


「ならば、迷宮を探索してみるがよい」

「承知しました」


 これは勅許ではなく、勅令として発せられることになった。

 久しぶりの迷宮に、血が滾るぜ。


 臨時御前会議はまだ続く。


「アルゴン迷宮については、ゼノキア殿下による探索を行い、その結果により今後の方針を定めることにします」


 迷宮については、俺次第と右丞相が締めくくる。


「続いて新親王について陛下よりお言葉をいただきます」


 新親王の話は各大臣も初耳なのか、興味津々といった表情だ。


「朕も色々考えたが―――」


 皇帝が口火を切った。


「親王の若返りを行うべきであろう」


 若返りとなると、対象は皇帝の叔父であるパウワスか、弟のカムランジュ辺りになるだろう。

 第四皇子ザックがホッとした表情をした。王に封じられるんじゃないかと、冷や冷やだったんだろうな。

 もう一人、法務大臣のほうを見ると、奴は無表情を貫いている。さすがは海千山千の者だ。


「パウワスよ」

「はっ」

「そなたをゼグール王に封じる」


 パウワスが王に封じられたか。まあ、順当と言えば順当だ。


「カムランジュよ」

「はい」


 む? カムランジュの名を呼んだだと?


「そなたをフェリス王に封じる」


 なんと二人とも王に封じられてしまった。

 俺の記憶が確かなら、一度に二人の親王が王に封じられるようなことは、皇帝の代替わり時以外にはない。

 皇帝が変わった時に、新皇帝の子供を親王に据える目的で親王を総入れ替えすることはある。だが、こんな何もない時に二人も入れ替えるなど、珍事だろう。

 大臣たちもかなり驚いているようなので、左右丞相以外は聞かされていなかったのかもしれないな。


「第八皇子ゾドロスを新たな親王にする」


 ゾドロスは俺よりも八歳年上なので、成人として認められている年齢だ。

 剣の腕はかなりのもので、体もかなり大きい。騎士に混じってかなり厳しい訓練をしていると聞いている。ただし、最近の騎士団の訓練は厳しさが足りないのではと、俺は思っているが。


 まあ、新親王と言えば、ゾドロスの名が上がるのは予想できた。

 第一、第五、第九皇子はすでに他界しているし、第二皇子は王に封じられている。

 残っている皇子は第六、第七、第八、第十で後は俺よりも年下になる。ただし、第十皇子は俺と同じ九歳なので、今回は除外される可能性が高い。

 また、第六皇子はエストリア教の名誉大司教だから、親王にはしないだろう。帝国内でもそうだが、皇室でもエストリア教の影響力が大きくなるのは、皇帝も避けたいところのはずだ。

 そうすると残っているのは第七皇子になるが、こいつは素行が悪いことで有名だ。俺は第七皇子とあまり顔を合わせたことがないので分からないが、母親が子爵出身なので親王にはなれないと思っているのか、かなり好き勝ってやっているらしい。


