【幕間】披くは夢、うつつは鎖し⑥夢の巡り

 その回のループの、残りの日々について、ティナはよく覚えていない。

 後々分かったことは、その祝宴じたい夷狄の王の仕組んだ罠であったということ。祝宴の場において辺境伯や王国の主要メンバーを皆殺しにする。王都の方で事に気づき、急いで軍を送るとしても、3日の時間がある。その間に国境線を破り、王国領土の一部を占領する…という計画だったようだ。


「それにしても杜撰だからさ。うまくいきっこないよね…」

「たとえテミスト様と我々近衛師団を殺害したところで、辺境軍もいますしね…多少の混乱はあったかもしれませんが。」


 宴のあと、テミストとエドガルドが話しているのを、ティナは同じ書斎のソファにかけて、聞くともなく聞いていた。長い戦いの疲労が鉛のように沈み、知らず知らずのうちにため息が出た。

 テミストが声を低めて、続ける。


「だからたぶん、もっと私的な…怨恨で動いてたんじゃないかって、思うよ。死んでもいいって、思ってたんじゃないかなぁ。」


 怨恨。

 聞けば数年前、王国から遠征があったという。兵力は約1万。その指揮官が、恭順を示していた夷狄の民の村に火をつけ、煽り立て、虐殺した事件があったという。指揮官の名は…レオンシオ。


「やはりあの時の…自分も帯同していましたが、とめられませんでした。」

「それを言うなら俺も同罪さ…アメツは滅ぼされた村の出身だったみたいだね。母親を目の前で亡くした。彼自身も斬りつけられて、大けがをして…そしてあの首長に拾われて、剣士になったと。俺自身、立場や民族は違えど気のいい同士のように思っていてね…まったく気づいてやれなかった。」

 

 珍しく暗い顔で、テミストが唇を噛む。


(それで「あなたには分からない」か…。)

 ティナは陰鬱な気持ちで、ソファに身をもたせかけた。強い拒絶の言葉は、いまだにティナの心を突き刺したままだった。


「あの王はその村の出身ではなかったようだけれど…やはり夷狄全体に、王国に対する恨みつらみが溜まっていた、とみるべきだろうね…国王にはうまく報告してくれ。俺からも兄上を通じて報告を上げる。」

「分かりました。」


 エドガルドが頷き、踵を返す。退出しざま、ティナの傍らを軽く目礼しながら通り過ぎた。


「…分からないのは、当たり前です。」

「…え?」


 最初は自分に話しかけられたのだと分からないくらいの、さりげなさだった。

 ティナが顔を上げると、エドガルドは立ち止まった。


「所詮誰も、他人の心など、分からないのですから。鎖してしまえば、その奥は闇です。」

「しかし…」

「それでもかかわりあえば情が生まれ、縁が結ばれる。そうして生きていくものでしょう。」


 朝のアメツの弾けるような笑顔。夜のアメツの抑制された微笑み。それも何もかもすべて嘘であり、あの祝宴でテミストや自分を殺害するための計画だったのだろうか。

 そうではない、と信じたかった。アメツは確かに、教えてくれた。

 開くことと、鎖すこと。その二つを同時に行うこと。そして躊躇わないこと。


「きっとアメツは、貴方に殺されたかったのだと思いますよ。」

「そうでしょうか…」

「それにしても、お見事でした。いつか私もお手合わせ願いたい。」


 エドガルドはそう言って歯を見せ、深紅の瞳をきらめかせた。


◆◆◆


(そういえば、あの時も…エドガルドの言葉に救われたんだった)


 深く沈んだ記憶の底から、ゆるゆると意識を呼び起こす。北方の秋の抜けた青空に、夢という名の鷹が舞っている。


(何十回とループしてきた中で、アメツに会ったのは、あの一度きりだった…。)


 その後のループで何度辺境伯のもとに通っても、出会うことはなかったひと。もしかしたら本当に、夢だったのではないか…とも思う。

 だが、あのループ以来、真剣勝負のときには「披きながら鎖し、鎖しながら披く」あの集中状態に自分を追い込めるようになったのは確かだった。視覚も聴覚も身体能力もいつも以上に増幅され、最善手が光って見えるような、特別な感覚。そして、勝手に身体が動くような…現代でいうところの、「ゾーン」に近いような状態かもしれない、などと思ってもみる。箍が外れたように暴力的になりすぎてしまうのは玉に瑕だが…。


(まぁ、夢といえば、こんな生活ループだって、夢か現実うつつか知れたものじゃないわよね…)


 自分の元いた世界に、ほんとうに戻りたいのか。

 その問いにはまだ、答えが出ない。


「結局何なんすか、姐さんの強さの秘訣は!」


 一人黙り込んで回想に浸っていたティナに、向かいでルカが唇を尖らせる。


「いや、少し昔のことを思い出してね…」

「昔って、姐さん、17歳かそこらでしょ!さてはそうやって内緒にして、秘訣を独り占めする気っすね!」

「そんなことはないけど…」


 隣のエドガルドの表情をそうっと伺う。あのときと同じく深紅の瞳がきらりと光って、ティナは慌てて目をそらした。


「…いつか教えてくれるだろう?それまで気長に待つとするさ。」

「もう、団長はいっつもそうやって姐さんの味方する!」


(…まぁ、戻れなくても、いいか。)


 この人のいる世界ならば。

 たとえ幸福な結末ハッピーエンドに辿り着けなかったとしても。


 雪のにおいを含む風が、ティナのエメラルドの髪をなぶる。

 北国を背に、馬車は王都へとひた走った。

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