035_臨時御前会議(二)

 


 第四皇子のザック(三十五歳)は有能だが、それは文官としての面であって武官としては能力が低いと自他ともに認めている。

 そうなると、俺に話が回ってくると思うだろ?

 まだ八歳の俺に戦場に向かえとなったら、他の親王の面目が潰れるのでそれはないだろう。

 そうすると……一人しかいないな。そう皇太子だ。


 親王が反乱を鎮圧すると、皇帝の座がグッと近づく。

 帝国は武によって興った国なので、武を重んじる風潮が強い。

 皇太子も親王の一人だから、皇太子に優秀な補佐をつけて送り出すのが一番当たり障りのない選択になるだろう。

 皇帝もそれを考えているんじゃないかな?


 進んでどの親王がいいと発言する大臣はいないか……。

 皇帝の思惑がどこにあるのか、考えているのだろう。


 さて、皇帝はどのように皇太子を送り出すつもりなのか?

 戦いのほうは心配する必要はないだろう。優秀な将軍をつけて、皇太子はお飾りとして口を出させなければいいのだから。

 とは言え、皇太子が将軍の話を聞くかは、微妙なところだ。

 俺が皇太子で前世の記憶がないのであれば、間違いなく将軍に指揮を任せる。そして勝って功績だけもらうが、皇太子はどう考えるかな。


「軍務大臣、意見を述べよ」


 皇帝の意を受けて右丞相が催促した。


「はっ! 親王殿下の中で実戦を経験していますのは、パウワス殿下のみでございます」


 そう、実戦経験がある親王は、皇帝の叔父であるパウワス親王しかいない。

 これは大きなアドバンテージだが、それは皇帝の意志とは違うはずだ。軍務大臣はどう結論づけるんだ?


「されど、パウワス殿下は最近お体の調子が思わしくないと聞いております。遠征に耐えられるのか不安があります」


 そういえば、そんなことを聞いたことがあるな……。だから軍務大臣はパウワスの名を出したのか。


「パウワスよ」


 皇帝が直接話しかけた。相手が大臣ではなく、親王だからだ。


「はっ……」

「軍務大臣の申していることは真か?」

「はい、陛下。最近は思うように体が動かなくなっております。残念ながら軍を率いるのは難しいかと」

「ふむ……ならば、パウワスに問う。他の親王の中から今回の鎮圧軍を率いるのは誰がよいか?」


 なるほど、軍務大臣がパウワスに話を振る筋道ができていたんだな。

 最初からこういう根回しがされていたようだ。


「……陛下の問いにお答えいたします」

「うむ」

「年齢的にはザック親王が軍を率いるのがよろしいのでしょう。しかし、ザック親王は剣を持ったことさえないと聞き及んでおります。さすがにそれでは軍を率いることは適いません」


 その通りだけど、それをはっきり言うか……。

 ザックというのは第四皇子のことだが、武を重んじるこの帝国にあって軍を率いることができないと言われたのだから、ザックも内心穏やかではないだろう。


「次にカムランジュ親王は魔法の才はありますが、気が弱く行軍に耐えられるのか些か疑問です」


 カムランジュというのは、皇帝の弟のことだ。あまり話したことはないが、本当に気が弱いのかは微妙だな。

 演技ということもあるから、そういうことを簡単に信用はできない。


「ははは、確かに余は気が弱い。血を見ると卒倒してしまう。今回も次回もその次も余は戦場にはいけまい……」


 パウワスを睨みつけているが、カムランジュはパウワスの言葉を肯定してしまった。

 これではカムランジュも親王から降ろされてしまう流れになる。

 もしかして、カムランジュもパウワス同様、このことを知っていたのか。

 皇帝はこの二人の年をとった親王を王にして、新しい親王を決めようと思っているのか?


「さて、ゼノキア親王ですが、ゼノキア親王は魔法の天才であり、聞くところによれば百人もの賊を滅ぼしています。鎮圧軍を任せたいところでありますが、いかんせんお若い」


 あら、先の二人とは違って褒められてしまった。


「以上のことから、皇太子がもっとも適任であると考えます」


 やはり、軍務大臣からの一連の流れは出来レースだったと確信した。

 そろそろ親王から廃されて王に封じられる、そんなパウワスなら適任だったわけだ。皇帝もパウワスに酷なことをさせるぜ。


「………」


 大会議室の中に静寂が広がった。


「ゼノキア親王があと十年早く生まれていたら別でしたでしょうが、現時点で適任者は皇太子以外にございません」

「パウワスの意見は、よく分かった。皆、皇太子以外に適任の親王がいるという者はいるか?」

「………」


 いるとは言えないよな。

 ここにいる貴族もこれが出来レースだというのは分かっただろう。

 もし、出来レースだと分からなければ、大臣や政務官をすぐに辞めてしまえ。それが、その人物のためだ。


「サーリマンよ」

「はい……」

「そなたに軍を与える。ハマネスクを鎮めてまいれ」

「……承知いたしました」


 皇太子のサーリマンの顔を見るとかなり困惑している。どうも、今回の出来レースのことを聞かされていなかったようだ。

 どうしてだ? うーん、さすがに分からないなぁ。


 貴族という生き物は、腹の中で思っていることを口に出さない生き物だ。

 特に自分の立場を悪くしたり、微妙な立場に追い込むようなことはできるだけ言わない。

 それは皇帝でも同じである。


 今回のことは、皇帝の三人の息子だけが知らなかったのか?

 少なくともパウワスとカムランジュは知っていたはずだ。

 皇帝は何を考えているのだ?


 

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