第19話 王太子の企み

 一方その頃、エドガルドは単身、王宮に足を踏み入れていた。

 王宮も不気味なほどに、人の気配がなかった。それでいて不穏な空気が、王宮内を支配している。何かが起きている…と直感したすぐ次の瞬間には、周囲を王宮付きの兵士に取り囲まれていた。

 兵士たちはみな、エドガルドに槍の穂先を向けている。


「これはどういうつもりですか?お出迎えにしては少々手荒い。」


 エドガルドが一瞥する。兵士たちの輪の外、一歩下がったところに、王太子レオンシオの姿が見えた。厳しい表情のエドガルドとは対照的に、レオンシオは薄く笑う余裕を見せている。


「エドガルド…お前を取り調べる。国王暗殺の容疑でな。」

「国王暗殺…国王が亡くなったのか?」


 突然告げられた衝撃の事実に、エドガルドは狼狽した。そんなエドガルドの姿を、レオンシオが冷笑する。


「亡くなったのか、だと?しらじらしい…お前と宰相が結託して、国王暗殺の計画を立てたのだろう?」

「なんだと?」

「証拠もありますわ。」


 そのとき初めて、エドガルドは、レオンシオの隣に銀髪銀眼の女性がいることに気づいた。


「これは、エドガルド様とカリスト様が秘密裏に交わした書状…ここに、国王と王太子を殺害し、王国を恣にしようという企みのすべてがしたためられておりますわ!」


 女性は、エドガルドにまったく見覚えのない羊皮紙を手にかかげた。手紙の末尾には、エドガルドの印章がはっきりと捺印されている。エドガルドは、内心呟く。


(色彩眼の神官女性…つまり神殿勢力にはめられたってわけか。さすがによく出来てやがる…)


「加えて、これが国王殺害に遣われた得物だ。見覚えがあるだろう。」


 王太子が取り出したのは、エドガルドが近衛師団長に就いた際、国王から賜った秘蔵の短剣だった。

 確かにエドガルドのものに間違いはない。宝剣扱いなので、普段は身に帯びず、自室に蔵してあるはずのものだった。遠征後、まだ自室に戻っていないが、エドガルドの不在中に忍び込み、持ち出したというところか。


「無茶な筋書だな…俺は任務で北方に遠征していたんだぞ…」

「任務?そんな任務は王宮側では把握していないな。国王直轄だからといって、調子に乗ってちょろちょろ動き回りおって…」


 レオンシオはにやりと笑った。国王からの内々の任務だったことが、国王が暗殺された今となっては裏目に出た形だった。王太子が合図すると、兵士たちがエドガルドに飛びかかった。数の力に押されて、エドガルドは、王宮の床に組み伏せられた。見下ろすような構図のまま、レオンシオを話し続けた。


「それにしても、どこに行っていたのか…ああ、辺境伯のところか。テミスト伯は、王家よりも自分の兄に忠誠を誓っているような男だからなぁ…当然、お前と、カリストと、ぐるだろう。」

「ふざけるな、さっきから好き勝手なことを…第一俺が兄上を殺すはずがないだろう!」

「兄上だと?そちらこそふざけないでいただきたい。」


 レオンシオの眼が初めて、冷たい怒りに燃えた。つかつかとエドガルドに歩み寄る。そして、その腹を激しく蹴った。


「…っ」

「妾腹の分際で、我が父上を「兄上」だと?下賤が…」


 レオンシオはそのまま、表情も変えず、無抵抗のエドガルドを踏み、蹴り続けた。


「ぐ…」

「地下牢に入れておけ。近衛師団の連中もな。」

「やめろ…彼らは関係ないだろう…ぐはっ」


 レオンシオは、エドガルドをもう一度蹴り上げた。


「報告いたします。カリスト・グレンテスを捕縛しました。」


 外からやってきたとおぼしき兵士が、レオンシオに報告した。


「ご苦労。娘のヴァレンティナも一緒だろうな。」

「いえ、それが…取り逃がしまして…」

「役立たずが…まぁいい。追っ手はかけているんだろうな。それから、辺境伯を制圧する遠征部隊の準備は?」

「一両日中には。」

「急げ。行け。」


(ティナ…君だけでも、なんとか…無事で…)


 薄れゆく意識の中で、エドガルドはティナの無事を祈った。

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