第3話

「どうしたの? 三好君なら教室にいたよ」

「いや、夏川に用があるんだ」


 長谷君が首をふる。手にはバスケットボールを持っている。


「あ、リストバンドね! まあ、私が作るならこんなものかって感じだけど、一応できたよ。持ってこようか?」

「……夏川に話があるんだ。ちょっと一緒に来てくれる?」


 そう言うと、長谷君は私の言葉を待たずに歩き出した。長谷君について廊下を下る。長谷君は、中庭にあるバスケットゴールのところまで歩いて行くと、持っていたボールを地面につきだした。軽くドリブルして、シュートを入れる。試合の時、シュートの前に一度ドリブルをつくのは長谷君の癖だ。


―― かっこいい。


 思わず、見惚れてしまう。保川さんが惚れたというのもわかる。長い手が一直線にのびて、手から離れたボールがゴールに吸い込まれていく。

 上手になったなぁ。ずいぶん練習していることを知っている私はちょっと誇らしい気持ちになる。


 長谷君はボールを拾うと、またドリブルをついてシュートを入れる。今度はワンハンドシュートだ。軽くジャンプしてゴールに手を伸ばす。長谷君をよく見ようと私は顔を上げる。長谷君の背中越しに見える空が青い。

 シュートを決めた長谷君はボールを拾って、ハンドリングを始めた。


「長谷君、いつも昼休みはシュートの練習をしているの?」

「ああ。少しでも三好に追いつきたいんだ」

「そっかぁ。素人の私が言うのもなんだけど、ずいぶんかっこよくなってきてるよ」


 手元がくるったのか長谷君の手からボールが転がる。長谷君が肩をすくめてボールを拾いにいく。照れたように頭に手をあてている。


「夏川に褒められると嬉しいな」

「そう?」

「夏川さぁ。前に、出来ないことを嘆くより、出来ることを増やした方が人生楽しいって言ったろ?」

「そんなこと言ったっけ?」

「…… アン時さ、三好が出来ることが全然できなくて、へこんでたんだ。夏川に言われて考えて……。オレには身長があるじゃないかって考えられるようになったんだ。三好はガード狙いだけど、オレはセンター狙いで頑張ろうって。それで、少し気持ちが軽くなってさ……」

「へえ……」


 私の何気ない言葉が長谷君の勇気づけていたんだ。どんどん嬉しくなる。


「それに、オレがシュートを決めると、飛び上がって喜んでくれるだろ?」

「……?……」

「だから、もっとシュートとリバウンドを上手くなりたいって思ってんだ」


―― もしかして、それって……!


「オレさ、この前、テンぱっていて、夏川にリストバンドに刺繍してくれって押し付けただろ?」

「……」

「あの後、三好にひどく怒られたんだ。ちゃんと伝えることを伝えないと、伝わらないって」


 あ……この流れは……。長谷君が真っ赤な顔をしている。いつのまにかボールを握りしめている。口を開いたり閉じたり、目が泳いでいる。 


「オ、オレさ、お前のことがす……」

「待って! 待って! 準備してくるから! 今、リストバンド取ってくるから。ちょっと待っていて」


 私はそう言うと長谷君の言葉を最後まで聞かず走り出した。ここから教室に戻って、リストバンドを取ってくるまで五分。ドキドキを隠しきれない。心臓の音が耳元でする。落ち着け! 落ち着けったら! 私!!


 告白されるなら、お気に入りのリップを持ってくればよかった。髪型だってもっと大人っぽくすればよかった。リストバンドももっとちゃんと刺繍すればよかった。ハートだって入れればよかった。すればよかったと後悔が頭の中を駆け巡る。


 私は、走りながら、頭を振った。

 

 ―― いいえ! 出来ないことを嘆くより、今出来ることを考えよう。


 好きだって長谷君が言うのを待つ? それとも自分から言う? 髪はきちんとなってる? 口にケチャップはついていない? さっしぃに確認してもらってからもどってこなきゃ!

 

 五分後の未来を想像して、私は羽が背中に着いたような気持ちで教室まで走っていった。

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長谷君は親友の彼氏の友達 一帆 @kazuho21

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