018_親王宣下(二)

 


 本城内で俺のお披露目パーティーが開かれるので、俺は皇帝の後について会場に入った。

 舞台の上から来賓の諸侯や大商人たちを見下ろすのは、気分がいいものだ。


「皆の者、新しき親王であるゼノキア・アーデン・フォンステルトのために集まってくれたことを嬉しく思う」


 皇帝がスピーチを始めた。最近、皇帝に会う機会が増えているのは親王になることが決まったからかな?

 俺が生まれた時以外は、年に一回会えるかどうかだったけど、この二カ月で両手の指の数ほど会っている。それだけ親王というのは重要な意味を持っているのだ。


「ゼノキアは類稀なる魔法の才を持ち、非常に賢い親王である」


 新親王を大事にするのは普通だが、それでも持ち上げるねぇ。


「皆の者、ゼノキアをよろしく頼むぞ」


 皇帝がそう締めくくると、諸侯は頭を下げて皇帝に応えた。

 皇帝の次は俺のスピーチになる。


「ゼノキア・アーデン・フォンステルトだ。本日、皇帝陛下より親王宣下を受けたが若輩者ゆえ、皆の助けが必要である」


 俺はそこで言葉を切って会場内にいる諸侯の顔を見ていく。

 そして、法務大臣であるドルフォン侯爵のところで視線を止めた。


「皆も知っていると思うが、先日、余は刺客に襲われた」


 ドルフォン侯爵にニヤリと笑ってみせる。


「これまでの人生で四度刺客に襲われたが、余はこうして生きている」


 じーっとドルフォン侯爵を見つめながら話をする。


「逆に刺客は四度とも捕縛している。あぁ、三度目の時は一〇〇人以上を骨も残さずに燃やし尽くしたので、捕縛はしていないか」


 そこで笑いが起きた。ただし、ドルフォン侯爵は笑っていない。


「余を殺したい者がいるのは明白だが、これからは反撃に気をつけることだ」


 会場内が凪の湖面のようにシーンとした。


「これまで刺客を送ってきた者、これから刺客を送ってくる者、共に枕を高くして寝られると思わぬことだ」


 水を打ったような静けさで物音一つしない。


「おっと、これは余のお披露目パーティーであったな。刺客の話は不適切だった、許せよ。では、皆、楽しんでくれ」


 ここで楽団に音楽を奏でるように合図をすると、指揮者が慌ててタクトを振りだして音楽が始まった。

 今回、俺は親王になったので対外的な一人称を『俺』ではなく『余』に変えている。

 皇帝は『朕』で親王は『余』を使うのが一般的なのだ。


 次は諸侯の挨拶が始まった。

 挨拶は上位の者から行うのが慣例だから、最初は皇太子だ。


「ゼノキア、なかなか面白いスピーチだった。余が四歳の時にあのようなスピーチをするなど考えられぬわ。ははは」


 皇太子は本当に愉快そうに笑ったが、皇太子だって命を狙われる可能性があるんだから、気を抜くなよ。


「兄上、ありがとうございます」

「だが、刺客についてどう対処するのだ? 余も他人事ではないからな」


 ほう、一応は気にしているんだな。

 帝位を狙うものにとって皇太子は一番の邪魔者でしかないのだから、警戒しなければならない。

 だが、この皇太子を殺そうとする人物はいるのか?

 残念なことに、この皇太子に見るべきものはない。

 この皇太子は特筆すべき能力もなく、いい意味でも悪い意味でも普通なのだ。


 刺客は差し向けたほうもそれなりのリスクがあるので、普通の皇太子をあえて殺そうとするのは間の抜けた奴だけだろう。

 そんなことをするよりも、皇太子派の諸侯を抱き込むほうがリスクは少なくて済むし、もしかしたら勝手に皇帝候補から離脱してくれるかもしれないのだから。


 生まれたばかりの俺に刺客を送った人物は、何を考えて刺客を送りこんできたのかな?

 将来のために殺しておけば、邪魔者が少なくて済むというていどの考えなのかもしれないが、個人的な恨みも捨てきれない。

 この場合は母親への恨みを俺に向けた感じだろうか?

 まあ、直近の刺客は法務大臣が送り込んできたのは分かっているので、法務大臣だけは何かしらの対応をしよう。


「大したことではありません。基本の基本である警備を厳重にするだけです」

「なんだ、ゼノキアのことだから何か驚くような対策でもしていると思ったぞ。ははは」


 警備を厳重にする以外のことがあっても、それを教えるわけないじゃないか。

 俺に刺客を送ってきている人物が皇太子じゃないという証拠はないんだぞ、それを分かって聞いているのか?

 ただ、この能天気皇太子がそんなことをするとは思えないけどな。


 次は皇帝の弟の親王、そして皇帝の叔父の親王、ついで第四皇子(親王)が順に挨拶にきた。

 第四皇子に関してはお坊ちゃんという感じだが、皇帝の弟と叔父の親王はひと癖もふた癖もありそうに見えた。

 疑い出したらキリがないが、俺が死んだら喜ぶ人物は多いので気を抜かないようにしよう。

 もし、今、俺が死んだら、親王の椅子が一つ空席になるから、他の皇子たちは俺に死んでほしいと思っていることだろう。

 はあ、やだやだ。こんな殺伐とした政争なんて俺の柄じゃないんだよな。

 俺は戦場に出てブイブイ(死語)言わせていたほうが性に合っているんだよ。


 

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