037_皇帝の思惑
「で、殿下! お客様がおいでです」
エッダが俺の執務室に飛び込んできた。ノックもせずにえらい慌てようだ。
「客? 今日は来客の予定はなかったはずだが?」
「はい……。それが……」
エッダが言いよどむとは、相当なことなんだろう。
「すまぬが、邪魔するぞ」
「っ!?」
俺は椅子から立ち上がって机の前に進み出ると、膝をついた。
そう、俺の前に現れたのは皇帝である。くるならくると先触れしてほしい。心臓に悪いじゃないか。
「忍びである。堅苦しい挨拶はなしだ」
「はい、陛下」
皇帝は俺の執務室に置いてあるソファーに座ると、指で向かいのソファーをさした。
座れってことだ。まったく、何を考えているのやら……?
ソファーに座って皇帝を見据えた。
こうやってまじまじと見ると、本当に年齢より若く見えるな。
若返りの秘薬でも使っているんじゃないか? それとも何か秘訣でもあるのかな?
「皇太子がハマネスクに向かった」
「はい」
皇帝はエッダが出した紅茶に口をつけた。毒殺を気にしろよな。
「ゼノキアよ、正直に答えてほしい」
「はい」
「あれはハマネスクの乱を鎮めることができるか?」
そのために第一と第三艦隊を動かしたんだろ?
ハマネスクの反乱軍がどれほどの戦力か聞いていないが、二個艦隊を差し向けて鎮圧できないのなら、皇太子の無能さが浮き彫りに……なるよな?
「………」
「さすがのゼノキアも答えに窮するか」
答えに窮しているわけではなく、あんたがそれを聞きにきた理由を考えているんだよ。
「恐れながら……」
「なんだ?」
「陛下は皇太子に何をお望みで?」
「くくく、そうきたか。うむ、朕が皇太子に望むのは強くあってほしいということだ」
「強く……」
「そう、強くだ」
皇帝はまた紅茶を口にした。
このフォンケルメ帝国は武を重んじる。
大国の属国だった小国をこの大帝国へと押し上げたのは、ひとえに武力によってだ。
だからこの国の貴族は強くなければならない。皇帝もそれは同じである。
もちろん、文官がいなければ国は成り立たないので文官も大事だが、武官は尊敬を集めている。
「朕も若くはない。次の皇帝はそう遠くない時期に現れるだろう」
俺の目を真っすぐ見つめてくる。
「皇帝は強くなければならぬ。そして賢くなければならぬ」
フォンケルメ帝国という大きな国の要なのだから、強くて賢いほうがいいに決まっている。
「同時に清濁併せ呑む度量も必要だ」
当然だ。綺麗ごとだけで世の中が回るわけない。
「……なぜ、余にそれを?」
「ゼノキアよ、そなたは清濁併せ呑むことができるか?」
それを俺に聞くか!?
「必要であれば、併せ呑みましょう」
「うむ、それでよい」
皇帝はスッと立ち上がって、扉のほうに歩き出した。
俺も立ち上がったが、皇帝が手で制してきた。
「………」
皇帝はエッダが開けた扉を通って部屋から出ていった。
皇帝は皇太子が負けると思っているのだろうか?
戦に負けるということは多くの兵士を失うということだ。
皇太子はどうでもいいが、それは帝国にとってよいことではない……。
いや、待てよ……。そうか、帝国は一時的には弱体化するかもしれないが、帝国は広大な領地に裏付けされた生産力があるから、艦隊の再編成にかかる時間は大したことないだろう。
無能な皇太子は戦死か敗戦の責めを負って降格し、新しい皇太子が生まれる……。
そしてその新しい皇太子には強く賢い者をつける……か。
自分の子供である皇太子を切り捨てるつもりなんだな……。だが、今の皇子の中に強く賢い者はいるのか?
「強く、賢い……か?」
俺はソファーの背もたれに体を預けた。
皇帝は、俺を……いや、止めよう。
俺は皇帝になりたいわけじゃない。それに皇帝になったら、魔法の研究もできない。
▽▽▽
皇帝から呼び出されたので、皇帝の執務室に赴いた。
てか、さっき俺の屋敷にきたばかりじゃねぇか! 要件ならさっき言えよな!
「楽にせよ」
このくだりも毎回のことだ。
「ゼノキアの婚約が決まった」
そういえば、そんな話もあったな。皇帝に任せていたので忘れていたよ。
「婚約発表は来年。婚儀はゼノキアが十二歳になる年にしようと思っておる」
俺は八歳だから今すぐ結婚するわけではない。
「陛下に、お礼申し上げます」
「うむ、ゼノキアには今後も期待しておるぞ」
今後も? ふむ、含みがある言葉だ。
先ほどの訪問といい、皇帝は俺を皇太子にしようとしているのか?
そうだとしたら、また刺客や毒に気をつけないといけないな。
法務大臣あたりは、俺に皇帝になってもらっては困るだろうから、必死で俺を殺そうとしてくるだろう。
いや、待てよ……。法務大臣がそれで馬脚を露す可能性が高くなるな。ふむ、悪くないのか……?
俺が何を考え何を思おうとも、皇帝の意思が優先されるのが帝国だ。
これに関してはなるようになるだろう。
だが、自分の進むべき道を自分で決められないのは、情勢に流されるようで嫌だ。
だったら、そこに俺の意思を介在させられるように心がけよう。
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