第17話 告白


 近衛師団が帰途について2日目。王都まであと1日、というところで、夜営をすることになった。

 見張り番以外の兵が寝静まった後も、ティナはなんとなく眠れなかった。


(18歳まで、あと1週間と少し…わたしは、何をしているんだろう。)


 フェリクス近衛師団に入団。今回のループは、今までのループとはまったく違う展開を見せている。だが、近衛師団に入ったからといって幸福な結末ハッピーエンドに近づいているとは言い切れない。神殿勢力の暗躍を知ったところで、それに対して何か手が打てているわけでもない。現状、エミリア一人殺せていないのだから。

 ティナの婚約破棄と破滅を回避できる要素は、何一つなかった。

 

 いつもだったら、また1年前からやり直せばいい、と諦めていただろう。だが、今回は何となく、そうしたくなかった。宰相の父、叔父、近衛師団の面々…いつになく濃密な人間関係を築くことができた。そして、何より…


 ティナがもの思いに耽りながら、夜営地の真ん中の夜通し焚かれている焚き火のそばに来てみると、そこには先客がいた。


「眠れないのか。」

「エドガルド団長…。」


 焚き火のそばに、エドガルドが一人座って、燃える火を見ていた。

 なんとなく並んで座りながら、2人は黙って、焚き火を見つめた。


「王子様だったんですね…おっしゃってくださればよかったのに。失礼致しました。」

「たとえば、いきなり斬りかかってきたり、とか?」


 悪戯っぽく笑うエドガルドに、ティナは微笑を返した。


「なぜ…と、お聞きにならないのですか。」

 

 なぜ、俺に斬りかかってきたのか。そういえばエドガルドは、このループでは1度も尋ねなかった。


 

 …なぜ。

 無限に繰り返されるループの中で、エドガルドに問われるたび、ティナは返した。

 …あなたには、分からない、と。


 だが、今のエドガルドは、微笑んで答えた。


「聞かないよ。いつか話してくれるだろう。」

「そうですか。」

 

 …今は、聞いてほしい、とティナは思った。


 そして、話した。


 自分が王太子から婚約破棄され、処刑される運命にあること。

 あがいても、あがいても、その運命から逃れられないこと。

 その運命から逃れるためにーひいてはエドガルドを殺すために、何回も何回も同じ時を繰り返し、剣の修行をしてきたこと。

 令和の東京で派遣社員をしていて、ヴァレンティナ・グレンテスに転生したことは、さすがに言えなかったので伏せた。とつとつと語るティナの言葉に、エドガルドは真剣な眼差しで耳を傾ける。


「じゃあ前世では…前世って言っていいか分からないけど、俺とティナは殺し合った…ってことか。心臓を刺し合って。」


 こくり、とティナが頷くと、エドガルドは微笑した。


「今世では、ティナと殺し合わずにすむのかな、俺は。」

「…信じてくれるのですか、こんな話を。」

「そりゃ、そんな訳の分からない嘘をつく意味がないからなぁ。テミスト様は、ティナにレイピアを教えたことはない、っておっしゃっていたし…ティナの言う通りだとすれば、いきなり剣の達人になったのも、納得がいく。」


 ティナのいないところで、さりげなくテミスト叔父に確認していたらしい。エドガルドの抜け目のなさに、ティナは内心舌を巻いた。

 少し黙ったあと、エドガルドは、改まって切り出した。


「ティナ、俺は、今の話も含めて、ティナこそが『伝説の聖女』じゃないかと思っているんだ。」

「わたしが伝説の…聖女?」

「そう、最初に斬り合ったときから思っていたんだけど、今話を聞いて確信した。聖女は神の恩寵を受けて、予言の力を備えているっていう言い伝えがあるんだ。ティナは神の思し召しで、鬼神のごとき剣の御業を授かり、未来を見てきた…言い伝えにぴったりだ。」

「わたしが聖女だなんて…まるで呪われたみたいに、何回も何回も同じことを繰り返しているだけなのに。」


 そして、必ず破滅している。そう自嘲するティナに、エドガルドは真剣な眼差しを向ける。そして、柔らかくティナの手をとった。


「ティナ、俺は今の君しか知らない。今までの俺は、何回も君と殺し合ったのかもしれない。でも俺はそんな俺は、知らない。今ここにいる、この俺は、絶対に君を傷つけたり、殺したりしない。君を守る。」

「エドガルド…」

「約束しただろう。君を愛して、決して裏切らないって。」


 エドガルドは手を伸ばし、ティナの唇をそっと指でなぞった。

 

「だから約束してくれ。今の自分を大切にするって。絶対に俺が、君を幸せにするから…王家の槍、近衛師団長の名にかけて」


 エドガルドは、ティナの手の甲に口づけた。


(そう…わたしはこの人を失いたくないんだわ…)


 焚火に照らされるエドガルドの赤い髪、赤い眼を見ながら、ティナは内心、呟いた。

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