021_婚約者が決まったぞ

 


 歳月が過ぎて、俺は八歳になった。


 成長した俺は、皇帝から呼ばれたので本城の中にある皇帝の執務室に向かった。

 すると、皇帝の他に珍しく左右の丞相が揃っていた。


 親王になって三年がたっているので、何度も皇帝の執務室に入ったことがあるが、左右の丞相が揃っていることは滅多にない。

 そんな珍しい光景を見てしまったためか、なんだか身構えてしまう。


「陛下にご挨拶申し上げます」


 膝をついて頭を下げて、礼を尽くした挨拶をする。


「ご苦労、楽にするがよい」


 立ち上がって楽な姿勢をとる。


「キース、あれを持て」

「はい」


 キースというのは宦官長のことだ。

 その宦官長が漆塗りで金箔絵巻が施された豪華なトレーに、羊皮紙をたくさん入れて持ってきた。なんなんだ?


「ゼノキアに縁談の話がきている。選ぶがよい」


 俺に縁談の話だったのか。

 しかし、数が多くないか? トレーに積まれている羊皮紙が全て縁談話なら、両手両足の指では数えられないほどの親王妃の候補者がいることになる。


「数日考えて回答するがよい」

「陛下のよきようにお計らいください」


 それらの羊皮紙に記載されていることで正しいのは、出自と年齢くらいなものだろう。

 容姿は人の主観によって、可愛いや美しいなど言いようがあるのであてにできないし、性格だって猫を被っているのは当たり前だ。

 だから、確認をするまでもない。そして何より、皇帝に選んでもらったほうが皇帝の心証もよくなるってものだ。


「見ないのか?」

「陛下がお選びになられた方に否はございません」

「……ゼノキアは本当に八歳か? のう、アッダス」

「誠に聡明な親王殿下にございます」


 中身は前世の記憶持ちだからな。


「分かった」


 そう言うと、皇帝は一番上に置かれた羊皮紙を持ち上げ、宦官長に渡した。

 どうやら俺が皇帝にお任せすると最初から考えていたような表情だ。食えねぇ皇帝だ。


「ガルアミスの孫娘にする」


 ガルアミスは……たしか侯爵で軍閥の重鎮だったと記憶している。

 軍での階級は大将だったはずだ。

 この帝国はいくつかの紛争を抱えていて、その紛争の一つでガルアミス大将が鎮圧軍を率いているはずだ。

 鎮圧軍と言っても、実際は駐留軍だ。その地域に目を光らせ、ことあればすぐに対処する軍だな。

 俺のお披露目パーティーの時には紛争地域にいて出席できなかったので、息子が代理で出席していたと記憶している。

 おそらく、その息子の娘が俺の婚約者になるのだろう。


「ありがたき、幸せに存じあげます」


 俺は宦官長から羊皮紙を受け取った。

 これで用件は終わったと思うが、勝手に帰るわけにはいかない。

 皇帝が「帰っていい」と言わないと動けないのだ。

 そう思いながら皇帝を見ていたのだが、許可が下りないんだけど?


「次、パステル」


 右丞相が皇帝に頭を下げて、前に出た。


「ゼノキア殿下より申請がありました、重要書の閲覧申請の件ですが、陛下より許可が下りました」


 おお、やっとか! さすがに重要書エリアだ。立ち入り許可には時間がかかったぜ。

 三年も待ったので、待ちくたびれたぞ。これで、少しは毒サーチの研究が進むだろう。


「お礼申し上げます、陛下」

「よい。ゼノキアの研究が進めば、朕も恩恵を受けられるだろう」


 皇帝にも毒見役がいるからな。俺が感じたことは皇帝だって感じているということだ。


「よい結果になりますよう、努力いたします」


 皇帝はうむと頷くと、退出許可を出した。


 皇帝の執務室を出ると、サキノと三人の騎士が俺を待っていた。

 本城の中でも襲われる可能性がゼロではないので、そのための護衛だ。俺は要らないと言ったんだが、カルミナ子爵夫人が目くじらを立てて連れていけと言う。

 まあ、これまでに四度も命を狙われているのだから、カルミナ子爵夫人にしてみれば安心できないのだろう。


「余に婚約者ができたぞ」


 サキノたちは一瞬目を見開いて驚いた。

 羊皮紙をサキノに渡す。


「おめでとうございます」

「「「おめでとうございます」」」


 めでたいかどうかは、婚約者次第だ。すぐにガルアミス家の情報を集めないとな。


「サキノ。すぐにガルアミス家の情報を集めるんだ」

「承知しました」


 俺はガルアミス大将の孫娘について情報を集めるように指示を出した。


「それと、重要書の閲覧許可も出たぞ」

「それは、ようございました」


 親王と言えど重要書の閲覧は簡単ではない。

 三年も待たされたのだから、どんな書物が眠っているのか楽しみだ。


「うむ」


 俺はサキノと話しながら歩いた。


 

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