036_ソーサーと三十人の愉快な部下たち

 


 調合室でゴリゴリと薬草を粉にしていたら、サキノがやってきた。


「殿下、マーリー・カンバスが亡くなったと報告がありました」

「……そうか、分かった」


 マーリー・カンバスは、エリーナを呪っていた人物だ。

 俺が呪いを解呪したことで、エリーナにかけられていた呪いを逆に受けてしまった人物である。

 彼女は自分の呪いで死んでしまったのだ。なんと愚かなことだろうか。


「自業自得ですな。しかし、カンバス侯爵が娘の死因について知ったら、殿下を逆恨みするやもしれませぬ。監視をさせます」

「任せる」


 サキノは一礼して調合室を出ていった。


 ゴリゴリ……。薬草を粉にする作業は意外と力がいる。

 薬草を粉にする時に気をつけるのは、粉の荒さだ。

 小麦粉のように細かくするのがいい薬草もあるが、薬草によっては荒く挽いた方がいい場合もある。

 この薬草は小麦粉くらいに細かくする。ゴリゴリ……。


 いくつかの薬草といくつかの動物系素材を絶妙なバランスで調合する。


「ふー、これでよしと。テソ、そこの薬包紙を取ってくれ」

「承知しました」


 テソから薬包紙を受け取って、それに今調合した薬を三グムずつ包んでいく。


 今回作った薬は人の身体能力を上げる薬だ。

 そう聞くとすごい薬に思えるが、身体能力の上がり幅はそれほど大きくない。

 自分の身体能力を一時的に向上させるというのは、体中の筋肉や筋に無理をさせるということなので、あまり強力な効果だと、体がその力に耐えきれないのだ。


 たとえば、身体能力が二割増しだと、効果が切れたら全身が筋肉痛になり、三割だと酷い筋肉痛で数日は動けなくなる。

 そして五割だと筋肉や筋が断裂し、七割だと骨が砕ける可能性が高くなる。また、八割以上になると、心臓の鼓動が早くなりすぎて心臓が破裂してしまうのだ。

 だから、二割ていどの効果が一番いいのである。


 俺は訓練場へ向かった。


 あの薬は俺の家臣である、兵士や騎士たちに使うものだ。

 実を言うと、今回の薬を使って体を動かすと、当然のことながらいつもより動きがよくなる。

 そして体に負荷がかかれば、体はその負荷に耐えようと成長する。

 先にも言ったが、あまり強い効果は体を壊すので、二割ていどの身体能力上昇であれば、家臣たちを効果的に鍛えるのに、この薬は役に立つのである。


 重要書を物色していた時にたまたま見つけた本に、この薬のことが書いてあったのだ。

 なぜこのような薬のことがもっと広く伝わっていないのか?

 それは、こんな薬が出回ったら、犯罪や反乱に悪用されてしまうからだろう。だから、重要書に指定されて人の目に触れないようにしたのだと思う。


「ソーサー、今日も精が出るな」

「殿下!」


 部下たちを鍛えていたソーサーに声をかけたら、ソーサーは膝をついて頭を下げた。


「よい。立て」

「はっ!」

「これから余の騎士たちに課題を課す。ソーサーもそれに参加するように」

「課題でございますか?」


 俺はその書物に書かれていたことを、ソーサーに説明した。


「そのようなことが……」

「一度でいい、試してくれ」

「承知いたしました」


 ソーサーが部下たちを集め、有無を言わせず俺の薬を飲ませた。

 これが毒だったらとか、麻薬のような薬だったらどうするのかと思わないのか?


「よいか! これよりひたすら走る! ついてこい!」

「「「おおぉぉぉっ!」」」


 三十人ほどの部下たちが、ソーサーに続いて走り出した。

 俺の前だからか、部下たちも張り切っているように見える。

 この三十人ほどの家臣は、元々は近衛騎士や騎士団員だったが、俺が親王になる時に俺の家臣になった者たちだ。


 俺が親王になって家臣になった者で武官はおよそ百三十人いて、そのうちの三十人ほどがここにいる。

 他に帝城内の警護に三十人ほどいて、他の七十人ほどは城外にある屋敷(親王府)の警護や休みを取っているので、今はいない。


 ソーサーと三十人の愉快な部下たちが走り出して一時間。

 俺はテソに命じて水を用意させた。ソーサーたちは全員金属の鎧を身に纏っているのに、この一時間走りっぱなしだ。

 さすがの愉快なタフガイたちも、疲労の色が顔にへばりついている。


「ソーサー様、水を飲んでください!」


 テソが走っているソーサーに大声で声をかけたら、ソーサーはチラッとテソを見て頷いたように見えた。


「ゼェゼェ……」


 激しい息遣いなのはソーサーだけではなく、三十人の部下も同じだ。

 だが、ソーサーは水をゴブレットに一杯だけ飲むと再び走り出して、部下もそれに続いた。

 それから一時間ごとに水を飲んでソーサーたちは走り続けた。


 

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