【幕間】披くはゆめ、うつつは鎖し③披きの夢

 滝の裏は、ちょっとした洞窟のような場所になっていた。

 とはいえ、奥行はあまりない。滝越しに太陽の光も入るし、たいまつで明かりがとれるようにもなっている。

床が磨かれていることからも、日ごろから修行場所として使われている場所であることがうかがえた。


(夷狄の聖地、のような場所なのかしら…)


 絶え間なく反響する水音。滝越しの光。こまかい飛沫が霧状になり、空気じたいがひんやりと冷たい。どこか人を荘厳な気持ちにさせる場所だった。


「ヴァレンティナ様には、ここで私と剣舞を舞っていただきます。」


 アメツが剣舞用の装飾刀を2本取り出し、1本をティナに渡した。


「最初に私が、型を見せます。」


 そういうとアメツは、すっと剣を鞘から抜いた。ティナは洞窟の壁際まで後退した。


 完全な静止状態から、跳躍とともに突きを繰り出す。

 剣を握った右手が前に、何も持たない左手が後ろに、まっすぐに伸びる。

 身を小さく縮め、かと思えば一瞬で大きく開く。

 腰を低く落とした防御の構えから、一瞬で跳躍し、立位、攻めの構えへと転ずる。

 すり足で円を描きながら、手首を回して剣を振り回す。

 そして大きく上に伸びあがった状態から、激しい斬り下ろし。


 躍動。

 動きの一つ一つに、新体操や軽業のような難度があるわけではない。だが、腕を伸ばす、構える、突く、斬り下ろす…といった基本的な所作の一つ一つに、弾けるような生命力、エネルギーが込められていた。


「…では、やってみましょう。」


 直立の構えで舞い終えたアメツは、息一つ乱さず、ティナを促した。


(これはなかなか、ハードな修行になりそうね…。)


 傍らで手本を見せてくれるアメツを横目に、ティナは剣を鞘から抜いた。


◆◆◆


「…そろそろ休憩にしましょう。」


 アメツがそう声をかけたのは、日が高く昇ったころだった。ティナの額からぽたぽたと汗が垂れ落ちる。

 剣舞は、見た目以上に激しい運動だった。ティナは額の汗をぬぐった。


「テミスト様がああいうだけのことはある。ヴァレンティナ様、貴女は筋がいい。」


 アメツは心底感心したように言ったが、動きの質、舞いの美しさにおいて、力量の差は歴然としていた。


「基本の型は舞えている、と思うんだけれど…アメツのような躍動感が全然…。」

「ヴァレンティナ様、秘訣をお教えしましょうか。」


 嘆息するティナに、待ってましたとばかり、アメツが身を乗り出す。まるでいたずらっ子のように、アメジストの瞳をきらきらと光らせて。


「心をひらくんですよ。もっと感情を、欲望を、晒してください。」


◆◆◆


(心を、披く?)


 感情を、欲望を、晒す。


 そうアドバイスされ、ティナなりに「感情的に」舞ってみたが、アメツは渋い表情で首を振るばかりだった。


「うーん、それじゃあただ勢いよく踊ってるだけですよねぇ…もっともっと、感情を出してください。」

「そ、そんなこと言われても…」


 渾身の舞いを「勢いだけ」と一蹴されたティナは、赤面しながら腰を下ろした。


「ヴァレンティナ様の、もっとも崇高な感情と、もっとも醜悪な欲望を…さあ、心を披いてください。」


 腰を下ろし、足を投げ出したティナに、アメツが這い寄ってくる。

 アメツはティナに覆いかぶさるように、顔を寄せた。吸い込まれそうな紫の瞳に、ティナ自身の顔が映っている。男性の、くらくらするような香りが、ティナの鼻をつく。


「心を…。」

「そうです。貴女の…ほんとうの望みは、何なんです…?」

「わたしの…ほんとうの、望み…」


(わたし、ほんとうはどうしたいんだろう…分からない…)


 もとの世界に戻りたいのか。

 戻ったとして、何をしたいのか。戻る価値のある世界なのか、人生なのか。

 かといって、こちらの世界に留まり続けることは、あまりにも孤独で―…


 アメツがふいに舌を出し、ティナの目の下をぺろり、と舐めた。

 それで初めて気づいた。


 いつのまにか、泣いていた。アメツはティナの涙を舐め、再びいたずらっぽく笑うと、身を起こした。

 そしてティナに手を差し伸べる。


「さあ、踊りましょう…そして、感情を、欲望を、掴み出し、引き摺り出すのです…心の奥底から…日の光の下に…」


 ティナはアメツの手を取り、立ち上がった。


 その日、2人は日が落ちるまで舞い続けた。

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