029_石化の呪い(二)

 


 間抜けな面をしているエッガーシェルト官房長を引き戻して、俺は石化の呪いについて語った。


「石化の呪いに限らず呪いは失敗すると、術者と依頼者に危害が及ぶ危険な魔法だ。それを行使するとなると、それなりの恨みを買っていると思うが、心当たりはあるのか?」


 エッガーシェルト官房長が思考をめぐらす。

 おそらく色々と思い当たる節があるのだろう。貴族っていうものは、人の恨みや妬みの上に立っている人種なのだから当然だ。


「……殿下、貴族の世界は足の引っ張り合いでございます。恨みを買うことが多々あるのは否定いたしません」

「何もエッガーシェルトへの恨みとは限らぬぞ。エリーナ嬢を恨んでいる人物はいないか?」

「まさか!? エリーナは親の私が言うのもなんですが、それは心根の優しい娘です。恨みなど!」

「本人が知らぬところで恨みを買うのが貴族の世界だ。余もこの年で五度も命を狙われているからな」

「それは……。っ!?」


 エッガーシェルト官房長が言いよどんだところで、何かを思い出したようだ。


「何か思い出したのか?」

「はい……実を言いますと、エリーナは後宮へ上がる話が決まっていたのです」


 後宮に上がるというのは、皇帝の妃になるということだ。

 皇帝の側室ともいうべき妃は、最初庶妃として後宮に上がって子供を産むと正式に側妃になる。

 そして、子供が親王になると正妃になって、皇太子になると皇后になるのだ。

 これが後宮に行儀見習いに上がるのであれば、侍女になるということなので後宮に上がるという表現はしない。


「……その時に他にも後宮へ上がる候補がいたのではないか?」

「はい……当家の他に三家あったと聞いております」


 その三家が怪しいな。

 娘が後宮へ上がって皇子を産めば、もしかしたら親王、場合によっては皇帝になるかもしれない。

 そうなれば、その家は栄耀栄華を極めることができるかもしれないのだ、必死になるのも分からないではない。

 それに、その家の当主は引き下がっても、リストに上がった娘はどう思うか?

 貴族の娘なので蝶よ花よと育てられてきた自分が、他の誰かよりも劣っているという判断されて、大人しく引き下がるだろうか?

 もしかしたら、当主よりも強い嫌悪や嫉妬の感情が芽生えてもおかしくはないはずだ。


「で、殿下……呪いを解呪できますでしょうか?」

「……できる可能性はある」


 解呪の可能性はある。

 すでに石化の呪いと分かっているのだから、それに対応した解呪を行えばいいのだ。ただし……。


「では!」

「だが、失敗すれば、エリーナ嬢は確実に死ぬぞ」

「……このまま手をこまねいていても、エリーナには死しかありません。それなら、解呪を試みてダメだったほうがよほど諦めがつきます!」


 エッガーシェルト官房長にはそれでいいかもしれないが、解呪を失敗すれば術者も呪われてしまうので簡単ではない。

 つまり、俺が解呪をしようとすれば、今日初めて会ったこの少女のために命を懸けることになるわけだ。


「エッガーシェルト殿、ご貴殿は呪いの恐ろしさを知らぬようですね」

「ロザリー魔法士だったか? 何が言いたいのだ?」

「もし解呪に失敗すれば、エリーナ嬢だけではなく、術者も呪われるということです」

「………」

「それでも殿下に解呪をと言われますか?」

「っ!?」


 エッガーシェルト官房長の目が泳いでる。

 もし、俺に依頼をして解呪を試みて失敗すれば、エッガーシェルト家はただでは済まないだろう。

 エリーナの命は助けたいが、失敗すれば家が潰れる。

 エッガーシェルト官房長の天秤はどちらに振れるかな?


「で、殿下……。解呪できる魔法士を紹介いただけないでしょうか?」


 正しい判断だ。俺以外に解呪を頼めば、もしものことがあってもエッガーシェルト家は無事で済むからな。


 解呪には闇属性の適性が必要だ。

 呪いをかけた魔法士の闇属性の適性よりも、解呪する魔法士の闇属性の適性のほうが高く、魔力が多くないと呪いは解呪できない。

 俺が知っている人物で、闇属性の適性が最も高いのはテソで、テソは闇属性の才能が帝級はあるだろう。

 しかし、今のテソはせいぜい上級魔法が行使できるていどで、どう考えても解呪はできない。


「闇属性の適性を持つ者は少ない」

「では……」


 エッガーシェルト官房長が目を閉じ、天を仰ぐ。

 石化の呪いに限らず呪いは闇属性の適性が、最低でも特級は必要だ。

 術者が特級の呪いを行使したとなれば、解呪には王級の適性が必要になる。

 闇魔法で王級の適性を持っている人物は、広大な領土を持つフォンケルメ帝国でも数えるほどしかいないだろう。


「余が解呪しよう」

「よ、よろしいのですか!?」

「殿下、それは……」


 ロザリーが止めに入ってくるが、それを手で制止した。


「ただし、解呪には触媒が必要だ。それをすぐに集められるか?」

「なんでも仰ってください!」


 俺はエッガーシェルトに三つのものを用意するように指示した。


「ロザリー。アザルを呼び、エリーナに回復魔法を行使させよ」

「承知しました」


 触媒が集まるまでは水魔法士によって、回復魔法を行使し続けるように手配する。

 幸いなことに俺の家には水属性の適性が王級のアザルがいるので、回復魔法には困らない。

 ただ、アザル一人では厳しいので、他に数人をエッガーシェルト家で手配させることにした。


「余は屋敷に戻って準備をしてくる。三つの触媒が揃ったらすぐに知らせを出せ」

「あ、ありがとうございます!」


 

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