017_親王宣下(一)

 


 俺の親王宣下が謁見の間で行われる。

 広大な謁見の間の最奥に皇帝が玉座に座っていて、俺は赤いふわふわの絨毯の感触を靴底に感じ、一歩一歩ゆっくりと進んでいる。


 赤い絨毯の両サイドには諸侯が並んで俺を敵意、好意、無関心な視線を投げかけてくる。


 皇帝は五段高い場所の玉座に座ってその右横には皇后が座っている。

 皇后はこれでもかというくらい厚化粧をして自分を美しく見せようとしているが、寄る年波には勝てない。

 皇帝から一段低い場所には皇太子が立っていて、さらに一段低い場所に他の親王が立っている。

 これからは俺もこの親王たちと同じ高さに立つが、前世は一番高い場所にいたのだから、気負いはない。

 皇帝の前に到着した俺は片膝を床につけ、頭を下げた。


「これよりゼノキア・フォンステルの親王宣下を行う」


 数瞬の静寂の後、俺より一段上の段に立っている左丞相が声を発した。

 すると、諸侯が全員皇帝のほうを向いて、俺と同じように跪いて頭を下げた。

 立っているのは俺たちよりも高い段いる皇太子、親王、左右丞相だけだ。


「ゼノキア・フォンステルは前に」


 左丞相の声で俺は立ち上がって、ゆっくりと前に進んで階段を上がる。

 四段目まで上がると、そこで立ち止まり頭を下げた。実に面倒なしきたりだ。


 皇帝が玉座から立ち上がって俺の前に進み出てくるが、その手には皇帝だけが持つことができる皇笏おうしゃくが握られている。

 皇帝はその皇笏を俺の頭の上に軽く当てた。


「汝、ゼノキア・フォンステルトに第二の名、アーデンを与える。ゼノキア・アーデン・フォンステルトよ、我がフォンケルメ帝国の親王として民の模範となり、誰にも恥じぬことのない生きかたを朕に見せよ」

「ありがたき幸せ、我が生きざまをご照覧ください」


 テンプレートを読み上げる。


「親王ゼノキア・アーデン・フォンステルトに宝剣を授ける」


 宦官長が恭しく宝剣を皇帝の元まで持ってくると、皇帝はその宝剣を手に取って俺の前に差し出してきた。

 俺は頭を下げたままその宝剣を両手で受け取って宝剣を頭より高く持ち、ゆっくりと階段を後ろ向きで下りる。

 この親王宣下で一番難しいのが、頭を下げながら宝剣を掲げ、後退しながら階段を下りることかもしれないな。

 ここで階段を踏み外したら一生の笑い話になるだろう。


 階段を全部下りたところで俺は頭を上げて宝剣を右手に持った。

 この本城内で帯剣を許されているのは、親王と近衛騎士の一部の者だけだ。

 諸侯は短剣でも本城の中に持ち込むことは許されていないし、近衛騎士でも本城の中では剣の代わりに警棒を携帯している。

 そして、剣を持っている人物は、剣を右手に持たなければならない。左に持つと害意があるという意味を持つからだ。

 階段を下りても十歩ほど後ろ向きに後退し、皇帝から離れたら踵を返して謁見の間をあとにした。


 これで親王宣下は終わりで、次は俺のお披露目パーティーに移る。


 親王宣下に先立ってのことだが、先日の暗殺者が牢内で死んでいたのが発見された。

 俺は暗殺者を連行していった近衛騎士たちに、牢に投獄している間も目を離さないように命じたが、無駄だったようだ。


 それもそうだな、暗殺者の管理は法務省の管轄なのだ。

 法務省のトップが俺を殺そうと送り込んできた暗殺者を、その法務省に引き渡すのだから生きているわけがない。


 法律は全て皇帝が施行するので、法務省は皇帝が施行した法律に沿って裁判や受刑者の管理を行う機関だ。

 法務大臣が俺の暗殺を指示した証拠があればともかく、暗殺者の証言だけで法務大臣を犯罪者として処分はできない。

 でも、俺は執政館の一角にある法務省へ乗り込んだ。


「俺を暗殺しようとした罪人が牢の中で相次いで死んでいる。これについて法務省の見解を聞きたい」


 今回の暗殺者だけではなく、毒アップルパイ事件の時も法務省の管轄下で罪人(容疑者)が亡くなっている。


「そ、それは……」

「法務省の怠慢ではないか?」

「うっ……」


 法務省の政務官は冷や汗ダラダラだ。


「俺が責任を問う前に身の処しかたを考えよと、大臣に伝えるがよい」

「ぐぅ……」


 俺はそれだけ言って法務省をあとにした。

 これは俺から法務大臣へのメッセージだ。俺は法務大臣が刺客を送ってきたことを知っているんだぞ、というメッセージなのだ。

 これで法務大臣が辞任するとは思えないが、こういったことでプレッシャーをかけて法務大臣がミスを犯してくれればと思っている。

 そんなに簡単にはいかないと思うが、そうなったら儲けもの的な感じだな。


 

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