023_伝説級魔法

 


「いい感じですよ、そうそう」


 俺は親王だから、社交界で恥をかかないようにダンスのレッスンをしている。

 だが、ダンスは得意ではない。剣舞なら好きなんだが。


「はい、よろしいですよ。今日はここまでにしましょう」


 カルミナ子爵夫人がダンスの先生なのだが、俺の乳母ということもあってカルミナ子爵夫人には頭が上がらない。

 実質的に俺を育ててくれたのがカルミナ子爵夫人なので、母親のような存在だからだろう。男というのは、いつの時代も母親に頭が上がらないものだ。


 ダンスの次は魔法の訓練時間だ。

 すでに帝級魔法を行使できる俺に魔法の先生はいない。この帝国で最も優秀な魔法使いの一人が、この俺だからだ。

 だが、俺の隣には元宮廷魔導士の四人がいる。男性二人と女性二人だが、この四人は俺から見てもとても優秀な魔法使いだ。


 四十三歳男性のロイドは、火属性が王級で闇属性が上級まで使える。

 三十四歳男性のアザルは、水属性が王級で光属性が中級だ。

 三十七歳女性のケイリーは、光属性が王級で火属性が上級、そして風属性が中級と三属性に適性がある。

 二十四歳女性のロザリーは、風属性が帝級で土属性が上級なので期待の魔法使いだ。

 四人は元々帝国の宮廷魔導士だっただけあって、実戦でも研究でも実績がある。それが今では、俺の家臣になっている。


「ロイド、複数の属性を同時に行使することは可能か?」

「おそれながら、複数の属性を行使するのは困難かと」

「ケイリー、それはなぜだ?」

「はい、詠唱はそれぞれの属性の神に祈ることにも等しく、同時に複数の神に祈るのは邪だと言われています」

「アザル、なぜ複数の神に祈るのは邪なのだ?」

「複数の神に祈りを捧げると、神々の間で争いが起き魔法を行使するどころの話ではないからです」

「ロザリー、神々はなぜ争うのだ?」

「殿下、それは我らのような常人では理解できないことでございます」

「四人に訊ねる。神が争うところを見たことはあるか? 見たことがある者を知っているか?」

「「「「………」」」」


 四人は黙り込んだ。前世の俺も複数属性の魔法は知らない。

 魔法を行使できたといっても、研究していたわけではないので複数属性魔法があっても知らなかっただけかもしれないが……。

 だが、神が争うから複数属性魔法が行使できないというのは、明らかに違和感がある。もしそうなら、呪いを確認する二属性魔法は存在できないはずなんだ。


「四人は重要書に指定されている魔導書を呼んだことはあるか?」

「「「「いいえ、ございません」」」」


 元宮廷魔導士でも重要書を見るのは容易ではないということだな。

 もし、重要書に指定されている魔導書を読んでいれば、複数の属性を同時に行使することができると知っているはずだ。

 俺はこれを四人に教えるか迷った。

 重要書の内容を教えることが、四人にとっていいことなのか……。


 しばらく様子を見て結論を出すことにした。


 四人は四人で魔法の訓練をし、俺は俺で魔法の訓練をする。

 手に持ったのは、アクアリムズという魚の目を乾燥させて粉末にした触媒だ。

 なんでこんなものを持ってきたかというと……。


「清浄なるなる水の大神よ、我は魔を追い求める者なり、我は水を求める者なり、我は水を操る者なり、我は水を内に秘めし者なり、我が魔を捧げ奉る。我が求めるは清浄なる水の大神の瞳なり。我に力を与えたまえ。マジックサーチ」


 アクアリムズの目の乾燥粉末を目の前に撒いた。

 すると、水属性の魔力が俺の瞳を覆っていき、それまで見えていた光景が様々な色に書き換えられていく。


「で、殿下、それは……?」

「まさか……伝説級魔法……?」


 ロイドとロザリーが気づいたようだ。


「少し待て」


 俺も初めての魔法だし、伝説級魔法なので制御にちょっと苦労している。だから、今話しかけられると気が散って、制御ができなくなるのだ。


 意外と魔力の消費が激しい。

 帝級魔法で百人の賊を焼き尽くした時のほうが広範囲なのに、目に魔力を纏わせただけのこの魔法のほうが数倍も魔力が必要で、数十倍も制御に苦労する。

 さすがは伝説級魔法というべきか。

 魔力消費の激しさと魔法制御の難しさによって、マジックサーチはすぐに効果を消失してしまった。


「ふー、思った以上に難しいな」


 俺はその場で地面に腰を下ろした。


「「「「殿下!?」」」」

「大丈夫だ、少し疲れただけだ」


 俺は大きく息を吸って、細く吐き出した。

 こうすると魔力の回復が早いのが最近分かってきた。


「よし」


 俺は立ち上がり、四人の元宮廷魔導士を見た。

 魔法使いは魔法士とも言われている。なぜか知らないが、魔法士と呼び方のほうが帝城内で多く使われているのだ。


「なんだ、伝説級魔法がそんなに珍しいか?」

「珍しいという次元の話ではございません!」

「おい、唾を飛ばすな」

「し、失礼しました!」


 ロイドが地面に土下座をして詫びてきた。そこまでは要求していないぞ。


「そういうのはいい。立て」

「はい!」


 ロイドがジャンプするように立ち上がった。なんだか面白いな。


「しかし、殿下。伝説級魔法なんて宮廷魔導士長殿でも行使できませんのに」


 ケリーがキラキラした目で俺を見てくる。

 うーん、キラキラ瞳は三十七歳の女性にはちょっと無理があるかな……。


「分かっている。だが、このことは当分口外するな。まだ完全に制御できないのに、噂になるのは好ましくない」

「「「「承知しました!」」」」


 四人はとにかく魔法に関して貪欲だ。

 新しい魔法を開発できれば、魔法士として最高の栄誉と名誉、そして金が手にはいるのもあるが、何よりも魔法を発動させるのが楽しいのだ。

 その気持ちは俺も同じで、魔法を訓練している時は少年のような心になってしまう。

 今世での年齢は八歳でも前世ではオッサンだったのだから、こういう楽しい気持ちになれることは新鮮で嬉しいものだ。


 

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