第20話 娼館での潜伏

「ここなら、そう簡単には見つからないはずっす…」


 ティナがルカに連れられてやってきたのは、裏街の、いわゆる娼館だった。

 ルカと連れ立ち、ティナが入っていくと、女あるじとおぼしき女性が出てきて、声をかけた。


「なんだいルカ、久々に顔を見せたと思ったら、ずいぶん上玉を連れてきたじゃないか。べっぴんで、しかも色彩眼ときてる。これで初物ならかなりの値がつくよ。」

「やめてくれよ、母さん、宰相のご令嬢だよ。」


(母さん?…ああ、ここがルカの実家なのね…)


 ティナはそっとルカの横顔を窺い見る。

 明らかに貴族出身ではない話し方、女性であることを隠して実力主義の近衛師団に在籍していること、裏街出身、「強くなりたい」理由…なんとなく全てが一つにつながった気がした。

 とはいえ、貴族階級の男性が多い圧倒的に近衛師団で、女性であることすら隠そうとしているルカのことだ。素性生まれを明らかにしたくはなかっただろう。それでも実家にかくまうつもりで連れてきてくれたということは、それだけティナを助けたいと思ってくれたということだ。


 ティナは、感謝にそっとまつ毛を伏せた。そんなティナを、ルカの母親…娼館の女あるじ…はじろじろと値踏みする。


「宰相?ああ、あの国王陛下を殺したっていう、狸親爺かい?」

「…そんなこと、お父様はしません。」


 ルカに対する感謝はありつつも、ティナはきっぱりと否定した。

 そんなティナの態度に少し意外そうな顔をしてから、女あるじはため息をついた。


「はぁ…なんにしろ、面倒なのを連れ込んだねぇ…このアホ娘が。厄介ごとばっかり持ち込んでないで、お客の一人でもとってきなよ。」

「あたし…いや、ボクの部屋に泊めるから、いいでしょ。」

「はいはい、好きにしな。」


 どうやらかくまってくれるらしい。ティナは丁寧に頭を下げた。


「申し訳ありません。厄介ごとに巻き込んでしまって…」

「…なにさ、あんた、貴族なんだろう?あたしのような賤しい者にさ、ずいぶん腰の低いお姫様じゃないかい」

 今まで貴族たちに傲慢に接せられてきたらしい女あるじが、拍子抜けしたように言う。


「まぁ、きれいなとこじゃないけど、いたいだけいなよ。なあにうちもお上には顔向けできない稼業さ、兵隊につきだしたりはしないから、安心しな。」

「ありがとうございます…」

「それから。」


 重ねて頭を下げるティナに、女あるじは咳払いし、声を低めて、続けた。


「あの宰相の親爺が王様を殺したなんて、みんなこれっぽっちも信じちゃいないよ。…あの親爺に下々は、どれだけ助けられたことか。どうせなにか裏があるんだろう。」


 予想外にあたたかい女あるじの言葉に、ティナは思わず涙ぐんだ。


「そういえば姐さん、テミスト様に鷹をもらってませんでした?あの鷹でテミスト様に状況を知らせれば…」

「そうだわ、アメツがいたわね。」


 ティナが指笛を吹くと、近くを飛んでいたらしい鷹のアメツがばさばさっと羽音を立てて降下してきた。


「なんだいあんた、鳥を操るのかい?魔女か、そうでなければ、神がかりの聖女様じゃないかねぇ。」

「そういえば、そうだ!鬼のように強いし、姐さんが伝説の聖女なんじゃないっすか!」


 女あるじとルカが口々に言う。エドガルドが言っていた、神の寵愛を受けた聖女が国の危機を救うという民間伝承は、裏街にまで広まっているらしかった。


(とにかく今の状況を、叔父様に伝えないと…)


 父も使用人たちも捕まってしまった。おそらく、エドガルドと近衛兵団も危ないだろう。神殿勢力と王太子が企てた謀略に違いなかった。

 父を助け出せるもっとも大きな可能性としては、辺境伯である叔父の力を借りることだった。異民族との国境を守る役目を帯びている関係上、叔父は王都の軍に負けない規模の兵をもっている。辺境の兵は、王都に対して屈折した感情をいたいており、代々王家よりグレンテス家に忠義を感じているので、当主のカリストが無実の罪で投獄されたとあれば、その奪還に気勢をあげてくれる可能性が高い。


(どうしたら叔父様に、この状況を伝えられるかしら…)


 手紙は途中で奪われる可能性がある。父の身の危険をもっとも簡単に伝えるには…と考えた末、ティナは自分のローブの裾を切って端切れにし、その端切れで、父親から預かったグレンテス家の印章を鷹の足にくくりつけた。父宰相が肌身離さず身につけている大切な指輪を、ティナの衣服の端切れでゆわえつければ、2人がのっぴきならない状態にあることを、きっと叔父なら分かってくれるはずだ。


(頼んだわよ、アメツ!叔父様に知らせて!)


 ティナは祈りを込めて、鷹を空に放った。鷹は何度かティナの頭上の上空で弧を描いたあと、北の空に溶けて見えなくなった。

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