028_石化の呪い(一)

 


 ある日、皇帝からの呼び出しがあり、執務室へ赴くことになった。

 この前は婚約者の話と重要書の閲覧許可だったが、今回はなんだろうか? 迷宮に入って調査してこいとかなら、嬉しいんだけどな。


 皇帝の執務室に入り、礼を尽くして挨拶をする。


「よくきた。楽にするがよい」


 立ち上がって楽な姿勢をとる。今日は左右丞相がいない。今回はそれほど重要な話ではないのかな?


「キース。あれを持て」

「はい」


 宦官長のキースが豪華な漆塗りのトレーに入れて持ってきたものは、また羊皮紙だった。

 何かが書いてあるので、手に取って読んでみると……。


「これは……」

「エッガーシェルトは知っているか?」

「エッガーシェルト……? たしか、財務省の官房長でしたか?」


 官房長というのは、大臣、政務官に次ぐ役職だ。


「そうだ、そのエッガーシェルトの娘が病にかかった。重いらしく、医師も匙を投げたと聞いておる」


 羊皮紙には名前はないが、病の症状が書き連ねてある。


「そこでゼノキアが薬の研究をしていると聞いたエッガーシェルトが、朕に泣きついてきたのだ」

「薬の研究はしていますが、まだ初めたばかりでエッガーシェルトの娘の治療ができるとは到底思えませんが……」

「朕もそう言ったのだが、このままでは娘が死ぬのを待つしかない。それなら一縷の望みにかけてみたいと言うのだ」


 親心としては分からないでもないが、それでも俺を頼るのはかなり無謀ではないか?

 とはいえ、ここまで言われて無下に断ることはできないし、皇帝もエッガーシェルトを高く評価しているようだから、皇帝の顔を立てるためにも引き受けなければならないだろう。


「どれだけのことができるか分かりませんが、陛下がそう仰るのであれば、引き受けましょう」

「そうか。うむ、頼んだぞ」


 皇帝からの要請で、俺はエッガーシェルトの屋敷に向かうことにした。


「陛下も無茶を仰いますな」

「無下に断るわけにもいかぬだろう。余がその娘の容態を診て、何もできなくても文句は言わぬというのだ、診るだけ診るさ」


 俺は皇帝からもらった羊皮紙に書き連ねてあった病状を見て、予想される病に対する薬をいくつか持ってきた。しかし、実際に診てみないと病名は分からない。


「到着しました」


 屋敷の前で馬車を降りたが、この屋敷はなんというか……空気が重い。


「ようこそおいでくださいました。私が当家の主、フェーマス・エッガーシェルトでございます。殿下」


 出迎えてくれた紳士がエッガーシェルト官房長だというが、随分とやつれているのが見て取れる。

 たしか、今年で三十五歳のはずだが、そのやつれのせいか五十歳くらいに見えてしまう。


「うむ、ゼノキアである」

「殿下をお呼びだてしてしまい、心苦しく思っております」

「その話はいい。娘のところに案内あないいたせ」

「はい、こちらでございます」


 エッガーシェルト官房長のあとについていくと、三階にある部屋に案内された。

 うーん、これは……。扉から漏れ出てくる嫌な感じが俺の肌を刺す。


「こちらの部屋になります」


 エッガーシェルト官房長が扉をノックして、入っていった。


「エリーナ。ゼノキア殿下がきてくださったぞ」


 天蓋つきの立派なベッドに、エリーナと呼ばれた少女が寝ている。

 事前に聞いていた年齢は十七歳の少女だが、その肌は浅黒くまるで老婆のようにまったく瑞々しさを感じない。


「エッダ、ロザリー、アルテミス以外は部屋の外に出ろ」


 エッダーは俺の侍女、ロザリーは魔法士、アルテミスは後宮近衛騎士から移籍してきた女性騎士だ。

 ベッドに寝かされているのは少女だから、俺が連れてきた女性以外は全員外に出す。


「し、しかし……」


 エッガーシェルト官房長が部屋に残りたそうにしているが、父親でもダメだ。


「エッガーシェルト、診察するだけだ。外で待っていろ」

「……分かりました」

「あ、あの……」


 この屋敷の侍女が声をかけてきた。


「なんだ?」

「私はお嬢様つきの侍女でございます。どうか、ここにいさせていただけないでしょうか」

「……いいだろう」

「ありがとうございます」

「ほら、男どもは全員外に出ろ」


 俺は男性を全員追い出した。


「その方、名をなんというのだ?」

「あ、アイリスでございます」

「そうか。では、アイリス。その娘の手を握っていてやれ。少しは安心するだろう」

「は、はい!」


 肌が浅黒いのは肝臓の障害かと思ったが、どうも違う気がする。

 手首に指をあてて脈を診た。見た目でも分かるくらいに弱っているので当然だが、脈はかなり弱い。

 口を開け喉や舌の状態を診たが、口の中まで浅黒く変色している。

 手をとって爪を診たが、爪まで変色している。足の爪も同様だ。


「これは……」


 嫌な考えが頭をよぎった。


「エッダ、カバンの中から黒い小瓶と小皿を取ってくれ」

「承知しました」


 小瓶をエッダから受け取ると、俺はその蓋を開けた。

 中には茶色い粉末が入っていて、それをひと摘みして小皿に載せる。この粉末は俺が作った特殊な触媒だ。

 俺はこの部屋の空気といい、屋敷の雰囲気といい、これは呪いではないかという考えにいたった。だから、今から呪いを確認するための魔法を行使しようと思う。


「これより、詠唱に入る。邪魔をするなよ」

「「「「はい」」」」


 俺は呪いを確認する魔法の詠唱を始めた。

 小皿の上にある粉末状の触媒が光り出し、燃え上がり、一瞬で燃え尽きて煙が上がった。

 複数属性の魔法は王級魔法でも魔力の制御が難しいが、なんとか制御をする。

 煙がエリーナの体の上で渦を巻いていく。さらにその煙が文字を形成していく。


「石化の呪い……か」

「「「「………」」」」


 石化の呪いは実際に石化するわけではないが、石化したように見えるものだ。

 この呪いが進行すると、心臓まで石のようにカチコチに固まってしまい動かなくなって止まってしまう。


「エッガーシェルトを呼んでくれ」


 確認が終わったので、エッガシェルト官房長を呼ぶ。


「はい」


 エッダが部屋の扉を開くと、すぐにエッガーシェルト官房長が入ってきた。


「殿下、エリーナは、エリーナはどうなのでしょうか!?」

「よくないな」

「ど、どんな病気か分かったのでしょうか!?」

「エッガーシェルト、これは病ではない」

「え?」


 間抜けな顔をするな。


「これは石化の呪いだ」

「っ!?」


 エッガーシェルト官房長が目を剥いた。


 

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