004_魔力の鎧は難しい

 


 変わり映えのしない部屋の変わり映えのしない天井。

 俺のベッドの上の天井の細かなシミまで全部覚えたかもしれない。


 アップルパイに毒が入っていて毒殺されかかった俺だったが、なんとか生き残った。

 あの時、毒素を体外に放出していなかったら、今頃俺はベッドの上ではなく墓石の下にいただろう。


「ゼノキア……ごめんなさいね、私の身代わりになって貴方をこのように苦しめてしまって……」


 母親は毒入りのアップルパイを食べなかった。

 俺が先にアップルパイを食べて、毒によって血を吐いたので食べずに済んだのだ。

 もし、俺がアップルパイを先に食べていなかったら、今頃母親は亡くなっていたはずだし、母のお腹の中にいる新しい命も助からなかっただろう。


「母上、俺はもう大丈夫ですから、そのような悲しそうな顔をしないでください」

「ですが……」

「俺は母上の笑顔が好きです。俺も母上も、そしてお腹の赤ちゃんも無事なのですから、笑ってください」

「ゼノキア、貴方って子は……そうですね、皆無事なのですから」


 母親の目に涙が薄っすらと浮かんだのを、俺は指でなぞって拭いてあげた。


 俺は毒アップルパイを食べて悶絶したあの日から十日間もベッドで過ごしている。

 その間にいくつかの動きがあった。


 あのアップルパイはマルム正妃からいただいたものだが、マルム正妃は毒を入れていないと関与を否定している。

 俺もあの優しいマルム正妃がそんなことをするとは思えないので、他の誰かが毒を入れたんだと思っている。


 そして、母親の侍女が捕縛された。

 その侍女は俺たちにアップルパイを切り分けてくれた侍女だが、捕縛されて取り調べを受ける前に牢獄で死んでいたらしい。

 あの侍女が関与していたのか、それとも関与した風に見せかけられて殺されたのか分からない。

 真相は闇の中で、毒入りアップルパイ事件はうやむやになってしまったのだ。


 しかし、俺は誰に命を狙われているのだろうか?

 今回の毒は母親を狙ったものだと多くの人は考えいるようだが、アップルパイが俺の好物なのは多くの人が知っていたことなので、俺を狙ったものだと俺は考えている。

 生後間もない頃の刺客の件もあるし、そう考えるほうが無難だと思うのだ。


 さらに数日がたって、俺は部屋から出ることが許されるようになった。

 毒の件があったので俺と母の食事は、必ず毒見が行われるようになった。

 なんだか申し訳なく思う。もし毒が入っていたら毒見役が犠牲になるわけで、俺はその毒見役の命がけの奉仕の上で生きているのだから……。


 俺の生活はどんどん窮屈なものになっていく。

 これも暗殺者を送り込んできた奴と、アップルパイに毒を入れた奴のおかげだ。

 いつか地獄を見せてやると心の中で誓う。


「木剣を」

「はい」


 侍女から木剣を受け取ると、俺は素振りを始めた。

 身体強化で体を強化することはできる。だが、戦いというのは身体能力だけが高くてもいいわけではない。

 剣を振り、型をなぞって、体に覚え込ませる。

 幸いなことに、前世の俺は剣の達人で知られている。

 剣のことは誰に聞く必要もなく、一から十まで把握している。


 木剣を毎日百回振って、初級の型を十セットなぞって、さらに訓練場の隅から隅まで走り込む。

 周囲の者は二歳児の俺が騎士ごっこをしているのだと、微笑ましく見ていたり笑っている。


「お疲れ様です。ゼノキア様」


 侍女からタオルを受け取り汗を拭き、自室に戻ると魔力を練る。

 木剣を振っている時、普通は無心で振るのだが、なぜかふとあることが頭の中に浮かんだ。


 魔力を循環させ纏わせることで体が強化できるのであれば、体の外側に纏わせて鎧のようにして防御に使えないだろうかと。


「なかなか難しいな」


 体の中には魔力の通り道があるので循環させるのにそれほど苦労しなかったが、外側は半端なく難しい。

 そもそも、魔力を体の外に出すと四散してしまい、魔力が体に纏わりつかないのだ。


「これはチャレンジのし甲斐があるぜ」


 まだ二歳児の俺に公務はない。

 文字の読み書きはできるし、魔法についても知識があるので勉強に時間はかからない。

 つまり、時間ならいくらでもある。

 まあ、礼儀作法は前世でも苦手だったので、苦労はしているけどね。


 魔力を体外に纏わりつかせる。

 この訓練は骨が折れそうだ。だが、やりがいもありそうだ。


「くくく」


 笑いがこみあげてくる。


 ▽▽▽


 やったぜ、とうとう魔力を体の外側に纏わせることができた!

 苦節三カ月、俺はやったんだ!


「これほど嬉しいことはない」


 だが、まだ魔力が四散しないだけで、魔力の鎧になったわけではない。


「しかし、これは魔力を多く消費するな。使った魔力の半分以上が四散している気がする。この無駄を省かないと鎧どころではないぞ」


 俺は体の外に出す魔力を、体内であるていど固定してから体外へ出せないかと考えた。


「むー……」


 魔力というのは、まるで掴みどころのない空気のようなものだ。無色透明で無臭。

 だが、魔力を圧縮していくと、石のように固くなって触って感じることができるようになる。

 それを体内で作り出して、体の外皮に纏わせる……。


「まあ、一度でなんでもできるわけじゃないからな」


 簡単ではないのだ。


 

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