「もう一人の新親王は、アジャミナス・オットーである」


 ザワリ。

 そうきたか。


「恐れながら、質問をよろしいでしょうか」


 法務大臣が顔色を変えた。あいつでも、こんなに焦ることがあるのかというくらい、焦っている。


「何か」

「オットーと仰いますと、オットー侯爵家にございますか?」


 アジャミナスはオットー侯爵家の嫡子である。なぜ侯爵家の者が親王になれるのかというと、アジャミナスが皇帝の第二皇女の息子、つまり外孫だからだ。

 皇帝の血筋なのは間違いないが、そのていどで法務大臣が焦ることはない。じゃあ、なぜ法務大臣が焦っているかというと、オットー侯爵家は法務系官僚の家だからだ。

 今は当主が官房長をしていて、法務大臣にとっては目の上のたんこぶだ。簡単に言うと政敵という奴だな。

 従姉甥が親王である法務大臣(法務省トップ)と、息子が親王の官房長(法務省ナンバースリー)、これから法務省は大きな派閥争いがあるかもしれないな。


「そうだ、ゲルバルド・オットーの子である」


 答えた皇帝に頭を下げた法務大臣は、苦虫を嚙み潰したような表情だ。

 皇帝の意図がどの辺りにあるのか? 最近、俺にすり寄り始めた法務大臣の動きを牽制でもしたのか? それとも第四皇子に何かあるのか? さすがに意図を測りかねる。

 しかし、法務大臣にとっては逆風になったのは言うまでもないだろう。もっとも、したたかな法務大臣が、これで落ちぶれていくとは思えないが。


 臨時御前会議が終わると、俺は騎士団長に声をかけた。

 別に気を落とすなとか、そんなことを言うつもりはない。


「これまでに分かっていることを、まとめて報告書にして持ってこい」

「承知……いたしました」


 この騎士団長は俺が武装勢力に襲われた時、何も分からないと報告してきた。本当に分からなかった可能性もあるが、何かを隠していた気がする。

 こいつが俺を殺そうとした奴(もしくは奴ら)を庇うと言うのであれば、それもいいだろう。しかし、騎士団長の職務には、皇族を守ることが含まれている。それを放棄した奴に、将来はない。


 さて、騎士団長がどれだけアルゴン迷宮のことを把握しているのか、その報告書を見れば分かるだろう。

 こいつが騎士団長として、どれだけ優秀かそれで分かる。


 会議室を出ると、待っていたサキノと目が合った。

 何も喋らず廊下を歩き、サキノと2人の騎士が俺の後についてくる。

 建物を出て馬車に乗り込む。帝城内は広いので、馬車で移動するのが一般的だ。


「パウワス殿とカムランジュ殿が王に封じられた」


 俺の屋敷に向かう道すがらサキノに語りかけた。


「二人同時にですか……。して、新しい親王は?」


 サキノは少し驚いたようだが、そこまで顔に出さない。


「ゾドロス兄上だ」

「順当ですな」


 言葉は少ないが、サキノの考えが詰まっている。

 俺と同じように、新親王に真っ先に名が挙がるのは、ゾドロスだと考えていたのだろう。


「それで、もう一人は」

「誰だと思う?」

「ゼノキア様が勿体ぶるということは、意外な人物なのでしょう……」


 俺のことをよく分かっているな。


「他の皇子で親王に相応しいお方は……。そうなると、オットー侯爵家のアジャミナス殿にございますか」

「よく分かったな」


 サキノの推理力に脱帽だ。


「アジャミナス殿の噂は聞き及んでおります。なんでも、十歳の頃には法典をそらんじたとか」


 法典とはこの帝国の法をまとめた、とても分厚い本のことだ。細かい文字がびっしりと書き込まれていて、俺は読む気にもならない。

 これが魔法書や魔導書なら、喜んで読んだんだけどな。


「陛下にとっては外孫にございますれば、親王になってもおかしくはないですが、それが法の申し子殿ですと法務大臣は面白くないでしょうな」


 十歳で法典を諳んじたため、アジャミナスは法の申し子と言われている。

 俺も魔法の天才などと言われているが、そういうのが世間は好きなのだ。


「おそらく、法務省はしばらくごたごたするだろうな」


 サキノが笑った。

 法務大臣が俺に刺客を送ったのは確かだ。だからサキノは法務大臣にいい感情を持っていない。

 最近は俺にすり寄ってきているが、それだってどんな思惑があってのことか分かったものではないからな。


「まあ、親王のことはどうでもいい」

「かなり重要なことだと存じますが?」

「そんなことより、アルゴン迷宮の探索をすることになった」

「ほう……。迷宮探索ですか」


 馬車を降りて屋敷に入る。屋敷妖精のメイゾンと使用人たちが迎えてくれた。

 執務室に入って椅子に座り、サキノを見た。


「騎士団長が迷宮の報告書を持ってくるが、準備を進める」

「同行者はお決まりですか?」

「サキノとソーサー、あとは騎士が十人だ。まずはアルゴン迷宮に出てくる異形のモノモンスターの強さを計る。その後、本格的に探索を行う」

「承知しました。人選を進め、ソーサーに準備するように伝えておきます」

「頼む」


 迷宮は迷宮魔人とモンスターがいるだけではない。

 場合によっては迷宮にしか育たない貴重な薬草などもあるのだ。

 そういったものを自分で回収できるチャンスだ。胸が高鳴るぜ。


 

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