【幕間】披くはゆめ、うつつは鎖し①夢の記憶

「…強さの秘訣?」

「なんかあるでしょ、姐さん!だって鬼みたいじゃないすか!」


 北方遠征から都への帰り道。

 馬車には往路同様、エドガルド、ティナ、ルカの3人が乗り合わせた。移動の合間のつれづれ、ルカの関心はもっぱらティナの強さに向いた。


(まさか何十年もループして修行した、とは言えないし…。)


 助けを求めて隣のエドガルドに視線を送る。

 エドガルドには前の晩、200回にわたるループについて告げてあった。だからティナの<強さの秘訣>を知っているはずだ。

 だが、エドガルドが救いの手を差し伸べることはなかった。純粋に修行方法に興味があったらしく、そしらぬていでルカに同調し、頷いてみせる。


「俺も初めて斬り合ったときから思ってたんだよ。剣技は修行で身につくとして、あの”気”はなかなか出せるものじゃない。鬼気というか、殺気というか…」

「なんか特別な修行、したんすか!したんだったら教えてくださいよ!」

「修行、というか…。」


 2人の熱視線に耐えられず、ティナは馬車の小窓の外に目を逃がす。

 四角く切り取られた空を、ちょうど、アメツと名付けられた鷹が横切っていった。馬車に乗っていても、ティナの頭上を旋回している。

 ティナにつられるように窓の外を見たルカが、同じように鷹を見つけ、感嘆の声を漏らした。


「はー、それにしても賢い鷹っすよねー。なんか特別な訓練があるんすかねー」

「そうね…」


 遠い目をするティナに、ルカは怪訝そうな目を向ける。


「…どうしたんすか、姐さん。」

「いえ、同じ名前の知り合いがいて…ちょっと思い出して。」

「同じ名前って、あのアメツと?」

「そう。ちょうどわたしに、稽古をつけてくれた人が、アメツという名前だったから…」


(アメツ…一度しか巡り合えなかったけれど、こんな形でまた会うことになるとはね…)


「じゃあティナに稽古をつけたのは、異民族の…」

「そう。アメツは、夷狄の踊り子だった…」


 何度となく繰り返されるループの中で、アメツに出会えたループは1度きり。あのあと何度北方に足を運んでも、出会うことはなかった。


(あれは何度目のループだったかしら…ある程度剣の技術は身につけていた…だから案外最近といえば最近のこと、なのだけど…)


 たった1度きり、運命のいたずらのような巡り会いの記憶に、ティナはゆっくりと浸っていった。


◆◆◆


「もう俺がティナに教えられることはないなぁ…」


 模擬刀を投げ出し、汗を拭きながら、テミストが苦笑する。

 確か剣技の修行を始めてから7~80度目のループだったはずだ。

 その頃ティナは、覚醒とほぼ同時に北方に赴き、破滅までのほぼ丸1年を辺境伯の叔父のもとで過ごしていた。婚約破棄を免れようという努力はまったくせず、ただ来るべきときのために、剣技を身につける時期…と割り切っている頃だった。


「…というか、いつのまにこんなに強くなったの?」

「叔父様のご指導のおかげですわ。」


 さりげなく探りを入れてくるテミストを、ティナは笑顔で受け流す。


(今のわたしなら、エドガルドを斬れるかしら。)


 そんな物思いにふけるティナに、テミストは真顔に戻って告げた。


「でもティナ、ティナには1つだけ足りないものがあるね。」

「わたしに足りないもの…ですか?」

「そう。剣の道は心・技・体…ティナの剣技も体捌きも素晴らしいけれど、あえて伸びしろがあるとすればそれは心…気の部分だね。戦いに臨む気というか、集中力というか、精神力というか。」

「気ですか…」


 叔父の指摘に、ティナは拍子抜けしたように返した。が、テミストは大真面目に頷く。


「そうだ、ちょうどティナの師匠になれそうな人が来るんだ。明日紹介するよ。」

「楽しみですわ…叔父様、ありがとうございます。」


 ティナは微笑んだが、内心乗り気がしなかった。


(剣道じゃないんだから…。”気”でエドガルドやレオンシオを殺せるわけでもあるまいし。)


 そんな姪の心を見透かすように、テミストは微笑んだ。

 

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