010_親王とは

 


 しかし、帝級ともなるとすごい威力だな。

 百人もの名も知らぬ武装集団を一瞬でこの世から消し去ってしまうのだから。


 俺は馬車に揺られながら、自分の魔法のことについて考えた。

 風属性と火属性の帝級魔法が問題なく行使できるのが分かったのは大きい。

 この調子だと他の属性の帝級魔法も行使できる可能性は高いだろう。

 そうなると次は伝説級、そして精霊級魔法だが……。


 人類の長い歴史の中でも、精霊級魔法を行使する者は一人しかいない。

 その人物は数千年前に存在した賢者といわれる存在で、その賢者は全属性を帝級魔法まで完全に使いこなしたそうだ。

 そして、土属性は伝説級魔法まで、得意だった火属性と風属性は精霊級魔法まで行使したと言われている。

 もし、俺がどれか一つの属性でも精霊級魔法を行使できたら、過去の賢者といわれる偉人と肩を並べることになる。夢が広がるじゃないか。

 ははは、俺がいくら魔法の才能があっても、過去の賢者と肩を並べるなんてないか……。


 さらに神級魔法はあるかどうかも分からない。

 数千年前の大賢者が使えたと伝わっているが、眉唾物と思われているし魔導書もないと言われている。

 また、精霊級魔法の魔導書でさえ、このフォンケルメ帝国には水属性と風属性しか伝わっておらず、大図書館の奥深くの重要書物のエリアに保管されて、厳重に扱われている。


 帝城に戻った俺は後宮に入って休憩をしていたのだが、すぐに皇帝に呼び出されてしまった。

 多分、今回の襲撃事件のことだと思う。

 皇帝の執務室に入って礼を尽くして挨拶をすると、皇帝が楽にしていいと言ったので楽にした。


「襲撃部隊を殲滅したそうだな」

「陽動部隊は騎士団に任せましたので、殲滅とまでは言えません」

「なるほど。だが、百人規模の敵を帝級魔法で屠ったそうではないか」


 皇帝は何やら楽しそうな顔をしている。


「はい、いくら近衛騎士が有能でも十五人で百人の相手は厳しいと思いましたので」


 皇帝に言われて、俺は百人もの人を殺したんだと、実感した。

 前世では戦場で数千、数万もの兵士を殺してきたので、今さら百人増えたところでなんの感慨もない。

 だけど、ここまでの圧倒的で一方的な戦いは、俺も記憶にない。あれは、戦いというより虐殺だな。


「風属性と火属性の帝級魔法は、行使できたのだな?」

「はい、他の属性はまだ試しておりませんが、風属性と火属性は問題なく」

「うむ……」


 皇帝が顎に指をあてて何かを考え出した。

 俺はジッと皇帝を見つめる。ここで皇帝の考えを遮って声をかけるのは不敬になるので、下手に声はかけない。


「アッダス」

「これに」


 皇帝に名前を呼ばれた白髪の人物は左丞相だ。

 かれこれ二十年以上左丞相を務めていて、もうすぐ六十歳に届く爺さんだ。

 それだけ長く皇帝に仕えてきた人物ということは、それだけ優秀で皇帝の信認も厚いというわけだ。

 ちなみに皇帝は五十歳くらいに見えるが、実年齢は六十二歳でかなり見た目が若い。


「ゼノキアのお披露目を前倒しする。二カ月後に設定せよ」

「失礼ながら、お伺いいたします」

「申せ」

「ただ今のご発言はゼノキア様に対し、親王宣下を行うということでよろしいでしょうか?」

「うむ」


 通常、お披露目は五歳の誕生日に行われる。

 それを前倒しするというのは、皇帝が俺を気に入ったという意思表示であり、それはつまり親王にするということなのだ。

 親王とは皇帝を継ぐ帝位継承権を持つ人物のことを指す。

 皇帝の子供でも帝位継承権を持つのは、親王という地位に就く者たちであり数は多くない。


 今現在、親王の地位にいるのは、皇太子と第二皇子、第四皇子、そして皇帝の弟と年下の叔父の合わせて五人だけだ。

 俺が親王宣下を受ければ、それは六人目の帝位継承権者の出現を意味する。わけではない。

 親王枠は皇太子を除いて四枠だけしかないのだ。それはつまり、俺が親王宣下を受けたら誰かが親王の座を追われることを意味している。


 現在の皇太子は第三皇子で、第一皇子ではない。それに第一皇子はすでに他界している。

 親王枠が四つなのは、皇帝が不慮の事故や急病で他界した時の混乱を最小限に収めるためだ。

 全ての皇子に帝位継承権を与えると、皇位を争う人物が多すぎて収拾がつかないからだと言われている。

 それなら皇太子だけでいいのではと思うだろうが、もし皇帝と皇太子が同時に逝ってしまったら混乱に拍車がかかる可能性もあるので、皇太子以外に四人が親王になって帝位継承権を持っているわけだ。


「ケルファスをアクラマ王に封じることにする」

「……承知いたしました」


 ケルファスというのは第二皇子のことだ。

 以前、俺が毒を盛られたことがあったが、その時に毒が入ったアップルパイを母に贈ったマルム正妃の息子になる。

 その第二皇子がアクラマという土地の王に封じられることになると、皇位継承権が消失することになる。

 こういうことはよくあって現皇帝の場合、第四皇子が親王になった時には第一皇子が親王から外されている。


 親王だった皇子が親王でなくなると、降格になったと言われるのを避けるために王に封じるのだが、一般的には王に封じられたら降格になったと思われるわけだ……。


 

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