第2話
「ねえ。聞いた、聞いた? B組の
教室の隅のほうから聞こえてきた長谷くんという言葉に、ぴくんと身体がこわばる。お弁当の鮭と格闘していた手が止まる。噂話を聞き漏らさまいと耳をそばだてしまった。そんなぎごちない私の行動にさっしぃは何も言わずにサンドイッチをほおばっていた。
「保川さんって、チア部の? 」
「そうそう! 長谷君、相手チームのボールをカットして、そのままレイアップシュートを決めたんだって。その姿に惚れたーって、昨日告ったって噂ヨ」
その練習試合なら、さっしぃと見に行っていた。チア部の女子がバスケ部の男子に妙になれなれしかった試合だ。思わず、ぐさっと鮭に箸を押し付ける。
「保川さんって言ったら、男子にちやほやされているチョー美人じゃん。何でぇ?」
「それがぁ……他に好きな人がいるからって断ったんだってさぁ」
「保川さん、フラれるなんて思っていないから怒り狂っただろうねー!」
「だねー!」
私は、鮭が突き刺さった箸を持ったままガタンと立ちあがってしまった。
「……なっちゃん、大丈夫?」
心配そうなさっしぃの声が耳に届く。
「……う、うん」
私は、気まずく照れ笑いをすると、席に座りなおした。さっしぃが小さな声で話しかけてくる。
「長谷君の噂、気になるの?」
「……べ、べつに……、ちょっと鮭が暴れて……」
私は、てへっと首をかしげて見せる。でも私のごまかしはさっしぃには通じなかったみたい。
「なっちゃんさぁ、もう少し自分の気持ちに素直になった方がいいと思うよ」
―― 自分の気持ちに素直になれたら、こんなにもやもやしてないもん。
そんな言葉をぐっと飲み込む。さっしぃがサンドイッチをお弁当箱に置くと、じっと私の目を覗いた。
「長谷君のこと、気になっているんでしょ?」
―― どきっ。
心臓が飛び跳ねる。
「長谷君は三好君の友達だからぁ……」
私は、しどろもどろになって、いつも自分にする言い訳をしようとした。
「だから?」
さっしぃが、少し眉を顰めて強く言う。怒らせてしまったのかな? こみあげてくる想いを塞ぐように鮭を口の中に放り込むと、私はそそくさとお弁当箱を閉じて席を立った。さっしぃが、悲しそうに目を伏せてはあぁっとため息をついている。
―― ごめん。さっしぃ。
私は、教室から逃げるように出るしかできなかった。廊下はひんやりと寒い。お昼の校内放送が遠くで乾いた音を立てている。ふると震えていると、後ろから私を呼ぶ声がした。
「夏川……」
振り返ると、そこには長谷君が立っていた。
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